表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

ノブと里奈(番外編)

目の前でドーナツを食べ終わると、美味しかったと笑ってから


「いいなぁ、遠藤君!私大阪行ったことないんだよねー。美味しいものとか凄いあるんだよねー?あぁー、いいなー」


そう言って、目の前に座る中村さんが大きく溜息をついた。俺は何だか酷く慌ててしまう。


「一泊二日で、皆そんなにお金も無いからさ。漫画喫茶に泊まるんだ。……もし中村さんが良かったら、何かお土産買ってくるよ」


「え!?ほんとー!?やった!嬉しい!!……大阪のお菓子って何があるっけ?あ、ちょっと調べてみるね!!」


そう言うと中村さんはスマートフォンで何やら調べ始める。にこにこと笑いながら調べものに没頭する中村さんの顔をこっそり盗み見ていると、俺の頬も段々緩んできたので慌てて引き締めた。引き締めたところで、彼女と夏休みの始め、偶然出会ったことを思い出して、そこで俺はやっぱり微笑んでしまった。







<><><><><><><><><><><><><><><><><><><>






夏休みに入ってまだ間もない日、たまたま俺は彼女、同じクラスの中村里奈さんとオープンしたばかりのケーキ店で鉢合わせした。実は俺は、礼ちゃんやまさやん、ツトム位にしか教えてないけれどかなりの甘党で、休日は1人で甘いものを食べに出かける事がしょっちゅうある。あいつらにはかなり勇気を持ってばらしたのに「へー」とか「ふーん」位のリアクションしか返って来なかったから、内心かなり拍子抜けしたものだった。


だからこそ、彼女にケーキ店で鉢合わせした時は心臓が一瞬止まったんじゃないかと思う位驚いたし、全速力で店を出て逃げ出したかった。


何でよりによって中村さんに見つかるんだと内心悲鳴を上げた。


彼女はうちのクラスでもかなり目立つ存在の女の子の1人で、とにかくよく大声で笑っている。あんまりにも大声で笑うものだから、自分の笑い声に驚いて一瞬真顔に戻っているのを見て、思わず俺まで笑ってしまった位、よく笑っている。誘い笑いというのか、とにかく彼女を見ていると自然とこちらまで笑ってしまうような楽しい子だった。社交性が抜群で、俺とは正反対のような女の子だ。だからこそ、自然と俺は彼女を目で追うようになってしまっていた。


礼ちゃん達にすら言ったことは無かったけれど、俺は中村さんに好意を持っていた。

だから彼女に出会った瞬間、どうしてよりによって彼女が、という考えが一番に浮かんで、その場を逃げ出したくなった。その日は、誰かに会うつもりも無かったから家に居る時と大して変わらないような恰好でいたのも辛かった。中村さんは薄い桜色のワンピースだ。余りギャルっぽい格好では無い。私服を見たのは初めてだったので、余計動揺してしまった。


けれど、彼女は単純に、偶然クラスメイトと出会ったことに驚いているばかりで、俺がどうしてケーキ店にいるのかというよりは、オープン仕立てのケーキ店に夢中な様子で、どのケーキが一番美味しくて、どれを食べようかという事に夢中な様子だった。


少し拍子抜けしたけれど、とてもほっとして、俺は思わず彼女にどのケーキが美味しいのかアドバイスをした。彼女はとても素直にその話を聞いてくれて、とても楽しそうに注文をしていた。そのお店はテイクアウトだけでなくて席も用意されているので、その場でお茶しながら食べる事も出来る。彼女はその場で食べるようだった。


出来れば俺はテイクアウトしてその場を去りたかったけれど、露骨に避けているようで気が進まなかったし、何よりそのお店は紅茶も美味しいものが揃っていたのでどうしても店内で食べたかった俺は、こそこそ目立たないようにしながら食べる席を探していた。


「え!?遠藤君、こっちこっち!!」


俺が隅の席に座った途端、中村さんがこっちを手招きしていることに気付いて、俺はぎょっとしてすぐに立ち上がった。


「何で?せっかくだし一緒に食べようよ!」


中村さんはにこにこ笑いながらそう声を掛けてきた。


想定外の事だったから、本当にどうしていいか分からなかった。俺は普段から女の子と話す事はほとんど無かったし、更に言えば中村さんと話すのもほとんど初めてだったからだ。

どういう理由で、俺は好きな女の子と2人でケーキを食べる破目になっているのだろうか。

いきなりすぎて心臓がついてきていない。耳元で自分の心臓が、必死に血液を送る音が聞こえてくる位だった。


中村さんはとても美味しそうに、幸せそうにケーキを頬張っている。しきりに「美味しい」と呟きながら。無邪気で、とても可愛らしかった。俺は思わず彼女を凝視してしまう。彼女は楽しそうに嬉しそうにケーキを頬張っていて、ここまで美味しく食べてくれるならケーキも本望なんだろうな、なんて馬鹿らしい事を俺は考えていた。思わず自分の分のケーキも少し分けてあげると、彼女はとても嬉しそうに笑う。俺は内心舞い上がってしまって、

