一生分
結局騒ぐまさやんを落ち着かせることが出来ずに、駅前近くの公園のベンチに腰を落ち着けることになった。
「まぁ、礼ちゃんはさっさと動いてよ。それは間違いなく恋だから」
ベンチに腰を下ろすと、まさやんがにこにこ嬉しそうに言う。屈託なく笑う親友の顔はすげー嬉しそうで、ありがたいけど普通にこっちが恥ずかしい。
「ん。んー?……そっかー?」
半ば意地になってるのかもしれないけど、自分の気持ちがまだ固まってない感じはした。ここではっきり好きだって言い切るのも、何だか違う気がする。
「反応薄。……じゃあ逆に聞くけど!今現在その子は礼ちゃんにとって何なのさ!!」
まさやんが痺れを切らしたような口調で問い詰めてくる。そんなん決まってるのに。
「え、何だろう……こう……大事?」
「は」
「いや、だから何だろ。例えばこう、人間は一生の中で数えきれない位、笑うわけじゃん。で、何かこう……その子を俺も今、その子の日常の中で結構笑わせてあげられてるかなっていう。そんで、これからもっと……その子の長い人生の中で一番じゃなくていいから、割と上位に入るくらい、笑わせてあげたい……みたいな?」
そう、何かこう……笑ってて欲しいわ。
「……まさやん?」
まさやんが、目を見開いたまま固まっている。あれ、俺またやっちゃった?
「……礼ちゃん」
「ん?」
「頑張れよ」
「は!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「普通に応援するよ」
あれ!?若干まさやんのテンションが落ちてる!?俺なんかスベった?
「え?あれ?……あ、うん」
聞けねえ!何か雰囲気的に、あれ?俺スベった?とか聞けない!
「……じゃあ、俺そろそろ行くわ、礼ちゃん」
「え」
「いや、マジで。俺これから用あるもん。美貴と遊ぶ約束してたから」
「は!?マジで!?え、ごめん!!」
「いーよ。あいつも礼ちゃんのことは応援してあげたいって言ってたから」
「マジかよミキちゃんマジいい子だ……会ったことねーけど。ってかいい加減会わせてよ」
「それは無理。あいつめっちゃ人見知りだし」
まさやんの彼女であるミキちゃんとはぶっちゃけ一回も会ったことは無い。写メ見せてもらったことあるから顔は知ってるけど。
「え、でも俺もめっちゃ人見知りだよ!?」
「何でそこ張り合った?……まぁ、普通に会わせるよ機会あったら。っつーか礼ちゃんに彼女出来たらな」
「お、おう……」
「声ちいさ!!……じゃ、まぁ行くわ」
ベンチから立ち上がったまさやんにつられるように立ち上がる。
「まさやんマジありがとね」
「まぁ、誰だか知んないけど今回はマジで勝負しろよ礼ちゃん。礼ちゃんの為だかんな」
「うい」
「……じゃな」
軽く手を振ってまさやんは駅の改札に向かっていった。
やっぱ、まさやんに話を聞いてもらってよかった。何か自分の中で野崎に対するスタンスが固まった気がする。正直、野崎のことが好きなのかもってなった時に、じゃあこっからどう動くの?ってかなり焦ってた気がする。好きなら告白しなきゃ!?みたいな……。でも、やっぱ俺野崎のことすげえ大事だもんな。いや、いつの間にって感じだけど。野崎には笑っててほしいし、俺が笑わせたいし。で、とりあえずはそれでいいや。付き合うとか全然分かんないし。
あー、すっきりした。早く家帰って『ジェネシス』やろうっと。
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待ち合わせ時間をずらした地元の駅の改札の前で、美貴はもう待っていた。
「昌也君!!」
こっちに気付いた美貴がぶんぶん手を振ってくる。それを見て思わず頬が緩む。
少しだけ歩くペースを上げる。
「……ごめん、遅れた」
「全然気にしてないよ。それより、神谷君どうだった?」
本気で礼ちゃんを心配してるその様子に思わず苦笑する。一度も会ったことが無いのに、俺が礼ちゃんの話をしすぎたせいで、美貴はもう礼ちゃんのことは何でも知っている。恐らく本人が知ったら相当びびる程に。さらに言うと、美貴は礼ちゃんのことが大好きだ。会ったことないのに。
「いや、それがさ。好きな子の名前教えてくれなかった。何かさ、まだ気持ち固まってないみたいな事言って」
「……そっかー。うん、でもそういう時ってある。そっかー。でも神谷君いい子だもん。きっと上手くいくと思う」
美貴が屈託のない笑顔で、根拠のないことを自信満々で言う。力が抜ける。
「その信頼はどっから来てるの?会ったことないのに」
俺の表情に呆れが浮かんでたらしい。美貴が少しむきになって言う。
「でも、昌也君の話でいっぱい聞いてるし。……神谷君、面白いし、優しいから。上手くいくといいなぁ」
本心から礼ちゃんのことを心配するその様子に、柄にも無くイラっときた。俺の友達つっても、あんま他の男の心配すんなよ。口をついて出そうになる言葉を飲み込む。
「……心配しなくても大丈夫だって。つーか早く移動しようよ」
「……それにね」
話を切り上げようとしたつもりだったのに。俺が思わず眉を顰めそうになった時だった。
「神谷君はね、昌也君のお友達でしょ?幸せになってほしいんだ」
……あぁ。もう。
激しい自己嫌悪の中で手を出す。少しだけ美貴が驚いた表情をして、それから嬉しそうに手を差し出してきた。
「どうしたの?」
外で手を繋いで歩くのが、俺は嫌いだった。俺ら、カップルなんで。そんな感じで周りにアピールしてる気がして、落ち着かなくて堪らない。でも、美貴はやたら手を繋ぎたがる。室内ですら、繋ぎたがるんだからちょっとびびる。そろそろ付き合って1年半位になるけど、未だに慣れない美貴のスキンシップ癖だった。
「……いや、親友の発言に目から鱗っていうね」
美貴は不思議そうな顔をしていたけど、俺が握った手をぶんぶん振って見せると、楽しそうに笑った。
礼ちゃんは馬鹿だけど、本当にたまに、良いこと言うよな。好きな子を誰よりも自分が一番笑わせたいってのは、マジ同感だわ。
パクって悪いな。そう心の中で呟きながら俺は美貴の手を引いて行った。