事のはじまり
学校から帰ると即行でパソコンの電源をつける。
やべー!もうそろそろ攻城戦始まるじゃん!!マスターに怒られる!!
パソコンを立ち上げるとすぐにショートカットアイコンをダブルクリックして、ログイン画面へと急ぐ。
『ジェネシス・オンライン』
今、俺がはまりにはまっているのがネトゲであり、この『ジェネシス・オンライン』なのだ。『古の大地に封印された魔物が甦り何とかかんとか』とかいう新しさなんかまったくないテンプレートなMMOなのだけれど、豊富なアイテムとダンジョン数に職業、絶妙なゲームバランス、グラフィックの美麗さ、そして大規模なギルド・ウォーや攻城戦など、もうつめられるものは全部つめました!!というボリュームが魅力で、国内MMOとしては確固たる人気を築いている。
ログイン画面には空に浮かぶ島々。中央の島には門があり、その開かれた門には光が渦巻いている。急いでログインネームとパスワードを入力する。キャラクター選択画面に映ると俺はメインキャラクターのファイターを選んですぐにログインした。ログインした瞬間にチャットを打ち込む。
『ライア: ごめん!!ごめんなさい!!おくれた!!』
緑色の文字で表示された俺のチャットの後に次々と緑色の文字が表示されていく。
『風巳: こん!!急いで!!攻城すぐはじまるよ!!』
『♪LILI♪: ライぼう遅い!!』
『黒白猫: お、来たw 場所はノイトマな!一階出口で皆待機してっから!!』
『NANAKO: はよこいボケ!』
『シシリア: ライアキター!マジいそいで!!』
『☆星龍☆: ばんわー!城攻めましょー!!』
一気に流れ出すギルドチャットに思わずにやりと笑いながらチャットを打ち込んでいく。
『ライア: 今日は割りと人少な目?にあさんとかは?』
俺が書き込むとすぐにチャットに返事が打ち込まれていく。
『NANAKO: にあさんは今日はバイト』
『黒白猫: だよー!だから火力足りねえwww』
『シシリア: らいががんばるしかねえよw』
『♪LILI♪: ライぼうポータルある?迎えにいく?』
ありゃ。にあさんは今日はこないのか。このメンツでも十分攻めれるけど。
『ライア: りょーかい今いく!>リリさんだいじょうぶポタ持ってるから!!』
街から出るとすぐに最寄のダンジョンまで走る。入り口近くでメニュー画面を開くとアイテム欄からノイトマを記録したポータルを選んでクリックした。一瞬でキャラクターが光に包まれ、ロード画面へと移り変わる。ノイトマのダンジョン入り口に到着すると急いで一階の出口まで走る。
『風巳: おk ギリまにあった(゜∀゜)』
マスターからパーティー申請が飛んできたのですぐさまOKボタンをクリックする。
『黒白猫: 皆固まれー!』
くしねさんの号令で皆が一箇所に固まる。移動速度、攻撃力、防御力、魔法耐性上昇の補助魔法を一気にかけてもらうと、皆が一斉に黄色や赤や青や紫の光で包まれる。
『♪LILI♪: 今日攻城側少ないからいけるかもよ!』
『☆星龍☆: ですね!がんばりましょ!』
『NANAKO: 邪魔する奴は皆殺しじゃああああ』
『シシリア: wwwwwwwwwww』
『風巳: (゜ロ゜;)』
『黒白猫:ちょwww』
こいつ・・・狂ってやがる・・・などと内心思いつつ、時間が来るのを待つ。
俺の所属するギルドの名は『OVERLOAD』。『ジェネシス・オンライン』の5つのサーバーのうちの一つ、ケイディアルサーバー。そこに数多あるギルドの中の一つであり、メンバー数が、皆のサブキャラを含めても30人に満たない、はっきり言って弱小ギルドだ。
でも俺はこのギルドが大好きだ。このメンバーが大好きだ。
『ライア: よっし絶対落とす!!ブチ殺すぞ!!!』
『NANAKO: さすがの私もそれは引くわ』
『風巳: (゜ロ゜;)(゜ロ゜;)』
『♪LILI♪: w』
『黒白猫: wwwwwwww』
『シシリア: なwwwwなwwwwwこwwwww』
『☆星龍☆: ななこさんwww』
・・・やっぱ今のなし!!一部の奴を除いて大好きだ!!!
