あっという間の出来事
その時の俺を包んでいたのは完全なる戸惑い。ドラマとかでよくある、人が道路に飛び出してそこにトラックが来て景色がスローモーションになってトラックを見つめ続けて、いや、お前そこまで見つめる余裕あったら避けろよ!!って突っ込みたくなるあの時間。あの時間が俺に訪れていた。
そんな俺の、透明度の高い心からの「え、あ・・・うん・・・」
その答えを聞くと野崎は一瞬すっげー嬉しそうに口元を綻ばしたけど、すぐにそれを手で隠した。
「・・・神谷、ギルド入ってないんだ?」
「・・・あぁ、まぁ。・・・今はソロ・・・」
この「今は」のニュアンスは「彼女?今はいないかなー!!」と使い方は同じである。つまりは、正直な話そんな経験一回も無いけどこっから先も無いなんて信じたくない、夢を見させてよ系の「今は」である。
だが、俺の返事は野崎を満足させるものだったらしい。何かそんな気がした。
「ふーーーーーーん・・・キャラは何なの?」
「・・・え・・・ファイター・・・」
「・・・ファイターか・・・」
そのまま口元に手を当てて考え込む野崎。
「キャラ名は?」
俺は少しうろたえた。ネトゲのキャラ名なんて、クラスの女子にばらす前提で付けてなんかいないのだ。はっきりいってどんな反応されるのかと思うと言いたくない。
「・・・私は普通に『ななこ』なんだけど。あ、私の名前ね。ローマ字の大文字でNANAKO」
聞いてねー!!そんな丁寧に教えてくれなくても!完全に流れが俺も教えなくちゃダメな感じになってる・・・。分かった。言うから。
「・・・ライア」
「ライヤ?」
聞き取れてねえー!!もうやめてくれ二回も言わせないでくれ。俺が溶けてしまう。
「・・・ライ『ア』!」
「ライア?どういう意味なの」
掘り下げてきた・・・掘っても何も出ないのに・・・
「・・・俺の名前、神谷礼の『礼』と『谷』を並び替えて『レイヤ』だから、ちょっともじって『ライア』・・・。」
「カタカナ表記?」
俺は野崎から一刻も早く逃げ出したかった。でも野崎はガンガンに掘り下げてくる。何なんだ。
「カタカナだよ・・・」
「ん、分かった」
ようやっと野崎は追及の手を緩めてくれたようだ。
「家帰ったらすぐ、フレンド申請飛ばしておくから」
「・・・え?」
今何て言った?
野崎はすでに空き教室のドアを開けたところだった。ドアを通りながらこっちを見つめてくる。にこにこというよりはニヤニヤに近い笑みを零しながら。
「帰ったら、ログインね」
その言い方が今までに無いほど親近感が溢れていて、自分でも驚くくらいドキッとしてしまった。ある意味このドキッも昼のやつ位、心臓には悪かった。
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家に着くと速攻でパソコンの電源を付ける。何だか立ち上がりがいつもより遅く感じられるパソコンに焦れながら、冷蔵庫に飲み物を取りに行く。部屋に戻ると立ち上がりが終わったようだった。すぐさま『ジェネシス・オンライン』にログインする。
メインキャラの「ライア」を選び、ログインする。
昨日ログアウトした「フォロトス」という街の入り口に出る。・・・と同時に、画面中央にウインドウが開く。
『フレンド申請が来ています。許可しますか?』
その文字の下には
『キャラクター名:NANAKO』
と表示されていた。
すぐさまOKボタンを押す。するとすぐに反応が返ってきた。
『NANAKO: 家着くの早いね』
当たり前のように返されるチャットに何とも不思議な気分になる。間違えようも無くこの「NANAKO」は野崎であり、あいつがパソコンを前にチャットを打っているのだろう。もちろん。その事実はネトゲという相手が誰かも分からない不透明感が漂う世界の中で、あまりにもはっきりとした色を持ちすぎているように感じた。
頭がおかしいと思われるかもしれないが、俺はチャットを打ち込みながら、学校に居るときよりも圧倒的に野崎を身近に感じた。
うん、頭がおかしいな、これは。
『ライア: そっちのほうが早いじゃん』
『NANAKO: 私んち学校から20分ない』
『ライア: そうなんだ』
『NANAKO: 待ってて今そっち行く』
『ライア: え?場所わかんの?』
『NANAKO: フレンド画面開けば相手のいる場所出るから』
