イベント開始が待ちきれない
目覚まし時計に起こされることもなく、ぼんやりと覚醒する。だるい。時計を確認したら10時だった。10時て。夏休みの素晴らしさに感謝しながらベッドから這い出る。リビングに行くと、ソファに座った美雨がテレビを見ながらでっかいマグで何かを飲んでいた。
「あれ?お父さんとお母さんは?」
「買い物―」
「美雨は行かなかったの?」
「うん」
「朝飯は?もう食べた?」
「ううん、食べてなーい」
「そっか。食う?」
「食べるー」
「あいよ」
美雨は俺の2個下の妹で今は中学三年生だ。まぁ、特にこれ以上付け加えることないや。兄妹仲は悪くない・・・と思う。でも美雨はすっげー気分屋で、マジで二重人格なんじゃねーかと俺は疑っている。機嫌がいい時はハンパじゃなく甘えてくる。でも機嫌が悪い・・・っていうか虫の居所が悪い時は話しかけただけでキレる。そういう時は目が据わってるので、あ、今日は駄目だなって思ったら話しかけないようにはしている・・・。んだけどこいつ勝手に部屋に入ってくるんですよ。しかもノックとか全然しねーの。何なの?俺だって思春期真っ只中なのに。入ってきて欲しくないから部屋のカギ閉めたことあるんだけど、こいつカギ開けるまで部屋の前で騒ぎまくったからね。完全にヒステリー。
キッチンに入ると味噌汁を温めるために火をつける。今日は油揚げと豆腐とねぎの味噌汁だ。俺はパン派なのでトースターに食パンをセットする。フライパンを取り出してコンロに置いてから、冷蔵庫からベーコンと卵を取り出す。
「美雨―。パンと目玉焼きでいい?」
「うーん・・・うん!!」
ソファから動く様子のない美雨が遠くから返事をするのを聞くと、さっそくベーコンを4切れフライパンにぶち込む。焦げないように注意しながら最初から強火で一気に焼いていく。思ったより油が出なかったので一応オリーブオイルを数滴垂らしてから卵を2個落とす。あ、皆さんは目玉焼き、どうやって焼きますか?俺は俄然、黄身はトロトロの状態で仕上げるんですけど。たまに黄身まで完全に固まった状態で食卓に並ぶと朝から悲しくなるんですよ。あ、聞いてない?はーい。
皿を用意して、焼きあがった食パンを並べると、その上にベーコンと目玉焼きをそれぞれ乗せる。塩コショウを軽く振りかけてから、マヨネーズを網状にかけて、完成。
「美雨!出来たからー、運ぶの手伝って」
「んー」
マグの中身をごくごく飲みながらキッチンに入ってきた美雨にお椀によそいだ味噌汁を持たせると、俺も目玉焼きonパンを両手に後に続く。和洋折衷もいいとこだが、どうしても朝からご飯が食べられないのが俺の体質なのだ。
「いただきます」
「いただきます」
もしゃもしゃ食べていると美雨が俺のマグと牛乳を持ってきてくれたので飲む。
「どっか行くの?」
美雨が服に着替えていたので聞いてみる。どこにも出かけない時、美雨は基本ユニクロのスウェットだ。ていうか俺も今スウェットだけど。
「午後から塾」
「あー、ね?夏期講習か」
「違う。普通の授業。夏期講習はもうちょっと先」
「あ、そ」
「あ、そうだ。・・・礼さ」
「ん?」
ちなみにうちの妹は、兄である俺を呼び捨てにする。どうなの!?それってどうなの!?って思うけど、まぁ俺も名前呼びだし人のこと言えねーか。
「最近夜中誰と喋ってるの?電話?」
「え」
「部屋から聞こえてくるよ、笑い声とか」
「おおう・・・」
「あんまうるさくしないでね」
「・・・はい」
妹からお叱りを受けた俺はしょんぼりと残りのパンに噛り付いた。
「あと、空いてる日あったら買い物付き合ってよ」
「いや、友達と行けよ」
「行くよ?でもいいじゃん、礼とも行きたいんだし」
「えええ・・・」
正直、美雨と買い物行くのはキツい・・・。主に周りの視線がキツい。
「何で!!いいじゃん!!」
えええ、何でいきなりキレるの・・・わけが分からない・・・。ほんとお姫様な性格してるよなこいつ・・・。
「・・・分かったから。行くから」
不機嫌に歪んだ顔が一気に元に戻るのを見ながら俺は、美雨の平らげた分と自分の分の皿とお椀を持つとキッチンへ引っ込んだ。
ガシャガシャと食器を洗いながら思う。今日は一日、がっつり『ジェネシス』をやろうと。
<><><><><><><><><><><><><><><><><>
片付けが終わると部屋に戻ってパソコンの電源をつける。スカイプにログインしてみると、・・・野崎のアイコンがオンラインになっていた。
どうする?チャットを打とうか?でもこんなログインして即行で話しかけるのって、何か怖くないか?つーかキモくないか?話しかける相手が野崎しか居ないのがバレバレじゃないか?