「・・・お前な!!」
ずり落ちてくるヘッドフォンを掴みながらマイクを口元まで持っていく。オンラインゲームをしながらの音声チャット。それが俺の日課だった。そして、その日課の相手こそが、その一部の奴なのである
「・・・何?」
「何って!!俺だけスベったみたいになってるし!!」
「アホか。安易に私のボケにおんぶにだっこするからじゃん」
こいつは芸人か?
「いいから!ほら、そろそろ始まるんだから、神谷先頭はしってよ」
「何で壁にしようとするんだよ」
「してないしてない」
ちょっと語尾ふるえてんじゃねーか!笑いかみ殺してるだろ!!
「ライア頑張れ♪」
「キャラ名で呼ぶな!!」
キャッキャとヘッドフォンごしに笑う同級生の声を聞きながら、こいつのことをキャラ名の「ななこ」で呼ぶことは冗談でも俺には出来そうにないなと思った。
俺の名前は神谷礼。キャラクター名は本名をもじったものにしてある。そして今、俺と音声チャットをしているのが、野崎奈々子。何を隠そう、俺の通っている高校の、同じクラスの、席は微妙に離れていて、教室でもめったに話さない、同級生だ。
何でそんな微妙な距離の奴と音声チャットしながらオンラインゲームなんてやっているのか?
それは今から約2ヶ月前までさかのぼるのである。
高校2年のクラス替え。仲のいい奴らとクラスが離れることもなく、俺は新しいクラスに満足していた。特に俺のクラスの4組は、他のクラスから可愛い女子が多いクラスとして羨ましがられていた。俺自身はそうだろうか?という気がしないでもなかったが、それでも確かにちらほらと可愛い女の子は紛れていた。
その可愛い女の子の一人に数えられていたのが野崎であり、それが初めて俺がこいつを認識した瞬間だった。が、だからどうだという話でもない。野崎奈々子は皆が振り向くような美少女という感じではなかった。むしろ俺の最初のイメージは、何かギャル入ってる、だった。完全なギャルというわけではないのだけど、やたら短いスカートに、何故か第2ボタンまで開けられたシャツを眺めながら、「うわ、ギャルだ」と思ったのである。
だからうちのクラスの、<男子が狙っている女子ランキング>で、野崎が割りと高めの4位に入っていることを知ったときはえらく驚いたのだった。皆ギャル好きなんだなぁ、と。
まぁ、野崎がギャルっぽいのはおいておこう。そんな当時、女子にしては露出多目の野崎に、はっきり言って俺はびびっていた。何を隠そう俺はそこら辺に転がっている煮え切らない系男子の筆頭である。小学生時代に「神谷くんって面白ーい!!」などというクラスの女子の黄色い声を勘違いしたまま、面白いヤツはモテるというやや勘違いな自信を盾に思春期を過ごして、「*ただしイケメンに限る」というこの世の真理に辿り着けなかった、哀れな羊が俺なのだ。はっきり言って、俺はギャルが怖かった。彼女たちは男の顔面偏差値に対して厳しい目を持っている気がしたし、事実そうだとも思う。まぁよく考えれば俺達煮え切らない系男子でさえ、女子をランキングで差別しているのだから、さもありなん、なのだけど。でも俺はそんな風に女子に値踏みされていると思うのがひどく怖かった。だから、野崎の周りのグループを含めて、野崎に自ら話しかける、なんてことは無かった。
そうして2年になってからあっという間に一学期が立った。この間に俺はクラスの大人しめ女子の高倉さんに恋をしたり、その高倉さんがサッカー部のイケメンに告白して付き合いだした事実に血の涙を流したりと、色々あったわけなのだが、まぁそこは端折る。
とにかく期末テストが2週間前に差し迫った頃である。俺はクラスで他のやつらとともに掃除をしながら雑談をしていた。内容は詳しくは覚えていないが、テスト勉強だるいよなー、俺ゲーム買ったばっかなのに全然してねーよーみたいな感じだったと思う。
そしてその時、俺は自分でも気がつかないうちに、地雷を踏んでいたのだ。
その時俺は、矮小な虚栄心から<俺、テスト2週間前だけど全然余裕で勉強してないぜアピール>をしてしまったのだ。
「俺、全然ゲームしてるわ」
「え、マジで?余裕だな神谷。何のゲーム?」
「ネトゲ!『ジェネシス・オンライン』!!」
「・・・はぁ?ネトゲかよ!!うわー引くわー!!」
何故か俺の発言に引いた友人を前に、俺はムキになって反論してしまった。
「何で?面白いんだぜ、『ジェネシス・オンライン』!!レベル上げまくってさ、もうレベル100近いんだよな」
「ふーん・・・」
『ジェネシス・オンライン』の上限レベルは200なので、100近くまであるというのはそこそこ頑張っている方なのだが、そんな知識などまったく持ち合わせていないであろう友人の態度は、ひどく冷たいものだった。
俺が若干涙目になっていると、何か視線を感じたような気がしてふとその方角まで視線を移した。
クラスメイトの野崎奈々子が、何故か俺を凝視していた。
しかも何か目が爛々としてる。猫じゃあるまいし、目が爛々と輝くなんてなかなか無いことだろう。でも確かにその時野崎の目は輝いてた。キラッキラしてた。不覚にも俺はドキッとしてしまった。ただしそれは野崎が魅力的に見えたとか、そんな意味じゃない。何だか嫌な予感がしたのだ。心臓に悪いほうのドキッだったのである。
俺の勘は当たる。しかも悪いほうに。
放課後、帰宅部である俺が、さっさと帰って『ジェネシス』やーろうっとなどとるんるん気分で下駄箱からローファーを取り出していた時だった。
「ねえ、ちょっと」
斜め後ろ後方から届いた声に、俺はまったく反応しなかった。つかんだローファーを放ると、そのままかかとを潰して履く。
「ねえ。神谷、聞いてんの?」
・・・
え?俺?
