正直者の鼓動
妹の部屋に詰め込まれるように押し入れられた。
「座りな」
年下の妹から感じるプレッシャーが凄い。多少の身の危険を感じ美雨のベッドの枕元に飾られているピンクパンサーを人質……違うわ、物質にすると俺はピンクパンサーを抱きながら美雨の顔色を窺った。妹の部屋に入ることは……無いことは無いけどあんまり無い。むしろ美雨の方がこっちの部屋に来ることの方が多いからだ。だからなのか、何だかアウェー感が凄い。っていうか何かこの空気怖い。助けてピンクパンサー。
「ちょっと、あんまりぎゅってしないでよ。潰れるから」
すぐさま俺の手からピンクパンサーが奪い返される。あ、俺今凄い無防備。勝てない。いや、別に戦わねーけど。
「……で?どうだったの?」
さっきと同じ質問を繰り返す妹に辟易する。
「……いや、だから別に普通。普通に遊んだだけだし」
「普通、クラスの男友達と二人きりで遊んだりしませんー」
間延びした口調にイラッとする。
「いや、それは美雨がクラスの男子と遊ばないだけじゃねーの」
「別に遊びたいとか思わないし」
「仲良い子とかいないの?」
「普通に話す相手はいるよ。別にクラスで浮いてるわけじゃないもん。でも、学校の外で遊ぶってなったら別だよ?もし誰かに見られたら変な噂立つかもじゃん。それでも二人で遊ぶって、別に噂になってもいい!!って思わないと無理じゃない?」
「……そうかぁ?」
2人で遊ぶってなって意識しなかったって言ったらそれは嘘だけど。でも、よっちゃんに限ってそれは無いと思うけどな。
「何か、ちょっとアピールされたりしなかったの?」
「アピール?」
「そうそう。相手の好意感じる時とか無かったの?」
美雨の言葉に今日一日の場面がフラッシュバックする。
『そっかー…じゃあ初デートだね』
『可愛いなぁ』
……いやいやいや。
「……何か、あったでしょ?」
美雨がしたり顔でこっちを見つめてくる。何だその顔!!
「……無い無い」
有り得ないから。そう言おうとしたらいきなり美雨が手を引っ張って部屋の隅まで歩かされた。クローゼットの横にある全身鏡の前に立たされる。
「自分の顔見てみ?」
「……何?」
「超赤い」
「うわマジだ超赤い」
「……礼さぁ。どんだけ純なの」
「いや、でも!!でもよっちゃんはさ、すげえいい子なんだよ。別に男女関係無しに接する子でさ。席も近いから結構喋るし。あ、しかも元々皆で遊びに行こうって言ってたのが、なし崩しに2人で遊ぼうって流れになっただけだしさ……」
「今日はどっちが誘ったの?向こうなんじゃないの?」
「……向こう…です」
「……脈あるんじゃないの?」
「無い無い!!有り得ないって」
「……礼って純って言うか、ヘたれてるね」
うおおおい!!何でそこまで言われなきゃいけないの!?呆れたような顔でこちらを見ると、美雨は部屋のドアを開けた。
「ま、本人がそこまで言うなら、そうなんじゃん?」
顎をしゃくってもう出ていけのジェスチャーをする。えー!連れてきたのそっちじゃん!!
「おやすみ、へた礼」
ドアを後ろ手で閉める瞬間にぼそっと後ろから言われる。誰がへたれいだよ!!っていうか誰だよそれ!!