と逡巡していたらスカイプのチャット欄が開いた。
『神谷、居る?』
慌ててチャットを打ち返す。
『いるよ』
『あ、居た』
『どした?』
『神谷、昨日ジェネシスログインした?』
『したよ?』
『あ、じゃあイベントのことは知ってるんだ』
『つーかそれを野崎に教えてあげないとって思ってた』
『そっか。あ、通話できる?』
慌ててヘッドセットを装着する。
『出来るよ』
『かけていい?』
『おk』
返信をしてから数秒後に間抜けな「ぷーっぷっぷー」という音が鳴り響く。
「・・・何か、久しぶり」
野崎が恐る恐るといった感じで話す。確かに、思えば2週間弱は話していないことになる。学校で同じ教室にいても、俺と野崎の視線が交差することなんてめったにないのだ。野崎は学校でだって俺と喋ることに抵抗はないんだろう。ただ、俺がどうしても構えてしまうことは、実際に証明されたし、もし教室で野崎と話したらって想像したら、今みたいに話す自信はまだ無い。そんな状態で、音声チャットすら間を空けたのだから、まぁこんな空気にはなるだろう。
「だなー。昨日は野崎ログインしなかったじゃん?あれ?って思った」
「あぁ、昨日はね、志保と里奈と智代の4人でカラオケ行って・・・家帰ったらクタクタで気がついたら寝ちゃってて」
「あ、マジか。俺ら最近カラオケ行ってないわ」
「え、サ・・・神谷たちってカラオケとか行くの?矢野君は想像付くけど、遠藤君とか前橋君が歌ってるのちょっと想像できない・・・っていうか神谷何歌うの?」
「俺?いや、言っても分かんないと思う」
「言ってみてよ」
「・・・Over Arm ThrowとかNorthern19とかstack44とかUNCHAINとか・・・」
「・・・?」
「ほら、やっぱわかんねーじゃん」
「有名なの?」
「どうだろ、実際歌ってもポカーンってされるわ」
「ふふっ」
「野崎は?何歌うの?」
「・・・私?私は・・・割と古いの・・・今時の歌は分かんないし」
「例えば?」
「え・・・。BONNIE PINKとか・・・」
えええ!?まさかの!?ちょっと聴いてみたいわ。言わないけど。
「・・・イベントだけど、内容凄くない?私、絶対鞄出したい!!」
しばらく関係ない話をした後、野崎が興奮気味に言う。こいつ、ほんと『ジェネシス』好きだなあと思い、俺も嬉しくなる。
「ね!俺も絶対手に入れたい!!このイベントじゃないと手に入れられない気がするし!」
元々鞄は生産系のアイテムで、普段から入手出来ないアイテムってわけでは実は無い。でも、鞄の生産に必要な素材を入手するためには最高レベルのボスモンスターを倒したり、ある一定の城を所有したりしないと駄目なのだ。そのため、鞄はその性能も相まってかなり貴重なアイテムとなっていて、露店にはまったく出回っていないのが現状だ。
「ね!神谷、今日予定ある?」
「いや、入れてない!『ジェネシス』やる気満々だった」
そういうと野崎はキャッキャと笑った。ちょっとドキッとするくらい幼い笑い方だった。
「だよね!こんな一大イベントあったら外出れないよね!!私今日は夜まで狩る!!」
「もち、そのつもりだわ!!」
すっかり意気投合した俺と野崎はそのテンションのまま公式サイトに突撃したが、まさかのイベント開始がメンテナンス後の15時からだということを知ると声のトーンが落ちるほどテンションを下げた。
「・・・あと1時間位でメンテあるけどどうする?」
「あ、でも私全然ログイン出来てなかったから、インする」
「あー、ね?俺も露店巡ろうかな」
そう言いながらお互い『ジェネシス』のアイコンをダブルクリックした。
礼はカラオケで皆の知らない歌を歌い、場を盛り下げるタイプです。