暁戦線
まさかの本日2回目の更新です。27話「ギルドウォー」を読んでいらっしゃらない方は一話戻ってお読みください。
男爵さんのギルド、『暁戦線』の人たちを思わず観察してしまう。
男爵さんはやっぱり何度見ても熊だった。装備している武器、「オーブオブアイアン」から、辛うじて男爵さんが召喚士であることが分かる位だ。思わず気が抜けてしまうルックスだった。男爵さんのすぐ隣に控えているのは、天使だった。ファニー装備の「天使の悪戯」だ。パッシブ効果としてアクティブモンスターのアクティブ化を無効にさせる為、最下層までの移動時にとても役に立つ装備ではあるが、防御自体は無いに等しい鎧である。その装備に身を包み、ご丁寧にキューピットさながらの弓装備だ。ファニー装備の「ラブ・アロー」であり、これもまた攻撃力は皆無に等しい。本来弓装備が可能なのは狩人だけなのだが、このラブ・アローは全職装備可だ。ユニークスキルとして攻撃時5%の確率でモンスターをテイム化、つまりはサマナーのように操ることが出来るのが特徴だ。ただ、維持時間はとても短いので実用的ではない。
天使の横には悪魔が控え、水着姿の女の人、ちょんまげ侍、初心者ダンジョンで一番初めに倒すモンスターの「オニオンヘッド」の着ぐるみ、最後の一人に至っては、持っている武器がツッコミ用のハリセンだった。
……このメンツにはさすがに、負ける気がしない。
「……見事に皆ネタ装備だなぁ……」
思わず呟くと
「……う、うん。そうだね……」
野崎の歯切れの悪い返事が返ってくる。正直、ギルドウォーと聞いて思い描いていたのはAIのモンスターでは味わえない、対人でのガチンコ勝負、さらに言えばチーム戦という、ソロでは絶対に味わえない醍醐味を期待していたから、目の前の対戦相手達に、若干失望していた。野崎にはそれを声のトーンで察せられたのかもしれない。うん、ちょっと拍子抜けしたけど、初めてのギルドウォーだし、楽しもう。
『男爵: 今回は、はじめましての方がいらっしゃいますので、改めて自己紹介をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか、風巳さん?』
『風巳: もちろんですよ男爵。ありがとう(*´д`*)』
『風巳: ライアさん、先に自己紹介しようか』
話の振りに慌ててチャットを打ちこむ。
『ライア: はじめまして。ライアと言います。今日はよろしくお願いします。ギルドウォーは初めてなので、とても楽しみです』
『千歳: え!?はじめてなんですか?』
男爵さんの隣に控えていた天使から驚きの声が上がる。あ、この人が千歳さんなのか。LILIさんがしきりに再戦したがっていた人だ。つまりこの人はこんな恰好だけど魔術師なのだろう。
『男爵: それはそれは。私も今日はとても楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。順にご挨拶致しますね』
『千歳: はじめまして。千歳です。ソーサレスです。よろしくね』
『YOYO: どうもー!YOYOです!!ライアさん、今日はよろしくね、楽しみましょう!!』
悪魔の人めっちゃ爽やかだな!!見た目めっちゃ悪魔なのに!!
『海音: どうも、うみねって言います。よろしくね』
ゲーム内とはいえまさか白ビキニに褐色肌の女の人と知り合うとは思わなかったわ。
『アレックス: はじめまして!アレックスって言います。俺も殴り職だから、今日はやり合う機会多いかも!よろしく!!』
……アレックスて!!侍なのに!見た目めっちゃちょんまげなのに!!アレックスて!!
『にんじん: はじめまして~よろしくね~にんじんって言います~』
うわぁもう超絶ツッコミてえ!!見た目「オニオンヘッド」なのに!!あんたにんじんじゃねーだろ!!玉ねぎじゃん!
『七色眼鏡: はじめまして。なないろって呼んでください。私もファイターだから、今日はライアさんと会えるの楽しみにしてました。よろしくね』
この人すごく可憐な花嫁衣裳だな。手に持ってるのブーケじゃなくてハリセンだけど。
『ライア: ありがとうございます!!皆さん今日はよろしくお願いします!!』
何だか戸惑いを通り越してすげえ楽しくなってきたんだけど!!!
