不安の色
帰り道を、美雨の買い物袋をぶらぶらさせながら歩く。
「せっかくの夏休みなんだし、もっと外出れば?旅行行くとかさ」
手持無沙汰な美雨がしきりに話しかけてくる。
「旅行?あぁ、まさやんたちと行くわ。盆位に。大阪行く」
「へえ!いいね。私も桃たちとどっか行こうかなぁ」
「おいおい、受験生」
「分かってるってば」
そんなことを話しながら家に着いた。もう3時か。正直、『ジェネシス』をやりたくて仕方なかった俺は、何故か部屋に招きたがる美雨を振り切って部屋に戻った。
「せっかく面白くなってきてるのに」
と不満顔で言われたけど、何言ってるのかよく分からん。何?俺自身が何か面白いことになってんの?
エアコンのスイッチを入れつつ、パソコンの電源も立ち上げる。はっきりいってイベントに関しては遅れを取ってる。後でもっとインしておけばよかった!なんて思わなくて済むように、暇さえあればインしよう。
『ライアさんがログインしました』
『風巳: こんです』
『♪LILI♪: あ、こん!』
『NANAKO: こん』
『にあ: こんー!』
『シシリア: ちょうどいいとこきたなーライアさん』
『ジェネシス』にログインしてみたら、結構なメンツが揃っていた。あ、野崎もインしてんだ。そう思った瞬間、つぶやきチャットが飛んできた。
『NANAKO: 出かけてたの?』
つぶやきってほとんどしたことないなぁと思いながら返信する。前だったらソロ狩りがほとんどだったし、野良でパーティー組んでも効率優先な感じでほとんど発言なんかしなかったしなぁ。今思うと殺伐としてんなぁ。いや、それでもかなり楽しかったんだけど。ていうかギルチャで良くないか?と思いつつも、そういえば俺らがリアルで接点あるの知ってるのは風巳さんだけなんだと思い出す。
『ライア: 出かけてた!野崎は朝からやってた?』
『NANAKO: うん。それでね!』
『ライア: うん?』
『NANAKO: 続きは通話で』
何か野崎が続きはWEBで!みたいなこと言い出したんだけど。いや、いいけど!すげえ引っ張り方するな。これで俺が大したリアクションしなかったら野崎どうするんだろう。
もうここは俺が持てる全てのリアクション力を以てして返してやるしかないな。どうしよう、とりあえず野崎からはまったく見えないけど2m位吹っ飛んでやろうかな。
<><><><><><><><><><><><><><><><><>
「バッグ出ました」
「えーーーーーーーーーーーーー!???」
えーーーー!!??用意してたリアクションパターンが全部吹っ飛んだ。えーー!?
「マジかよ!?うわ、マジかー!?」
ヘッドホン越しに野崎の笑い声が漏れてくる。
「いいでしょ!昨日ね、狩りしてまた欠片が3個手に入って、キリがいいから交換しに行ったの。そしたらね!2個目交換したら出たの!!」
「すげえ!!」
「すっごいでしょー!!」
言いながらNANAKOがライアにアイテム交換を申請してきた。『ジェネシス』ではキャラクター同士でのアイテム交換ができる。パーティーメンバー同士でアイテムを上げたり、露店無しでアイテムを受け渡しすることが可能だ。了承ボタンを押すとイベントリに見慣れないアイテムが表示される。
「ほら!」
『レザーバッグ 総重量+300』
「うわマジだ!!すげえ!!すげーー!!」
さっきからすげえしか言ってないけどすげえ!!いいなぁ!!超羨ましい!!
「うわー!いいなぁ!野崎良かったじゃん!どんな感じ!?使ってみて」
「凄いよ!重量超過にはもうめったなことじゃならなそう!ポーションいくらでも持てそうだし、装備の幅も広がりそう!!重くて着けれないのとか結構あるからさ」
「そうだよなぁ!!結構ギリギリな重量の装備だと、着れることは着れてもアイテムが何も持てなくなるもんなー。そっかぁー!良かったなー!」
「神谷も欠片いっぱい集めようよ!それで一緒にバック出そうよ!!」
野崎の親しげな物言いにドキッとする。ダメだ。俺抗体なさすぎるわ。野崎が可愛くて仕方ないんだけど。
……いやいやいや!!マジありえないわ。ちょっと親しくされたからってこんな感じになるか!?普通。勘違いも甚だしいわ。言っても野崎がこういう感じで接してるのは俺が同じネトゲ仲間で、ギルメンだからなわけで。ホント我ながら怖いわ。野崎ごめん、あんま変に勘違いしないように努めるからさ。
心の中で謝りつつ、動揺したことが気づかれないように声を張った。
「当然!!今日も本当は朝からインしたかったんだけどさ、ちょっと出かけてたから」
「あ、そうなんだ。どこ行ったの?」
「佐野のアウトレット」
「あ、ホント?いいね」
「久しぶりに服買ったわ」
「私も新しい服欲しいかも。……っていうか神谷割とアクティブだよね。私より全然外出てるんだけど」
「割とって。いや、俺だってそんな出ないから。今日だって妹の同伴だし」
「……え?神谷って妹さんいるの?」
野崎が驚いた声を出す。それに驚く。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「初めて聞いたんだけど。えー?そうなんだ。神谷って一人っ子かと思ってた。何となく」
「そう?そういう野崎は?」
「私は弟いるよ。超生意気だけど」
「うちのもすげえわがまま」
野崎がキャッキャと笑う。会話をしつつも、野崎を狩りにどうやって誘うかで迷う。この会話の内容からどうやってさりげなく狩りの誘いに持っていくか……。若干野崎を意識するようになってしまったせいで誘うことにかなり抵抗がある。もしかして俺は下心有りきで野崎を誘っているんじゃないかという疑い。せっかく出来た『ジェネシス』つながりのリア友を、安い下心なんかで失いたくはない。かなり悩んだ末に思わず口から言葉が飛び出した。
「……俺はこれから狩るけど野崎は?」
……いや~~~、我ながら超自然な誘い方っすわ。もう最っ悪!!ダメだー!俺ぜんっぜんダメだー!!