『ライア: マジか』
『NANAKO: すぐ行くから倉庫の前に居てよ』
『ジェネシス・オンライン』にはどの街にもNPCが存在する。武器屋、防具屋、クエストを頼んでくるおっさんとか。倉庫というのは名前の通り道具を預かってくれるNPCのことだ。
『ライア: 分かった』
『NANAKO: さっそくだけど』
『ライア: ?』
『NANAKO: ほんとにギルドはいってくれる?』
『ライア: うん』
『NANAKO: そっか』
『NANAKO: うちのギルマス連れてくから』
『NANAKO: とりあえず話したいんだって。来たらパーティー組んでいい?』
『ライア: 分かった』
『NANAKO: じゃあ待ってて』
しばらく倉庫の前で直立不動のまま野崎とギルマスの人を待つ。倉庫前は人がたむろするため、見つけられるだろうかと少し不安に思ったときだった。
『パーティー申請が来ています。許可しますか?』の文字。
『キャラクター名:風巳』
この人が、ギルマスでいいのだろうか。
パーティー申請にOKするとキャラクターに表示されている名前の色が白から黄色に変化した。それと同時にすぐ横に立っていた魔術師と聖職者の名前も黄色へと変わった。
『風巳: どうも~はじめまして!!』
『ライア: はじめまして』
『NANAKO: ライア、この人がうちのギルドのマスターで、かぜみさん。』
『風巳: このギルドのマスターしてますかぜみっていいます』
『風巳: よろしくです』
『ライア: こちらこそ、よろしくおねがいします』
『NANAKO: え』
『風巳: ?』
『ライア: え?』
『NANAKO: もう話おわり?』
『風巳: ??』
『NANAKO: 入団テストとか人間性診断とかは?』
おいおい、野崎。誘ったのはお前じゃねーか。
『風巳: ないないw ななこのリア友なんでしょ?いらないよ』
リア友?俺と野崎が?野崎がそういって俺を紹介したのか?・・・どうなんだろうか。別にそう思われて嫌だとかでは全然ないのだけど、むしろそう思うのは野崎に悪い気がするんだけど、そこんとこどうなんだろうか。
そう思ったのはどうやら俺だけではなかったようだ。やや間が空いて、チャットが打ち込まれる。
『NANAKO: ライア、どうですか』
『ライア: いや・・・それこそこっちが聞きたいんだけど』
『NANAKO: え』
『ライア: え』
『NANAKO: ・・・リアル知り合い』
『ライア: うん。リアル知り合い』
『風巳: なんだそれw』
だってそんな接点ねえし!!何か初対面の人に嘘つくのも憚られるし!!野崎お前スマートだよ!!俺らまさにリアル知り合いだよ!!
『風巳: えっとライアさん、うちのギルドに入ってもらえるかな?』
『ライア: はい』
『風巳: (゜∀゜)良かった! じゃあギルド申請するね』
『NANAKO: あっさり決まるなぁ』
野崎、揉める要素がないだろう!!だから何で誘ったお前が突っかかるんだ!!
『ギルド申請が来ています。許可しますか?』
俺はまったく躊躇わずにOKボタンを押した。その瞬間である。
『風巳: はい新メンバーキター(゜∀゜)!!!!!!!!』
『にあ:うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!』
『♪LILI♪: いらっしゃああああああああああああい!』
『黒白猫: !!はじめましてええええ!!!』
『シシリア: うぇるかーーーーーーむ!!』
『†silver†: はじめまして!!よろしくです!』
『☆星龍☆: よろしくお願いします!!』
あっという間に青文字いっぱいになったチャット欄にあっけに取られていると、少し遅れたタイミングでまた挨拶が流れる。
『NANAKO:よろしくお願いします』
俺は何だか変に楽しくなってしまってニヤニヤ笑いながらチャットを打ち込んだ。
『ライア: はじめまして!! こちらこそよろしくおねがいします!!』
俺のキャラクター名の上には緑色の文字で<OVERLOAD>と表示されていた。
こうして俺はギルドOVERLOADの一員となったのだった。
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