それから突然この状態が千載一遇のチャンスだという事に気が付いた。きっかけなんて無くて、全然話しかける事も出来なかったけれど、今日はもしかしたら少しだけ仲良くなることが出来るのかもしれない。


「……中村さんって本当に甘い物が好きなんだね」


俺がそう問いかけると、中村さんは俺をじっと見つめてから、あっと言う間に真っ赤になった。そんなに極端に、誰かの顔が真っ赤になるのを見るのは初めてで、驚くと同時に感心してしまった。本当に、人って顔を真っ赤に出来るんだ。


「お、お恥ずかしい限りで……。遠藤君の分までごちそうしていただき……。誠に……。この事はどうぞ内密に……」


いつも大声で自分の太ももをばしばし叩きながら笑っている彼女からは想像も出来ない位小さな声だし、口調もおかしかった。思わず俺は笑ってしまう。


「全然いいよ。……俺も甘いものホント好きだから。同士見つけた感じで嬉しい」


ああ、俺は何だか浮かれていると、心の隅で思う。偶然とはいえ、彼女とこうして一緒に居られる事が、とても嬉しかった。


俺はなるべく自然に聞こえますようにと念じながら言葉を続ける。


「中村さんってドーナツとかも好きだったりする?」


「好き!!」


顔を伏せていた中村さんが、ぱっと顔を上げて叫ぶように答えた。


「ほんといっつもミスドばっかり食べてる!結構ね、学校帰りに皆、あ、皆って志保とか奈々子とか智代とかなんだけど、皆誘って食べるんだよね!私ポンデリングすっごい好きなんだけど遠藤君もドーナツ好き?」


一息で捲し立てる彼女に気圧されながら、内心俺は「よし」と呟いていた。中村さんはかなりの甘党で、食べ物の話をするのも相当好きな様子だ。この話題だったら、俺でも続けられる。


「うん、好きだよ。いや、青山の方にさ、ちょっと変わったドーナツ屋さんがあって。そこはドーナツをケーキみたいにして……。生クリームとか、フルーツとかアイスとかなんだけど。そういうのをお皿にたっぷり乗せて出してくれるんだ。ちょっと値段は高めなんだけど。凄い美味しいんだよ。もちろん、プレーンでも凄い美味しいけど。中村さんってフルーツとかそういうのが好きなのかなって思って、ちょっと思い出したんだ」


「何それ!?凄い美味しそう!!えー、いいなぁ。食べたいなぁ」


ケーキを食べたばかりでお腹はいっぱいに違いないのに、中村さんは目を輝かせながらこちらの話を聞いてくれる。俺は嬉しくてたまらなかった。中村さんに自分が甘い物好きだとばれてしまったのは正直ショックだったけれど、彼女がそれに対して穿った見方をしてくれなくて本当に嬉しかった。それに、こんな話を楽しそうに聞いてくれる相手なんか今まで周りに一人もいなかった。俺は嬉しくって楽しくて、どうにかなってしまうんじゃないかと思った。


「絶対、おすすめだよ。中村さんも絶対気に入ると思う!!」


俺は自分でも驚く位強い口調で中村さんに話しかける。もう口が止まらなかった。


「もし中村さんが良かったら、今度一緒に食べに行きたい位だ」


俺はそこまで言ってから、やっと自分の失言に気付いた。俺は一体何を言ってるんだ。調子に乗りすぎた。余りに軽率だった。初めて話したに近い間柄なのに。よっぽど仲が良くない限り、2人でどこか出かけるなんて無理に決まってる。動揺を隠しきれなかった俺は、とっさに顔を伏せてしまった。中村さんの方を見る事が出来ない。


「あ、うん!行きたい!!」


「え?」


「……あ、でも私遠藤君の連絡先知らないや!!ちょっと待ってね?」


俺は顔を上げたまま呆けたように中村さんを見ていた。中村さんは持っていたバックから携帯を取り出す。


「電話番号教えて!!今ワン切りするね。あとメアドも」


俺は信じられない思いで中村さんの声を聞いていた。こんなに都合のいい事が、起こっていいのか。いや、良くない。こんなに嬉しい事が、こんなに簡単に起こっていいはずが無いんだ。


「楽しみだなぁ。あ、遠藤君って下の名前って信夫でいいんだよね?信じるに夫だよね?

あ、私の名前は里奈だよー。りな!!えっとね、漢字はね」


「……さとに奈良の奈だよね」


「あ、そうだよ正解!!あはは!!よく知ってたねえ!!」


「……中村さんこそ」


「えー!?だって遠藤君とかうちのクラスでかなり目立つもんね!!」


「……そんな事無いと思うけど」


「うっそだー!!だってサムライだよ!?」


「侍?」


いきなり侍なんて単語が出てきたから思わず聞き返すと、中村さんは「しまった!!」と叫ぶような顔に一瞬なってから慌てて捲し立てた。


「あの、ほら!!遠藤君って剣道部でしょ!?だから!!」


よく意味が分からなかったけど俺は頷いた。別に今侍なんかどうでも良かった。

俺は今真顔で居られているだろうか?顔は真っ赤じゃないだろうか?


