無自覚と再発見
コップから飛び出した氷が勢い良くよっちゃんのグラスの近くまで滑って行った。
目をまんまるにしてよっちゃんがこちらを見つめてくる。
「うわごめん、俺の氷めっちゃ元気だわ」
「……」
「活きがね……こう、活きが」
もう自分でも何言ってるのか分からない。もし万が一、今この瞬間よっちゃんがテーブルの氷を拾って手の平に乗せつつ、俺の顔面にアイアンクローしたら一瞬で溶けると思う。しねえよ!!よっちゃんはそんなことしねえよ!!
とにかく落ち着け。つーかドックドクいってるんだけど心臓が。何?人間ってこんな瞬間的に心臓動かせるものなの?凄いよ血流が。俺今顔真っ赤だよたぶん。
一瞬固まっていたよっちゃんの表情が見る見るうちに崩れた。体を折り曲げて笑いだす。
「活きって何!?っていうか神谷っち顔真っ赤じゃないか!!」
他のテーブルの人たちからも視線を感じる。感じるっていうか実際見てる。超見られてる。うわ、あいつの氷活き良いなーって思われてる。泣きそう。笑い続けるよっちゃん。楽しそうに笑う子だなぁ本当。
「……はーっ、笑いすぎて疲れたよ……」
ホントにちょっとぐったりした感じでよっちゃんが笑い終わった。片や俺は若干の涙目だった。
「……うん、楽しい」
独り言みたいによっちゃんが呟く。そんなに楽しんでくれたんなら俺も何かもう満足です。
「何かずるいけど、……うん、まぁいいや」
「え?」
「神谷っちは、ずるいなー」
「え、ごめん」
「ほんと、笑いの神様がついてるんじゃない?敵わないなー」
そういってまた笑うよっちゃんに、俺もようやっと落ち着きを取り戻す。よっちゃんの発言に思いっきり動揺したけれど、あまり深く考えるのはやめよう。何かドツボにはまりそうな気がするし。我ながら自意識過剰だわ。
「……あ、すごい。もうこんな時間だよ神谷っち」
そう言ってよっちゃんが携帯の時計を見せてくる。開場までもうそんなに時間がなかった。
「マジだ。行こうか」
席を立つ。笑い過ぎたのかよっちゃんの頬は紅潮していた。ぱたぱたと手で顔を扇いでいる。
「……言っても、よっちゃんだって顔赤いよ?」
お返しのつもりでそう言うとよっちゃんは両手でさっと頬を隠した。これでお相子だと思う。たぶんだけど。
<><><><><><><><><><><><><><><><><>
映画館に入ってすぐ、カウンターまで行ってポップコーンを買った。バケツサイズに入ってるやつだ。
「神谷っちポップコーン買うの?わ、大きい!!」
店員さんが取り出した容器のサイズを見てよっちゃんが驚く。
「映画館来たら必須でしょ!!一人じゃ食べきれないからね、よっちゃん一緒に食べよ」
「……うん!あ、半分払うね」
「え、いらないよ!」
「だって悪いよ」
「いや、俺がでかいの買いたいってだけだから!!何か映画館ででかいサイズのポップコーンを食べるのにあこがれがあってさ。映画館来たら絶対頼んじゃうんだよね」
「あ、でも分かるよー。私も映画館ではポップコーン食べたくなる」
「でしょ?超でかいでしょこのポップコーン。テンション上がるでしょ?」
「うん、何か上がってきたよ!」
「さーすがよっちゃん!!よっしゃー!見るぞー!!楽しみだー!!」
ポップコーンでテンションが上がりまくる。自分でも自分のスイッチが分からん!!
「神谷っち子供みたい。可愛いなぁ」
ふにゃっと笑いながらよっちゃんがそんな事を言う。またこの子は……。
「いやだからそれ褒めてないからね」
よっちゃんはほんとほんわかしてるなぁ。あんま本人意識して言ってないんだろうけど。何かよっちゃん意識してる人(石田を筆頭として)が結構いるの分かった気がする。
2人の座席の間にポップコーンを置いて席に座る。肝心の映画はというと、クラスの女子達がおすすめしてきたやつなので良くは分かんない。本当はまさやん達と見たいねって言ってたのは海賊映画なんだけど。まぁ、集団で見に行くなら断然そっちだけど、今日はよっちゃんと2人だし、女の子が見たい方を優先するのは当然だ。何かヒューマンドラマらしい。あ、はじまった。
<><><><><><><><><><><><><><><>
映画館を出ると日が暮れかかっていた。
「神谷っち、いい映画だったねー?」
「……ね」
「……神谷っち。泣いた?」
「いや全然」
「……目赤いよ。あと鼻も」
「え?あ、ほんと?」
「さらに言うと声も涙声だよ」
「あー、ね?」
違うんですよ。ちょっと説明させてもらえます?この映画、家族の絆がテーマみたいになってて。健気な子供が頑固なおじいちゃんと交流して少しずつ心通じ合っていくんですよ。こんなん普通にダメですって。反則ですって。
「……よっちゃんこの後大丈夫?」
「え?」
「飯食べて帰ろうか」
「!うん!」
よっちゃんほんと表情がぱっと明るくなるよなぁ。可愛い子だよホント。学校でいるときはふんわりしてるから今日はちょっと攻めの姿勢で来られてびびったけど、二人きりだとまぁこんなもんなのかもしれない。よっちゃんの発言を思い出す。確かにまぁ、今日のこれはデート……って言ってもいい気がする。すいません調子乗りました。
この今の状態見られたら、石田にマジで何かされるかもしれない。すっかり忘れてたけど石田も映画見たいって言ってたしなー。むしろ俺が誘ったんだった。石田!頑張れ!!