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半日外に出ていたせいか、かなり眠気はあったのだけど、『魂の欠片』をどうしても後5個は今日中に集めたくて、半ば意地になってパソコンを立ち上げ『ジェネシス』へとログインした。
『ライアがログインしました』
『☆星龍☆: こんですー!!』
『†Silver†: ライアさんお久しぶりです!!』
『NANAKO: こん』
『ライア:こんですー!!』
星龍さんもシルバーさんも久しぶりだ。野崎のログイン率の良さに思わず笑ってしまう。他のメンバーが見当たらないのを不思議に思って、チャットを打つ。
『ライア:あれ、マスターとかはいないんです?』
『☆星龍☆: あ、今ちょうど皆離席してて』
『†Silver†: 風巳さんとにあさんがインしてますけど、今席外されてます^^』
『ライア: あ、把握です』
『☆星龍☆: ここんとこちょっとバイトのシフト固めて入れてて、インできなかったんですよね』
『ライア: お疲れ様です!!』
『†Silver†: 僕ももっとIN出来ればいいんですけど……。塾が忙しくて』
あー、そういえばシルバーさんも学生みたいなこと言ってたなぁ。
『ライア: 塾ですか。大変ですね』
『†Silver†: あ、全然大変じゃないんですよ。僕、エスカレーターなので。ただ、成績は落とせないんですよね』
『NANAKO: シルバーさんって頭良さそうですけどね』
『†Silver†: 全然ですよ^^;』
『☆星龍☆: 塾とか懐かしいなぁー! 俺今ぜんっぜん勉強してねえ!!バイト漬け』
『ライア: wwww』
『NANAKO: 星龍さん今は何のバイトなんですか?』
『☆星龍☆: フヒヒ』
『NANAKO: !?』
『☆星龍☆: 何を隠そう』
『ライア: ??』
『☆星龍☆: 風巳さんのとこでバイトしてますwww』
『ライア: !!!?』
『NANAKO: ええ!?』
『†Silver†: 本当ですか!?』
『☆星龍☆: うんw……っていうか割りと前からwwww』
『NANAKO: 知らなかった……』
『ライア: え、じゃあお二人は顔見知りっていうか……』
『風巳: 毎日こき使ってますね』
『ライア: うわもう超びっくりしたあああああああ』
『☆星龍☆: wwwwwwwwwwwwwww』
『NANAKO: びっくりしたwwwww』
『†Silver†: 風巳さんこんばんは!!』
『風巳: ヽ(`Д´)/こん』
『☆星龍☆: マスター、マジでイメージ通りでびっくりするよw』
『ライア: うわーwwwいいなぁwww見てみたいです』
『風巳: (・∀・)ニヤニヤ』
『NANAKO: 風巳さんは何か……凄い紳士なイメージです』
『ライア: あ、 ほんとそんな感じですね』
『†Silver†: 僕もそう思ってます』
『風巳: 紳士……』
『☆星龍☆: www』
『風巳: ちょび髭とか?』
『ライア: いやwwww』
『NANAKO: ww』
『風巳: ご期待には添えないかもしれません』
『†Silver†: 大丈夫ですよw』
『☆星龍☆: めちゃ背高いよ』
『風巳: こらこら、龍二。その位にしときなさい』
『☆星龍☆: ちょwwwwwwww本名www』
『ライア:wwwwwwwwwwwwwwwwww』
『NANAKO: wwwwwww』
『†Silver†: wwwwwwwwwww』
『風巳: うっかり(*´・ω・)(・ω・`*)ネー』
『☆星龍☆: 確信犯過ぎるwww』
『ライア: wwwwwwww』
『☆星龍☆: いや、全然いいけどねwww』
『NANAKO: それで風巳さん。星龍さん……あ、すいません。龍二さんはどんな感じなんです?』
『☆星龍☆: なwwwwwwwwwなwwwwwwwこwwwwwwさんwwwww』
『ライア: ちょwwwwwww』
思わずモニターの前で噴き出す。野崎お前容赦ないなぁ!!
