夏の一日
ベッドに入ってから、随分と時間が経っているはずなのに、なかなか寝付けない。エアコンをつけてみたり、消してみたりしたけれど何だか落ち着かないというか、姿勢がしっくりこなくて何度も寝返りを打つ。
さっさと寝たいのに眠気が全然こない。もやもやとろくでもないことを考えてしまう。
野崎が好きって言ったって、果たして俺は野崎のどこが好きになったんだろう。はっきりいって、女の子の中では苦手なタイプに入る。元々、ギャルっぽい子は得意じゃない。野崎は見た目完全にギャル入ってるし、っていうかあいつ露出度高いもん。茶髪でこそないけど胸元がっつり開いてるし、スカートも結構短いし。それに……。
……あれ?……何か、それだけっぽい……。いやでも、大体俺ら全然学校で絡みないし。むしろお互い距離取ってたし。『ジェネシス』で通話とかするようになって、まぁ話してみたら、全然普通だったけど。
……うわー、わかんねー。っていうかあれかな。あんまりにも女の子と絡み無くて飢えてるとか?だって俺こんなしょっちゅう女の子と絡むの無かったもん。言ってもよっちゃんだって、授業の合間の休み時間とかしか話したことないし、たぶん野崎が一番話してる。だから、何かもう話してくれてるから好き!!みたいになってるのかなぁ。うわあ。無いわぁ。
どんだけ惚れやすいんだよ。無い無い。
暑くてかなりイラつくので、エアコンの設定温度を下げる。しばらくしたら今度はエアコンの音がうるさくて耳につくようになった。何なんだこれ。エアコンを消す。クソ蒸し暑い。
何なの!?意味わかんないんですけど。結局寝付くまでに1時間を超えてしまった。
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次の日の早朝、まさやんに出したメールは別にそんな変な内容じゃなかったと思う。
『今日って暇?』これだけだったんだけど。
かなりのハイスピードで返信がきた。『もちのろん!!もちのろんだーよ!!』
いやお前誰だよ。まさやんメールだとこんなノリだったっけ。だーよって何だよ。
まさやんの地元とは4駅離れてるので真ん中を取った駅で待ち合わせすることになった。
この駅は改札を出てすぐ向かいに喫茶店があるから結構重宝するのだ。
13時待ち合わせに設定した喫茶店に入る。コーラを注文して待っていると、まさやんがひょこっと入り口から入ってきた。
「礼ちゃん」
まさやんが声をかけてくる。どうでもいいけど何だこいつイケメンだな!!腹立つな!!
「ごめん、いきなりメールとかして」
「全然いいけど。どした?」
いきなり呼び出されたまさやんからしたら当然の疑問なんだけど、言いよどむ。いや、俺にも正直、さっぱり分からん。分から無すぎて思わずまさやんを呼んじゃったみたいなところあるからなぁ。
「……まぁ、とりあえず飲み物注文して。……オニオンフライ奢るから」
「ういー」
まさやんが注文をしにレジに向かう。何かまさやんの顔を見たらいきなり冷静になってきた。もう今日はいいや。普通に野崎の話はやめよう。
「……で?よっちゃんとはどうなったの?」
「は!?」
トレーを運びながらのまさやんの質問に思わず変な声が出る。何でよっちゃん?!
「いや、礼ちゃんとよっちゃん夏休み入る前アド交換してたじゃん。遊び行った?」
「え?」
「え、じゃねーよ。遊び行ったっしょ?」
ええええええ、まさやん何なの?千里眼なの?怖えよ!!
「いっ……」
「い?」
まさやんがニヤニヤ笑いながらこっちを見てくる。分かってるけどお前が言えよって顔だわこれ。
「行きました」
「うん。それで?」
当たり前だろみたいな顔をするまさやん。何か責められてる気になるのは何なの。
「それでって?」
「感想は?楽しかった?」
「……うん、楽しかった」
「何したの?」
「え?普通に、池袋出て、映画見て……飯食ってって感じ」
「うん、まぁそっか。礼ちゃんにしては頑張った方か」
まさやんがオニオンフライを摘まみながら評論家みたいなことを言う。何なの!!まさやんの意図が図りきれなくて様子を伺ってるとまさやんが嬉しそうに笑った。
「ノブもツトムも俺も、礼ちゃんには黙ってたことあんだけど」
え、何それ。
「俺らさ、結構お互いの恋愛の話とかすんだわ」
「……うん」
いや、それはするんじゃないの?まさやん彼女居るし、ノブも好きな人いるし、ツトムもモテるもん。
「でも何か、ぶっちゃけると礼ちゃんの前だと言いづらいって雰囲気あったんだ」
「……ん?」
「だって礼ちゃん、乗ってはくれるけどやっぱちょっと様子見っていうか。一歩引いてたじゃん?……高倉さんだってさ、礼ちゃん散々好きだ好きだ言ってたけど、高倉さんがサッカー部の小野寺と付き合いだしたらぴたっと話題に出さなくなったじゃん。あれどう考えても失恋したって感じじゃなかったでしょ。必要無くなったから、もう話さなくっていいよねみたいな感じでしょ?」
いやいや、そんなことねえよ!!高倉さんのことはめっちゃ好きだったっつーの!!断定的な口調に思わず反感を覚えながら答える。
「いや、本当に好きだったって」
「失恋してから、ぴたっと話題に上らなくなったのに?」
「いや、だって失恋したのにまだぎゃーぎゃー言ってたら迷惑じゃん」
「礼ちゃん、恋愛って迷惑かけてナンボだぞ」
まさやんがさらっと何かすげえこと言った。何それパクっていい?言う相手居ないけど。
「いや、礼ちゃんがガチで好きだったんだったら俺ら最悪だけど、礼ちゃんが高倉さんにマジだったってどうしても思えないんだわ。何か俺らが気使わせちゃったのかなって思ってた。だって一人だけ恋愛の話しないの気まずいじゃん」
「いや、そんなつもりぜんっぜん無かったんだけど」
「いや、分かってるよ。礼ちゃんはそんなつもりないでしょ?でも俺らがけしかけて、無理やり好きな子作らせたんじゃないかなって。そしたら悪いことしたなって話になったわけ」
「え、俺それ聞いてない」
「うん、言ってない。でも、まぁそんな感じになったわけ。で、礼ちゃん以外の俺らで約束事っつーか。そういうの作って。礼ちゃんには恋愛の話はあんま振らない。で、好きな人が出来たよって話出るのを待って、超バックアップする」
馬鹿じゃねーの!?何その約束!!アホくさ!!
よっぽど爆笑しながら言ってやろうかと思った。なのに上手く笑えなかった。何も言えなくなって、まさやんを見つめたら、うんうん、みたいな感じで頷かれた。うざい。
「……んで、まぁ俺は動きがあるならこの夏休みかなと。いや実際、話相手に俺を選んでくれて感慨深いよ」
普通にありがたい友情を知ったけど、やばい。期待には添えられない
「いやー、でも結構長い付き合いなのに、礼ちゃんから頼ってくるとか本当無いもんな。本当チキン野郎だからな!!あ、すいませーんフライドチキンひとつー」
「無えよ!!フライドチキンはメニューに!!」
しょうもない会話で少しだけ崩れた空気の中で、俺はたぶん今日最大級になるであろう爆弾を全裸のまさやんに投げ付けた。
「……いや、つーか恋愛の話ではあるかもしんないんだけど」
「ん?」
「よっちゃんでは無いんだけど」
「はーーーーーーーーーー!!!?」
まさやんが素っ頓狂な声を上げ、店内にちらほらいた人たちの視線が集まる。うわもう超帰りたい。