はじめての
池袋駅を出て映画館に向かう。何か話さなきゃいけないと思いつつも、最初の一言が浮かばない。だけど、こうやって一緒にいる以上、つまらないなんて思って欲しくはない。確かに俺は女の子に対してかなりしょっぱい態度しか取れないけど、よっちゃんは俺にとって、心開ける数少ない女の子の友達だし。
「よっちゃん、夏休みどっか行った?」
あんま変に意識するのはやめよう。っていうかよっちゃん普通に美少女だわ。これは何かもう、意識しないのが無理でしょ。意識して普通みたいな。あ、何かそう思ったらかえって落ち着いてきたかもしんない。よっちゃんの顔も見れるように……。目が合って、ちょっとだけ笑うよっちゃん。あ、ダメだ。ごめん調子乗った。見れない。全然見れない。もう諦めて会話に集中しよう。
「私?買い物とかは皆で行ったよー。後は家族で避暑地に行く予定あるよー」
「お、いいねー。どこ行くの?」
「軽井沢だよ。うちはほとんど毎年行ってね、皆でテニスするのね」
「マジか。よっちゃんセレブっぽいな」
「セレブじゃないよ!普通だよ」
「いやいや、軽井沢でしょ?完全にセレブ入っているね。そもそも今日の格好が若干のセレブだからね」
「えー?」
「何か今日のよっちゃんお嬢様っぽいもん、優雅だわ」
「優雅?そんな事なかなか言われないなぁ。でもありがとー」
ふにゃりと笑うよっちゃん。あぁ。いつものよっちゃんだ。いや、当たり前だけど。何だかほっとして、やっと普通によっちゃんを見れるようになる。
「神谷っちがオシャレと聞いていたからね、頑張ったつもりだよ!」
「いやいやいや、俺はオシャレでもなんでもないから」
「そんなことないよー?さっきも言ったけどねえ、可愛いよ。神谷っちの雰囲気に凄い合ってる」
「……男に可愛いはあんま褒めてないんじゃない?」
「えー?そうかな?可愛いと思うよ私は」
いや、よっちゃん。そんな可愛い可愛い連呼されても反応困るんですけど。
「……ねえ、神谷っち。可愛いよ?」
「いやゴリ押し?3回も言うことじゃなくない?」
「だって返事無いんだもん。はぐらかしてるし」
「……いやだって、えー?」
「そうだろ?俺可愛いだろー?位は言わないとだよ」
「それは可愛いっていうより、ちょっと頭可愛そうな子なんじゃないの?」
「いいから、神谷っち!ほら!!」
「え!?何、言わないと次行けないの!?」
「もちろんだよ!」
すげえ!言い切られた!分かったよ!これで乗らないのも癪だし!!
「……よっちゃん!俺超可愛くない!?」
「うん!!特にどこが可愛いか教えて?」
「えーーーーーーーーーーーー!?!??」
「説明してくれないと分からないよ」
嘘だろー!?よっちゃん人を上げるだけ上げといて梯子外しやがった!!まさやん達ですらこんなパスは出してこねえよ!!完全にしてやられた!!
「ほら、神谷っち。会話の鮮度はどんどん落ちていくんだよ」
よっちゃん改め大野良美さんがニヤニヤと笑いながらこちらを見つめてくる。え!?キャラ変わってるじゃん!
「え……ちょっと待ってね?ん、うん!!んん!?」
何の余裕も無くなってテンパっていると、いきなりよっちゃんが噴き出した。
「……あはははははは!神谷っちテンパりすぎ」
「え!?」
「ごめんね、ちょっと意地悪が過ぎたね?」
「……うわ、何だよー!すげえビビった!マジで言わないとダメかと思った!!」
「たまにはこういうのもアリかなって思ったのさ」
「いやマジびびったぁー!俺が今まで生きてきた中で一番、自分のどこが可愛いのか考えてたわ!!口に出してたら何かもう色々失ってたわ!!」
「あはははは!!でもそれちょっと聞きたかったかもだよ?」
「いや、本当に勘弁して下さい!!」
馬鹿話を続けるうちに目的地の映画館に到着した。お目当ての映画の券を買う。席はそこそこ埋まっていたけど、スクリーンからの距離が適度にあって、かつ2人分が空いている場所があったのでそこを買った。うん、上映時間まで思ったより全然時間が出来てしまった。会場まであと30分くらいはある。
「どーする?」
よっちゃんに券を渡しながら尋ねる。
「じゃあ近くの喫茶店かどこかに入ろうよ!」
「おっけー」
映画館から10メートルも離れてない喫茶店に入る。パッと見満員にも見えたが二階席があるみたいだ。レジに並びながらメニューを眺める。
「よっちゃん何飲む?」
「私はアイスティーかな」
「何にしよ。……俺コーラでいいや」
レジで会計を済ませるとトレーに乗ったアイスティーとコーラを持って二階へあがっていく。思ったより空いていたので禁煙席まで行くと席に着いた。
「……神谷っち今日いきなり誘ってごめんね?」
席に着くとよっちゃんが申し訳なさそうに言った。
「ん?いや全然。暇してたし。っていうかまぁ常に暇だけど。よっちゃんこそ、俺だけで良かったの?三国さんとか、戸田さん呼ばなくて」
「うーん、矢野君たちが来ないなら、2人呼んだら今度は神谷っちがかわいそうかなって思って」
「あぁ。確かに」
思わず笑うと、よっちゃんもふにゃっと笑った。コーラが思ったよりも温かったので勢いよくストローでかき混ぜる。カラカラカラと涼しげな音が響いた。
「神谷っちと2人で遊びに行く日が来るとは思わなかったよー」
「あー、ね?……っていうか俺、女の子と2人きりで遊ぶの生まれて初めてかも」
「え!?」
よっちゃんが固まる。あ、引かれた。いや、でも事実なのだから仕方がない。
……今の言い方は<俺、女の子と遊んだこと全然ないんで、ぶっちゃけ超意識してます>と取られるか、もしくは<俺、全然女の子慣れしてないんで、ぶっちゃけ超意識してます>と取られるかどちらかだなってどのみち意識してるんじゃねーか!びっくりするわ!
やってしまった感はあるけれど必死でフォローに回る。俺が俺をフォロー。泣きそう。
「いや!つってもそんな!変な意味じゃなくて!!」
完全に変じゃねえか!!よっちゃん何とも言えない表情になってるし!
「……びっくりした!神谷っち。今のは本当にびっくりしたよ」
へぇぇぇぇと言いながらよっちゃんがこっちを見つめてくる。あれ、こうして見るとよっちゃん目力すっげえな。いつもかなりの至近距離で顔つき合わせてるはずなのに。何かあれだ。初めてジェネシスの話した時の野崎みたいな目だこれ。
「いや、まぁそうなんだわ。悲しいことにね……」
「そっかー。……そっかー」
よっちゃん下向いちゃいましたよこれ。いや、そうなるよね!俺がよっちゃんだとしてもリアクションに困る話だからね!もう思ったことすぐ口に出すのやめよう!本当にやめよう!!
「そっかー、じゃあ初デートだね」
「え?」
カラカラとストローで転がしていた氷が、勢い余ってコップから飛び出していった。