『男爵: いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますね』
『男爵: 風巳さん、本日のギルドウォーですが、対戦方式は「キングス」でよろしいですか?』
『風巳: おkですヾ( ゜д゜)ノ゛』
「あれ、野崎。ギルドウォーって対戦のパターン何個かあるんだっけ?」
「そうだよー。今日はキングスみたいだね。えっとね、それぞれギルド内で、『王様』を決めるの。制限時間30分のうち、『王様』が生き残っている時間がより長い方が勝ち。『王様』が倒されちゃうと、『王様』は他のギルメンにランダムに移譲されるのね。『王様』になったキャラクターの頭の上には王冠マークが表示されるからすぐわかるようになってるの。それで、このルールの重要なところは、王様が誰なのか、相手のチームからは見えない仕様になってるってところなのね」
「ん、それってつまりどういうこと?」
「誰が『王様』か分からない以上、とにかく相手を全滅に近い形で倒さないと勝てないってこと」
成程。やべえ。面白そう!!
「下手したら最初の『王様』がずっと倒せずに、戦争が終わってみて蓋を開けたら負けてました。何てこともザラだからね」
「成程なー!!すげー楽しみ。よっしゃ、頑張ろう!!」
『男爵: それでは早速、はじめるとしましょうか』
男爵さんの発言の後に、ウインドウが開く。
『OVERLOADと暁戦線のギルドウォーが承諾されました。闘技場まで移動します』
「神谷さぁ」
光に包まれるライアを見つめていると、野崎がややためらいがちに話しかけてきた。
「んー?」
「……まぁ、いいかぁ」
「ん?何」
「神谷の楽しみを削ぐかもだから黙っておく」
野崎の声のトーンには何かを企んでいるような響きがあった。
「え、何」
「まぁまぁ。ギルチャに集中しよ」
『風巳: さて、3分の準備時間ですね。『王』を決めたいと思います』
適任はにあさんだろう。にあさんはVIT極振りのVITファイターだ。そのHP量は破格の5万。攻城戦での範囲魔法の嵐の中でも立ち続ける猛者だ。かたやライアのHPは7000弱。他職に比べてHPが多いとはいえ、俺のライアはVIT:DEX:STRがそれぞれ2:1:7振り分けの中途半端な火力特化型だ。対人に特化しているわけでもない。ランダムの結果に『王』の役回りが回ってくることはあったとしても、最初の『王様』には向かないだろう。
『黒白猫: 王様はライアさんで!!』
『にあ: 異存なーし!!』
『シシリア: 頑張ってねライアさん』
『風巳: ライアさん、死んでも生き残ってください(*´・ω・)(・ω・`*)ネー』
『♪LILI♪: ライアさん頑張ってー!』
『†silver†: ライアさん全力で守りますね』
『NANAKO: 頑張ってね』
『☆星龍☆: ライアさん強く生きて下さい!!』
「えーーーーーーーー!!!??」
笑いこける野崎の声を聞きながら必死でチャットを打つ
『ライア: えーーーーーーーーーーー!???』
「いやいやいや!!無理でしょ!!!っていうか野崎お前さりげなくチャット打ってんじゃねーし!!無理だって!!」
必死で野崎に訴えかけてもこいつずっと笑ってやがる!!
「大丈夫。満場一致でしょ?皆神谷を信じてるんだよ」
何それ!!いや嬉しいけど!!何それ!!
『風巳: ライアさん。はじめてのギルドウォーなんですよ?ここでライアさんが王様にならずに、いつなるんですか』
『にあ: そうだよ。単身でメテオとか叩き込まれる身にもなってみ?ポーションをがぶ飲みしてみ?』
『シシリア: 大丈夫、ライアさんならやれるよ』
『黒白猫: ライアさんが逃げ惑う姿が見たいよ?』
「ほら、皆背中を押してくれてるじゃん」
「くしねさんの一言に尽きるじゃん!!これ本音じゃん!!うわマジかよ!!」
間違えなく、野崎も含めて他のギルメンの皆は今パソコンのモニターの向こうでニヤニヤ笑っているに違いない。俺も喚きながら若干美味しいと思いながらニヤニヤ笑ってるけど内緒だ!!これはあれだ!!内緒だ!!
