教室での距離
どんな男でも、年に少なくても2回位はソワソワすることが許されてると思う。バレンタインとか、文化祭とか。気になるあの子の気を引きたい、みたいな。だって、ソワソワって潤いじゃないですか。恋する女の子は綺麗になるっていうじゃないですか。かたや、男はソワソワしてみっともなくなると思うんですけど、そこんとこどうですか?あ、どうでもいいですか。はーい。前置きが長くなったが俺は今、年に2回位許されているソワソワ状態にあった。
とにかく、今の俺は甘じょっぱい系男子筆頭・・・もういいかこういうの。はっきりいって全然余裕が無い状態。もう今、行進させられたら完全に手と足が一緒に前に出る。
昨日は野崎に誘われるがままに『ジェネシス』にログインして、フレンド登録して、ギルドに入って。皆すげーいい人たちで、さっそく皆でパーティー組んで狩りにいったりして。
オンラインゲームだっつーのに、ギルドにすら所属しないで、勧誘とかも全部蹴ってた俺がですよ?クラスの女子の一声でギルド入りですよ。爆笑。お前どんだけ女に弱いんだと。下心満載じゃねーかと自分で突っ込みたい位なんですけど。
実際のところ、野崎に声をかけられて断れなかったのは、それまで「よく分かんないけどギャルっぽくて怖いし、どういう風に思われてるのかも気になっちゃうから苦手」という感じで、遠巻きに見てるだけだった野崎が、実は俺が勝手にレッテル貼ってただけなんじゃないのかって思ったから。恐る恐る蓋開けてみたら自分の大好きなゲーム仲間という事実。しかも何かよく分かんないけどギルドに誘ってくれたという事実。・・・この二つが相まって、俺の野崎に対する気持ちに変化が訪れていた。
・・・野崎は本当は一体どんな子なんだろうか?
授業も終わって、俺は周囲にバレない位のさりげなさで野崎に意識を向ける。視線の焦点を何も書いてない黒板に向けつつも、視界の端っこに野崎がギリギリ入るようにする。何という視野の使い方。サバンナのシマウマか俺か、位の視野の広さ。でもはっきりいって俺相当気持ち悪いことしてるな今。野崎もまさか俺に視界のすみっこで観察されてるとは思ってもいねーだろうな。なんか本当にごめんなさい。
でも、だからといって野崎をガン見して、周りの誰かに見つかったり、あげくの果てに本人に見つかったりした時のことを考えるとこうせざるを得ない。野崎と俺は今までまったく接点が無かったんだし、野崎は『ジェネシス』をやっていることは周りに秘密みたいだし。
まぁ、でもネトゲやってますよ!なんて、声高に叫ぶやつはそうはいないだろうし、女の子だから恥ずかしいって気持ちもあるのかもしれないし。でもだからこそ尚更、日ごろ接点のなかった俺をわざわざ誘うなんてリスクの高いことをした野崎に対して、質問の1つでもぶつけてみたくなってしまうのだ。
視界の隅っこに野崎を捕らえ続けていたら、段々と馬鹿らしくなってきた。何をしているんだ俺は。野崎がギルドメンバーを探していたら、同じクラスにちょうど同じネトゲをしているクラスメイトがいて、しかも高レベルそうだったから誘ったってだけの話じゃないか。それ以上でも、それ以下でもない。気心のしれた仲より、距離感のあった間柄のほうが、遠慮して妙に近寄ってくることもない。野崎はきっとそれを見越して俺を誘ったのだろう。ゲームはゲーム。現実世界では視線すら交わることのない間柄。それでいいじゃないか。ごめんな野崎、変に踏み込もうとして。俺は野崎を視界から外すとトイレに行こうと席を立った。
・・・俺を誘ってくれた理由は、『ジェネシス』のフレンドチャットで聞こう。それが俺の野崎への礼節のある付き合い方だ。
嘘でもすっきりしたとは言えない心持ちで、それでも自分を納得させながら廊下を歩いていく。トイレ近くの人通りの少ない渡り廊下に差し掛かったところだった。
「・・・神谷」
「うわっ!?」
急に声をかけられて驚いて振り返ると、野崎がいた。は?何で?さっきまで教室にいたのに。何で?え?今俺のこと呼んだの?
「の、野崎・・・」
俺は若干仰け反りながら野崎を見つめる。・・・あれ、何か、何か・・・怒ってないか?
「・・・神谷さ、私のこと嫌いなの?」
は?