頭の上にクエスチョンマークを貼り付けたまま振り返ると、そこには野崎が何故か腕を組みながら仁王立ちしていた。花の女子高生が仁王立ちである。一瞬で俺は野崎に何かしてしまったのだろうかと考えた。何もしてねえ。っていうか何も関わりがねえ。
何で野崎が俺に話しかけてくるのか?突然の事態に混乱して俺が言葉を発せずにいると
「・・・暇?」
むすっとした顔のままで野崎が問いかけてきた。
「・・・暇だけど・・・何、何か用?」
警戒しているせいか、すげーぶっきらぼうな言い方をしてしまった。そんな俺の言葉に野崎は一瞬顔をしかめたが、すぐに気を取り直したようでニヤリと笑った。
「ちょっと話あんだけど。空き教室これる?」
え?・・・え?
俺が何もいえないうちに野崎は踵を返すとスタスタと廊下を歩いていく。俺は半ば浮遊霊のように、何も考えないまま野崎の後ろを付いていった。
「・・・は、話って何なの?」
皆さんには先にお伝えしておきたいのだが、俺は煮え切らない系男子であると同時に勘違い系男子筆頭でもある。はっきりいって放課後、空き教室、呼び出しの最強方程式を目の前にして、俺の中のTHE勘違い野郎はゴリラばりにウホウホ言っていた。つまりすごい興奮していた。「野崎と全然しゃべったこともないじゃん」「野崎が俺に興味持つ可能性なんてほとんど無い」「そもそも女の子に告白されたこと無いだろ」などという至極全うな俺の理性たちはゴリラパワーによってことごとく粉砕されていた。
俺は自分の鼻息を抑えるのに精一杯だったので野崎の顔がよく見れなかった。
「・・・あのさ、いきなりこんなこと言うの無しかなって思ったんだけど。っていうか、皆には秘密にしておいて欲しいんだけど。まぁ、神谷なら、誰かに言うとか無いと思うんだけど・・・」
ややためらいがちに言葉を紡ぐ野崎。かたや俺は変な汗を大量にかいていた。完全に来てる。完全に流れが来てる。ついに俺の時代が来た。まさかの大逆転。いや、しかし、野崎とは全然話したことの無い俺が、安易に返事してしまっていいのだろうか?ちらっと顔を上げて野崎を見る。野崎は今まで見たことがないくらいに顔を真っ赤にして俯きながらもじもじとしている。はいもう全然おっけーもう全然問題ない。めちゃくちゃ可愛い。めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!!俺の中の勘違い野郎が俺という殻を突き破って飛び出してくる寸前だった。
「・・・神谷さ、私のとこの・・・ギルド入らない?」
ん?
え?
思考が完全に停止する。ギル・・・ド?
「あの『ジェネシス・オンライン』の・・・。・・・わ、私もやってるんだ。レベル120の・・・魔術師・・・」
俺はどんなアホ面で野崎を見ていただろうか。ただ、夕暮れに染まった空き教室で、夕暮れよりも紅い顔で俺に「告白」をした野崎に、俺はこう答えたのだ。
「え・・・あ、うん・・・」と。
完全に見切り発車ですが、よろしくお願いします。
3月26日
さかのぼり期間を1ヶ月前から2ヶ月前に修正
レベル上限150→200へ修正
5/2誤字修正 一部台詞修正