1.2 佐倉由紀の憂鬱①
由紀達が通う『私立舞之宮高校』は地方でも有名な進学校だ。由紀が入学する数年前には創立100年を迎えた程の伝統を持ち、今では勉学だけでなく部活動に関しても各々優れた成績を歴史に残している。
そのような由緒正しい学校において、一際目立つ生徒が居る。黒く艶やかにたなびく長髪に黒々と輝く瞳。美麗な容貌に加え170センチを超える高身長。男女問わず多くの生徒から憧れる程の容姿を持つ彼女は、歴代最強とも言われる現在の剣道部で主将を務め、個人の部では全国大会優勝も果たした傑物だった。学業も学年トップの成績であった彼女は一年生の時点で既に生徒会長に選出され、二年に渡りこの高校全体の眩い象徴的存在となっていた。
そんな才色兼備、文武両道、完璧超人な存在こそ、
「――ん! 由紀、おはよう! ……遅いぞ!」
校門前にて由紀に満面の笑みを見せる、泉優香里の御姿だった。
「……あ、うん。……おはよう、優香里姉ぇ。今日も気合入ってるね」
溌溂とした大きな挨拶と煌びやかな表情に若干気圧されながらも由紀は返事を返す。桜が咲くどころか雪すら降りそうな程、未だ寒い朝だというのに、生徒会長を務める者として優香里は誰よりも早く登校し、校門を通る生徒達に寒さを吹き飛ばすような熱気のある挨拶で送り出迎えていた。
「なんだ、そんな寒さに縮こまった顔して。男ならもっとシャンっと歩いて堂々と挨拶しな? ただでさえお前ちっこいんだし」
「……それは、余計なお世話!」
むっとする由紀に優香里は悪戯っぽく笑い、彼の頭にポンポンと手をやる。
「あぁ、悪い悪い。でもお前だって生徒会役員なんだし、その自覚を持ってだな……」
「あー、うん分かったって。道端で説教なんて」
その間にも通り過ぎて行く生徒達に優香里は元気な挨拶を送る。それに対して嬉しそうに返事を返す男子も居れば、朝から優香里に可愛がられる由紀の姿にクスクスと笑い声を上げる女子のファングループも。そして、
「…………」
「…………」
「……………………」
困り顔の由紀の背後に隠れるようにして縮こまる結実の姿に怪訝な視線を送る者も。
「……結実な、お前が由紀を盾に身を隠すのは流石に無茶だと思うぞ?」
「……結実」
諦めた様子でのっそりと由紀の背後から顔を覗かせた結実は、あからさまに取り繕った笑顔を優香里に向けた。
「……オハヨーゴザイマス。優香里先輩」
「……ほい、おはよー」
つられるように優香里の表情もぎこちなくなる。なんとも言えない重苦しい空気が三人の間に漂い、由紀は冷や汗をかき始める。
「そうそう! 優香里姉ぇ、結実ったらまた夜更かしてさ。もう寝癖が凄くって!」
「ほぉー……。あぁ、だからそうやって隠してるのか。……由紀のマフラーで」
「あ、……うん」
「いいなぁ。……朝から仲良くって。ラブラブで。……ハッ」
話題を変えようとしたのが間違いだった。優香里の笑顔に新しく怒気が見え隠れし始める。そして妙に挑発的なからかいの言葉に結実は何を思ったのか、
「……えへへ。いいでしょう? ゆーちゃんが巻いてくれたんですよ」
「結実……!?」
焦る由紀の腕をすっと自分の元に抱き寄せ笑みを浮かべる。愛らしい顔なのにその表情は暗く怖い。由紀には二人の視線の間に走る火花を見た。
「……へへへ」
「……あはは」
「……あ、の」
次第に由紀以外の、登校し通りすぎていく生徒達も彼女らが放つ不穏な空気を感じ始める。朝っぱらから校門前で生徒会役員が三人、おろおろする男子と睨み合う女子達。
「……あーーっ! 今日、あの、僕日直だったかもしれない! 急いで教室行かないと。優香里姉ぇ、それじゃ! 結実も!」
限界だった。尚も互いに牽制し合う二人に由紀は早口でまくしたて校舎へ走る。心がキリキリする。この一ヵ月、三人が揃う時には大体こうだった。とても居心地が悪い。
しかし、ふと手持ちのバッグに目を落とした由紀は「あっ」と振り返り、急ぎ足で二人の前にバッグから弁当をそれぞれ突き出した。
「……はい、二人とも。――仲良く、してね」
「……あ、おう」
「う、うん。由紀ちゃん。あの」
そう呟き、二人の返事を待たぬまま由紀は校舎の方へ再び走った。結実と優香里はそこでようやく周囲の視線に気づき我に返る。気まずそうに横目で互いを見やった後、小さくなっていく少年の姿を見据える。
逃げ出す様に走る由紀は何度目か分からない、心の叫びをあげる。
――どうしてこんなことに……。