『風巳: 主に眼鏡ですね』
『☆星龍☆: メインが眼鏡みたいになってるww』
こうして思わぬ繋がりが判明した風巳さんと星龍さんの息の合った絡みがギルチャを埋め尽くしていったのだった。
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楽しくチャットしつつ、後に合流したにあさんも加えたギルメンで2時間位狩りをしたおかげで、結局『魂の欠片』が3個手に入った。目標には届かなかったけど、まあ良しとしよう。ギルチャで皆に挨拶をして落ちる。
『ジェネシス』の掲示板でも覗こうかと思っていたらスカイプのチャットが飛んできた。野崎だ。
『おつー』
短めの発言とともに棒人間が激しく踊っているモーションアイコンが表示される。発言のテンションとアイコンが合ってなさすぎるだろ!!思わず笑いながら返信をする。
『おつかれー。ていうかそのアイコン何www』
『ダンス』
『いやそれは分かるけどなwwwww』
すると今度は棒人間が荒々しく両手を広げて片足を上げているモーションアイコンが送られてくる。
『何だそれwwwww』
『忍者』
『どこがだよwwwwwwwwwwwwww』
全然忍べてねえじゃねえか!!何故かツボにはまってしまって声を出して笑っていると、スカイプの通話がかかってきた。一瞬固まって、急いでヘッドホンを用意する。
「……ごめん、忙しかった?」
「いやいきなりだったからびっくりしただけ。どした?」
「ん、……ふふ。これ」
言いながらチャットが送られてくる。荒ぶる棒人形。噴出してしまう。
「だから!!これ忍者じゃねーじゃん!!」
「荒ぶる鷹のポーズだよね、これ」
「あはは!!ほんとだよ!」
こんな夜中にでかい声出して笑ったら絶対やばいのに、面白くて仕方ない。しばらく馬鹿みたいに笑った後、ふと素に戻る。
「……はー、うけた。……あれ、野崎何か用あった?」
「うん。これ神谷に見せたかった」
「それだけかよ!!」
思わずまた噴き出す。
「うん、それだけ」
野崎もモニター越しに笑ってるのが分かる。しょうもないけど、しょうもない事も話せるのは単純に嬉しかった。
「あと、伝え忘れてたから。ギルドウォーのこと」
「あ!!そうだ、それ風巳さんから聞くの忘れてた。どうなったの?」
「えっとね、とりあえず風巳さんがめぼしい日程を3日設定してくれたから、そこで皆が都合いい日を探すって。日にちとか時間は、ギルドのホームページの掲示板に乗ってるから」
「あ、マジか。了解」
「ん。……星龍さんと風巳さんって実際に面識あったんだね」
「ね!!マジでびびった。……っていうかバイト先が風巳さんとこなんでしょ?…それで風巳さんの方がイン率高いってどういうこと?」
言いながら笑ってしまう。風巳さんちゃんと仕事しているんだろうか。
「あはは!意味わかんないね確かに」
……楽しそうに笑う野崎の声を聞くと、何だか嬉しくなって、もっと笑わせたくなる。
……何か、俺だめじゃね?
美雨に言われたことを思い出す。
『……脈、あるんじゃないの?』
今日のよっちゃんの態度を思い出す。俺だってさすがにあれ?って思ったよ。でもさ。
「……神谷―?」
「……ああ、ごめん超ぼんやりしてた」
「寝たのかと思った」
「寝ないよ!会話中に寝るとかどんだけだよ」
「ほんとだよ!寝んなよ!寝たら怒るし!!」
「はいはい」
でもさ、人の気持ちなんてやっぱ、本人にしか分かんないじゃん?したら、まぁ、まずは自分の胸に聞いてみるじゃん?脈があるとか無いとか、そういうんじゃなくてさ。
俺自身が頑なに、無い無いって思うのは何なんだろうって。
何で、その話題振られるたびに何かやましい気持ちになんのかなって。
……つーか俺、野崎のことが好きなんじゃねえの?
どうなんですか?そこんとこ。俺は自分の胸の当たりに手を置いてみた。
「……神谷?……ほんとに寝たりしてない?」
手のひらから伝わるのは中に誰か入ってんじゃねーか位バクバクしてる俺の心臓の鼓動だった。
うっわ。マジかよ。