「よっちゃん何か食べたいものとかある??」
「え、んー……何だろう?私は別にサイゼリアとかでいいよ?」
「サイゼかー。んー……」
まぁ俺もそれでいいんだけど。つーか映画は地味に高いから財布が寂しくなるな。
『礼さ、二人でご飯食べるんなら店位決めてから出なよ!!』
頭の中で美雨の言葉を思い出す。
『ご飯おごってあげる位の甲斐性は見せてよね』
はいはい。大通りから少し進んで、お店の前に立つ。
「よっちゃん、ここどう?」
「あ、おいしそうだね」
「おっけ、じゃあここにしよう」
そこはちょこちょこ入ったことのあるハンバーガー屋さんだった。お店の中はかなりこじんまりとしているけれど、雰囲気が気に入っている。カウンターで値段を見たよっちゃんが少し戸惑ってた。
「わ、値段すごいねえ……」
ここのハンバーガーは1,000円超えがザラにある。
「ここのハンバーガー超おいしいから。よっちゃん何食べる?」
「えーっとねえ……。何がおすすめなのかな?」
「やっぱこのモッツァレラバーガーでしょ。これおいしいよ」
「じゃぁ、それにしようかなぁ。あとアプリコットアイスティー」
「俺も一緒。飲み物はクランベリー。……あ、よっちゃん席取っといてよ。2階上がれるからさ」
「あ、うん!はい、神谷っちお金……」
財布を取り出したよっちゃんをやんわりと止める。
「あ、いいよ。払っとく」
「え、でも……」
「先に席取っておいてよ」
「……うん!」
元気に返事をしてよっちゃんは2階に上がっていく。まぁ、友達と遊びに行って奢りとかはないもんなぁ。まぁ、いいか。何か本当のデートみたいになってるなこれ。
窓際の席に座りながらハンバーガーを頬張る。
「!!おいしい!何かバンズがふわふわしてるー!あ、でも外はカリカリしてる!!」
「おいしいでしょ!?しっかり食べてる感じするよね。肉も超うまい」
「神谷っちよく来るの?」
「んー、ノブいるじゃん。あいつが結構色々店知ってて。色んなとこ連れてってもらうんだよね。って言ってもあいつケーキとかシュークリームとかドーナツとかワッフルとかクレープとかさ、そういうのの方が好きみたいだけどね」
「えー?そうなんだ。遠藤君凄いねえ」
「ね!たぶん夏休みだから色んなとこ行ってるんじゃないかな。何かそんなようなことメールで言ってたし」
そういえばノブからこないだメールで『カフェコムサで中村さんと会った!!しかも一緒にケーキ食べた。超可愛くて死ぬかと思った』って来たな。めんどくさいから返信してなかったけど、今頃中村さんと一緒に色んなとこ食べ歩いてたら面白いな。ちなみに中村さんは野崎の仲良しグループの子で、ウッシャッシャって感じでいっつも笑ってる。この説明聞いたらノブがガチでキレそう。
「映画よかったねー」
「ね、普通に感動しちゃったよ。何か俺おじいさんという存在に弱いらしい。ぐっとくるもん」
「あはは。映画の途中で神谷っち見たら泣きそうになってるの堪えてたもんね」
「うわ、そんなとこ見ないでよ」
「可愛かった」
「うおーい!!だから、可愛くないから。よっちゃんのほうが可愛いから」
思わず仕返しのつもりでそう呟くと
「……あは」
やっべ若干変な空気になったー!!何でこう俺は引かれることしか言えないんだ。
「……神谷っちはさ」
「ん?」
「私が欲しい言葉をくれるね」
「……そう?」
「うん、そうだよー!私普段可愛いなんて言われないから嬉しいなぁ」
「いやいや、よっちゃん本人に言ってないだけだからね、それ。皆陰でこそこそっと言ってるんだよ」
「あはは!……あー、私……うん」
「うん?」
「今日楽しかったなぁ」
「俺も楽しかったよ!あ、そろそろ行こうか」
「うん!」
よっちゃんはふにゃっと笑った。
<><><><><><><><><><><><><>
「……で?で?どうだったのデート」
家に帰るなり玄関に美雨がすっ飛んできて聞いてくる。うわめんどくさい!!
「いやだからデートじゃないっつーの……。楽しかったよ」
「何か進展あったの?告白された?」
「何言ってるの。そういうんじゃないから」
顔を上げると美雨があきれ果てたという感じでこっちを見てくる。うわなんだその顔!
「……礼。私の部屋来な。話聞くから」
「いや、何で……」
「いいから!!」
そのまま美雨にしょっぴかれて何故か反省会になった。