「おっけ!!登録したよー。楽しみー!!」


俺は中村さんが好きだ。でも、ああ、何だか可愛らしい子だなぁと遠くから眺めていて満足していたはずだ。こんな事になるなんて想定してなかった。想像もしてなかった。


俺は実は単純な人間だったんだと思い知る。何だかもう我慢できそうも無いんだ。

たったこれだけの事で。下の名前を覚えてもらっていた事で。連絡先を交換出来た事で。たったこれだけの事なのに、中村さんを好きになる気持ちを止められそうになかった。


「……中村さん、暇な日っていつ?」


「え?私部活してないから、夏休みはずーっと暇だよー!」


「……そしたら10日は?」


「10日?」


「うん、俺10日だったら部活無いから」


「えーっとね、私今日でお金結構使っちゃったし……」


「……そっか」


浮かれきっていた俺は、そこで急に頭が冷えて思わず消え入る様な声を出してしまった。確かにそうだ。ここのケーキは安くない。あれだけ美味しそうに食べていたのも、しょっちゅう食べられるような物じゃないからって気持ちもあったのだろう。


「……ちなみにそこのドーナツっていくら?」


恐る恐るといった感じで中村さんが聞いてきた。


「ほとんどここのケーキと変わらない位の値段……だね」


「そっかー……。うーん」


俺は内心自らの失言に絶望していた。少し頭を働かせれば、気を利かせれば分かる様な事だったのに。自分の浅はかさにほとほと嫌気がさす。


「……行く」


「え?」


一瞬、俺の耳が都合の良いように彼女の発言をねつ造したのかと疑った。


「私ねー、ほんと甘い物に関してはぜんっぜん我慢とか出来ないんだー。もう遠藤君の話聞いたら気になって気になって仕方ないしね!!……あ!それにね、遠藤君も甘い物好きだって聞いて凄い嬉しいから!皆あんまり甘いものばっか食べると太るとか言ってあんまり付き合ってくれないし。あ、別に遠藤君が太ってるとか言う意味じゃなくってね?」


一生懸命話している中村さんを前にして、俺は必死で歯を食いしばっていた。そうでもしないと嬉しくて顔がにやけるのを止められなかった。


「だからもし遠藤君が良かったら、色んな美味しいお店教えてほしいな!!」


中村さんは天真爛漫と言った様子で笑いかけてくる。他意は無いに違いない。言葉通りの意味で、彼女は俺に気を許してくれたんだと思う。


だから、何だっていうんだ。俺は歯を食いしばるのをやめた。


「うん、俺も楽しみにしてる」


中村さんの笑顔は、屈託が無くって明け透けで、こんなに可愛い笑顔を見ることが出来るんだから、俺だって彼女に笑顔を返すべきなんだ。




<><><><><><><><><><><><><><><>



そうだった。俺は彼女の前では出来る限り笑顔で居ようと思ったんだ。そんな事を思いだして、微笑みながら彼女を見つめる。


「あ、これは?グリコのバトンドール?だって!!これ美味しそうだねえ!!」


中村さんがにこにこ笑いながら画面を見せてくれる。


「そしたらそれ、探してみるよ」


「うん、ありがとー。……何か、私旅行の予定とか無いのに、お土産貰うの悪い気がするなぁ」


「そんな事ないよ!」


少し強めに言ってしまって慌てて言葉を続ける。


「……俺、偶然だったけど中村さんとこうやってどっか行けるようになって凄い嬉しかったから。だから、そのお礼みたいなところ……あるし……」


段々と声が小さくなってしまった。俺は馬鹿か。こんな事言ったら彼女に好意を持っている事がばればれじゃないか。恐る恐る彼女を見ると、いつものようにこっちを見ながらにこにこ笑っていたのでほっとする。


「うん!!私も遠藤君と仲良くなれて凄い嬉しいよー!!しかもこんなに美味しいお店知ってるのホント凄いと思う!!またどこか連れて行って欲しいなぁ!!」


俺はもう隠す事はせずに彼女に笑顔を向ける。彼女から、俺がもらっている嬉しさや楽しさをちょっとでも彼女に返せればと思う。


「もちろん、喜んで」


俺の言葉に中村さんは更に笑顔になる。それから、おもむろに真顔になって続けた。


「……遠藤君、クラスの皆がキャーキャー言うのも分かるなぁ。優しいし、カッコいいもんねえ。彼女になったら、凄い大事にしてくれそうだし!!彼女になる子が羨ましいなぁ!!あっはは!!……?あれ、遠藤君?顔真っ赤だよ!?どうしたの?わぁ、人って本当に顔真っ赤になることってあるんだねえ!!」


……そうか。こうやって俺はどんどん彼女を好きになっていくんだなぁと思いながら、余りにも先が思いやられて、俺は頭を抱え込みたくなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