「神谷頑張れ!!」
野崎もニヤニヤ笑っているに違いない口調だ。
『ライア: ……やります!!』
『風巳: (゜∀゜)b』
『シシリア: よしwww』
『にあ: よくぞ言った!!』
『♪LILI♪: 頑張ろうね~』
『黒白猫: ばっちりカバーするから』
『†silver†: よし、頑張ります!!』
『「王」の申請が来ています。「王」の権利の委譲を承諾しますか?』
新たにポップアップしたウインドウのOKボタンを押す。これでデフォルトの『王』だった風巳さんからライアに『王』の権利が委譲された。ライアの頭の上に王冠のマークが移動する。対戦相手には見えない、『王様』のしるしだ。
『風巳: 暁戦線の人たちに小手先のテクニックは通用しないと思いますので、今回は細かい作戦は無しです。ライアさんの初ギルドウォーです。とにかく皆さん、全力を持って相手を叩き潰しましょう』
『にあ: 燃えるぜー』
『シシリア: にあ。男爵囲むよ』
『にあ: wwww おk』
『♪LILI♪: 千歳さんの足止めしますね』
『†silver†: とにかく駆け回って相手削っていきます』
『☆星龍☆: 殴るのみ!!』
『ライア: 全力で前出ます!!』
『黒白猫: ちょwwwwwwwwwww』
『にあ:wwwwwwwww』
『風巳: 工エエェ(´Д`)ェエエ工』
『☆星龍☆: wwwwwww』
『シシリア: ライアさんw』
「神谷……」
「……何?」
「私そういうの嫌いじゃない」
ニヤニヤ笑いながらモニターを見つめる。開戦まで1分を切った。メンバーがそれぞれエグゾーストや補助魔法をかけ始めている。画面上が色とりどりの補助魔法のエフェクトで輝く。
「でも、気を付けてね神谷」
「何を?」
「……『暁戦線』の人たちってね、ソロ狩りが出来ないんだって」
野崎の発言に噴き出してしまう。それはそうなのかもしれない。ほとんどが紙のような装備に見えた。あれでは通常の狩りでも苦労するだろう。
「何だそれ!めっちゃ不便じゃん!!装備変えればいいのに」
「ん、装備だけじゃないよ」
野崎の発言の意味を問いただそうとした瞬間に画面いっぱいに文字が浮かび上がった。
『ギルドウォー開始』
『風巳: 行くぞ!!』
『にあ: b』
『シシリア: b』
『黒白猫: 補助切れたら俺んとこ来てね!!』
『♪LILI♪: ライアさん、右上には近づかないでね』
『†silver†: やるぞー!』
『☆星龍☆: 俺も前線出ます!!』
『NANAKO: 中央確保します』
『ライア: 行きます!!』
「神谷!付いてきて!」
「おっけー」
野崎と一緒に闘技場の中央を目指して走っていく。闘技場の中央は大きく拓けているが、そこに到達するまではいくつかの小部屋に分かれていて、対戦相手もすぐには到達できない。中央広場まで全速力で移動して、相手を足止めするのが「キングス」の定石だ。つまり、中央に現れない相手のメンバーは王である可能性が高い。
中央広場に到達していた俺と野崎が見たのは、万全の体制といった様子でこちらを待ち構えている『暁戦線』の全メンバーだった。一瞬身構えたけど、ライアとNANAKOを前にして、ピクリとも動く様子がない。少し時間をおいて、『OVERLOAD』 も広場に集結する。
『男爵: 嬉しいですね。だから好きですよOVERLOADの皆さんが』
『千歳: LILIさーん!!相手してねー!!』
『YOYO: 改めて、よろしくお願いしますね』
『七色眼鏡: やっぱりOVERLOADの皆はノリがいいねw』
『にんじん: 目指せ全員撃破です~』
『アレックス: ライアさん!!是非俺と一戦お願いします!!』
『海音: テンション上がってきたなー』
勢いよく流れるチャットを見ながら、ふとした違和感が湧きあがる。悪ふざけのように見える、『暁戦線』の人たちの装備に、『OVERLOAD』の誰もツッコミを入れていなかった事。ギルメンの誰として、相手を軽んじている発言を、してない。
「……ソロ狩りが出来ないのはね、神谷」
『男爵: それでは、行かせていただきますね』
『風巳: にあ、シシリア。男爵囲むぞ。ライアさんに近づけさせるな』
『にあ: おk』
『シシリア: まかせ!!』
『黒白猫: うわー、本気も本気だね。ちょっと俺無言になるわ!!』
『†silver†: ライアさん、並走しますね。思い思いに走って下さい!付いていきますから』
『☆星龍☆: 七色さんはまかせんしゃい!!この前のリベンジするぜー』
『NANAKO: YOYOさん単身狙いで行きます』
――通常の狩り効率まで全部捨てて、対人特化に全力を注いでる人たちばっかり集まってるからなんだよ。
いたずらが成功した子供みたいに、野崎がモニターの向こうで笑ったのが分かった。