「え?」
うわーもう最悪だわー!野崎のリアクションの薄さすげえもん!!うわー!帰りてえ!!自宅だけど!!
「何言ってるの?」
ですよね!!
「……普通に狩るでしょ一緒に」
ですよねー!!
「え!?」
「……神谷が言ったんじゃないの?通話しててソロ狩り有り得ないって。忘れるの早くない?」
「……あ、ハイ!!」
野崎がヘッドホンごしに吹いたのが分かる。
「返事良すぎ」
ていうか何だろ。俺はパソコンの画面を睨みながら思う。何か俺やばくないか?何かテンションおかしくなってないか?……こんなんで嬉しくてニヤニヤしてんだけど。
「じゃあ、狩り行こうか?ライア♪」
からかうような野崎の声に思わず叫ぶ。
「いやキャラ名で呼ぶなし!!!」
いやほんと……。マジで勘弁して下さいよ……。野崎さん。
<><><><><><><><><><><><><><><><>
さすがに夏休みなのもあって、どこの狩場にも人が溢れているようだ。色んなダンジョンにポタで飛びまくったが、中々空いている場所が見つからない。
『ライア: ダメだ!どこも狩場空いてないです』
『黒白猫: ね!お前らどんだけ夏休みなんだよ』
『シシリア: いやいや自分も含めてな!!』
『風巳: いやほんと、遊んでないで働けって思いますね(´・ω・`)』
『ライア: えーーーーーーー!!?』
『にあ: www』
『♪LILI♪: 今日もお昼そうめん?って言われました』
『NANAKO: リリさんw』
『風巳: お客さん全然来ないので調べものの振りしてモンスター殴ってます』
『黒白猫: かぜみんwwwwww』
『ライア: 自由すぎるwwwwwwww』
何とか飛び回って狩場を見つける。場所はコルソの最下層。初心者ダンジョンでも、湧き場でもない、むしろ湧きが十分でない不人気の狩場だ。正直効率が良いとは言えないけど、
他に行く場所もないのでここに決める。
ギルチャによると風巳さんやシシリアさんは受注したクエストをこなしているらしく、そのついでに「魂の欠片」も出れば…という感じらしい。
『ライア: コルソ湧かない…』
『NANAKO: 全然湧かない』
『黒白猫: え、何二人で狩りしてんの!?こっちきなよ!!』
『♪LILI♪: ノイトマにいるよー!』
『にあ: こっちきなー!狩場広めにとれてるよー!』
『NANAKO: あ、いいですか!?』
『ライア: かたじけない!!』
『黒白猫: 武士か!!』
『♪LILI♪: ww』
『にあ: ただ、ノイトマだから護符は持ってきてねー!念のため!!』
にあさんの言葉で、ノイトマ近くのダンジョンに早速飛ぼうとしていたのを慌てて止めた。
「ノイトマPKできるもんね。何か公式の掲示板見たけどここのところPK多いらしいし」
野崎が呟く。きっとイベントで増加したプレイヤーにつられて湧いてきたのだろう。PK。プレイヤーキルそのままの意味で、プレイヤーがプレイヤーをモンスターのように殺してしまうことを言う。通常のダンジョンでは出来ない行為だけど、城ダンジョンのようにPKが解放されている場所もある。そしてPKを仕掛けてきた相手を防衛手段として殺すのがPKK。プレイヤーキラーキル、で良かっただろうか?『OVERLOAD』のギルドルールの中には
1、『OVERLOAD』はPKを禁止しています。ただしPKされそうになった場合は、自衛手段としてのPKKを許可します。
という一文があった。こっちからは手出さないけど、黙って殺されなくてもいいよ!っていうのが『OVERLOAD』のスタンスのようだ。
「まぁ、PKは湧くだろうなぁ、夏だし。俺護符何枚かこの前買って余ってるけど野崎使う?」
「ううん、私も何枚かあるから大丈夫」
そんなことを話しながらくしねさんとLILIさん、にあさんのパーティーへと合流したのだった。