「・・・え?」
「・・・朝から目も合わせないし、今も態度すごいビクビクしてるし」
ちょっと待ってくれ。ちょっと待ってください野崎さん。
「いや、違う違う!!だってほら、さ・・・。野崎は『ジェネシス』やってるのって周りには内緒なんでしょ?・・・俺が声かけて迷惑だったらアレだしさ!!」
何で俺はこんな焦っているんだろう。目の前の野崎はすげー眉を潜めてる。唇とかへの字になってる。やばい。怖い。怒ってる女の子ってこんな怖いのかよ。何で俺怒られてるんだろう?やべー何言ってるのかもよくわかんない。
「・・・迷惑って何・・・」
「いや、俺も声は掛けたかったんだけど・・・俺あんま野崎と話したことないし・・・」
もう野崎の視線が痛くて視線も合わせられない。若干右の方に視線をずらしながらしどろもどろに弁解をする。何で?気遣ったつもりが完全に逆効果になってる。野崎怒ってる。俺テンパってる。あれ?これ何かゴロいいな。ノザキオコッテルオレテンパッテル。
ダメだ完全にテンパってる。ゴロいいな?じゃねーよ。帰って来い俺。
「・・・だったら声かければいいじゃん」
本当だよね!野崎の言うとおりだよ!何で俺一人で勝手に納得してたんだろう!これだからコミュニケーション能力足りない奴は困るよね!そりゃ、前日誘っといた相手がシカトぶっこいたら誰だって怒ります!馬鹿!俺の馬鹿!
「・・・うん。・・・ごめん」
ダメだ、めっちゃちっちゃい声しか出ない。聞こえてる?俺の声聞こえてる?何かもう俺の中の横隔膜が「俺頑張れない」って言ってる。言ってる気がする。何で俺こんなに凹んでいるんだろう。
・・・あぁ。野崎と仲良くできるチャンスを自分でふいにしたからか。
「・・・私、すごい嬉しかったのに。昨日、神谷が教室で『ジェネシス』の話してるの聞こえて。ギルドにも入ってくれるって言ってくれて、すごい嬉しかった。・・・何で全然リアクション無しなの?チャットもすごいしてくれたじゃん!!だから私今日すごい楽しみに学校来たのに!!」
野崎の語気がどんどん強くなっていく。俺をなじる声に身がすくむ思いがする。そんな風に思ってくれてたのかっていう嬉しさと、その気持ちを踏みにじってしまった申し訳なさが同時に来て、もう俺はわけが分からなくなってしまった。こんなに感情をそのままぶつけられることに、俺は慣れてない。でも、それって俺がよく分かってなかったってことなんだろう。気を遣ったつもりが、相手を傷つけるだなんて最低だ。
「野崎ごめん!!」
勢いよく頭を下げる。野崎の上履きが視界に入るくらいの直角おじぎだ。
「・・・俺もすげー嬉しかった。誘ってくれて。俺今までギルドとか避けてて。だって俺人付き合い苦手だし、知らない人たちの輪とか怖いし。だから誘ってくれてすげー嬉しかったです。今日も本当は野崎と話したくて仕方なかったです。でも俺ぐだぐだ考えてて声かけれなかった。だから、本当ごめんなさい!」
とにかく謝ろう。野崎が許してくれるかはもう問題じゃない。引かれてもいいや。野崎はすげえいい子だった。それが分かっただけで十分じゃないか。
頭を下げたまま、野崎が何か言ってくれるのを待ったけど、野崎は何も言ってこない。
あれ?・・・恐る恐る顔を上げる。
・・・口元に手を当てたまま、黙りこくる野崎。
はい、完全に引かれてしまいました。俺も途中でテンション上がりすぎて何言ってるのか自分でもよくわかんないし。もう泣きそう。
「・・・神谷携帯だしてよ」
うわー怖いよー、すげー怒ってるー。これはもう許してもらえないな。・・・そうだよな。携帯。・・・は?携帯?
「・・・え?」
我ながら間の抜けた声が出る。野崎はむすっとした顔のまま、ポケットから携帯を取り出した。ピンクのカバーがかかっているスマートフォンだった。
「・・・神谷もスマートフォン?」
「・・・え?いや、俺は普通に二つ折り・・・」
「私の赤外線出来ないから、このコード読み取って。これでメルアドと電話番号出るから。
コード読み取りは付いてるでしょ?」
「・・・付いてる」
「携帯出して」
意味が分からん。え、誰か説明して。え?あの流れで何でメルアド交換なの?
ぴろりろり~ん。ものすごいアホっぽい撮影音が渡り廊下に鳴り響く。
「・・・メールで私にも神谷のメルアドちょうだいよ。電話番号も」
むすっとしたままの野崎がそう言うので、その場で野崎にメールを送る。
「・・・うち帰ったらスカイプのID、メールで送るから」
「え?」
スカイプ?・・・いや、知ってるよ。あれでしょ、無料でネットで通話し放題っていうアレでしょ。俺もインストールしたもん。コンタクトはクラスの野郎ばっかだけど。
・・・スカイプのIDを野崎が俺に送る?何で?
野崎は俺からのメールを確認すると、顔を上げて睨み付けるようにして言った。
「・・・学校で話せないなら、いい。『ジェネシス』しながら音声チャットすればいいし」
「・・・」
今度こそ口を開けて何も言えなくなった俺をまた暫く見つめた後、野崎は振り返るとそのまま渡り廊下を去っていった。
その後俺はトイレに行ったことをすっかり忘れて呆けたまま教室に戻り、結局授業中に「先生トイレ」と手を上げる羽目になった。
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