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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.25 ダブルデート①

「さて、それじゃあ今日は生徒会の郊外活動として、舞之宮市で外出して遊んでる生徒が居ないか監査、それとユイさんの『現世』調査の案内とお手伝いだ!」


 日の光が射しこむ佐倉家の朝、四人が囲む朝食の席で優香里は高らかに宣言した。


「卵焼き、甘くて美味しいわね」

「そう? 良かった! コーヒーのおかわりは大丈夫?」

「頂く。……あの」

「砂糖は多めだよね。待ってて」

「そこの二人、無視すんな!」


 三人の騒がしいやり取りを前に、明人はトーストを頬張りながら溜息をつく。


「まぁ、今日は元々由紀の気晴らしに出かける予定でしたけど。……それにしても優香里さん、昨日のユイさんのアレ、もう受け止めちゃってるんですか? 俺には、とても」

「不思議な手品! という事にした。しろ、お前も! ……世界は広いんだ、一つや二つくらい、私達の常識外の事もあるだろ。な?」


 ニカっと笑う優香里を見て、明人は半ば呆れた様に苦笑する。この大らかさと器の大きさこそ、彼女を皆から愛される生徒会長足らしめている理由なのだろう。

 それは彼女を『姉』と慕う由紀にとっても同様だった。


「……でもユイ、本当に街を出歩いていいの? 特に僕は」

「彼らの最重要目標。確かに桜美丘市の方があなたにとって安全ではある。霊子濃度が低いここはカノヨビトにとって派手に動きづらいから」


 だけど、と由紀から渡された砂糖たっぷりのコーヒーを混ぜながら言う。


「必ず攻めてこないとも限らない。レベッカを喪い後に引けなくなった今、無理やりにでもあなたを奪いに来るかもしれない。それならこちらから出向いて、裁定する」

 一瞬暗い表情を浮かべるユイに三人の背筋がゾクリと寒くなる。ユイはゆっくりとコーヒーを飲み干し、横で不安そうにする由紀の頬にすっと触れる。


「ひゃっ?」

「そして、それ以上に大事なのは、あなたの在り様。『特異点』が健やかで安定した日常を送れる環境か知らなくてはいけない。だから今日、あなたの日常を見せて頂戴」

「ユ、ユイ……」

「……そこ、イチャイチャするな! というかペタペタ触るな、不純異性交遊禁止!」


 二人の間に慌てて入った優香里は、咳払いをして気を取り直す。


「ともかく、まずはアンタの服だな。何時までも結実の服、着せておくわけにも行かないし。ショッピングモールに繰り出すぞ! さぁ皆、早く朝飯食った食った!」


 そう急かしながら明るく笑う優香里の姿は、ここ数日信じ難い非日常の中に居た由紀を日常に引き戻す様に、眩しいものだった。


「……あー、こっちも似合いそうだな? いや、デニムの方も捨てがたい。いやぁ、こうも素体が良いと考えるだけで楽しいなぁ!」

「そ、う。……良かったわ」


 ショッピングモール内のブティック。優香里は店員と共に、様々な衣服をユイに試し当ててはあれこれ品評し、ハイテンションではしゃぎ回っていた。


「お客様でしたら、このシャツにパンツスタイルを合わせるのも大変お似合いになると思います! ……好きな色合い等、ありますか?」

「色……黒、かしら」

「やっぱりさ、折角スタイル抜群……ちょっとムカつくくらい胸もデカいんだからさ、その辺主張できるスタイルでいこうぜ!」

「……あまり、急かさないで。ちゃんと着るから」


 代わる代わる服を合わせられ、試着を促されるユイの姿は基本の仏頂面も相まって大きな着せ替え人形の様だった。意外だったのは彼女が、それに特に抵抗もせずされるがままになっている事だった。そんな様子を由紀と共に店の入り口から眺めていた明人は、感心したような、呆れたような口調で呟く。


「楽しんでるな、優香里さん……心の底から本当に。いや、というか馴染みすぎだろ、昨日知り合ったばかりだぞ?」

「それが、優香里姉ぇの良いところだから。明人も知ってるでしょ?」

「まぁ、うん。しかし昨日も昨日だしな……」


 明人は未だにユイの事や、『彼世』とカノヨビトの事を受け止められていないようだった。微笑ましい表情で見守る由紀にそっと耳打ちする。


「結局何者なんだ? ……流石に俺だって、彼女が悪人だとは思わないけど。いきなり来てお前はトクイテンだ、私が守るって。由紀はその、何も疑問に思わないのか?」

「……嘘をつくような人じゃないよ、ユイは。僕だってまだ会って数日だし、あんな大変な目に遭っても異世界の事とか、実感沸かないけど。……僕は、信じる」


 由紀はじっと目を閉じ思い返す。一度は忘れかけた『あの子』、『神城の大桜』で彼女から受けた言葉と優しい抱擁。


 由紀にとって、彼女を信じる理屈はそれで十分だった。


「……おーい、由紀も明人も見てないで、一つくらい案出せ! こんな良いモデル二度と出会えやしねえぞ。由紀なんか服見るのも好きだったろ?」


 大声で呼ばれ、由紀は「はーい!」とパタパタ駆け寄る。そこには優香里や店員達に揉みくちゃにされて、紅い瞳僅かばかり戸惑いと恥じらいの色を浮かべたユイが居た。現在は彼女に良く似合う、シックな色合いのオフィスカジュアルに身を包んでいた。


「やっぱりこういうの、男の意見もちゃんと聞かないとな? 由紀、お前はどう思う?」

「僕は……」


 由紀はキョロキョロと店内を見回る。流行りのコーデ、フォーマルなもの、それと季節物コーナーに掛けられたものを各々見て、じっくりと由紀はイメージを考える。

 そして数分後。由紀が少しはにかんだ表情で「これ、」と持ってきたもの。


「由紀、お前」

「……僕は、これが似合うと思う」


 それは淡いピンク色のプリーツワンピース。その上からアウターに白いカーディガンを着せたもの。春に合わせていて、全体的に優しく温かい印象を与える。

 そして、それは形状こそ違えど、ユイがここに来るまでに借り着していた結実の服のイメージに似通ったものだった。


「着てた服、気に入ってるように見えたから。それに黒が好きだって言ったけど……明るい色もきっと似合うかなって。それにユイも桜好きだし、イメージに合わせたの」

「だからって……」


 何とも言えない難しい表情をする優香里と明人をよそに、当のユイは由紀が持ってきた服をまじまじと見て、ぼそりと言った。


「……あなたが選ぶのなら、それが良い」

「えぇ、即決? でもなぁ……」

「まぁまぁ、優香里さん。本人の希望が一番ですよ」


 由紀から服を受け取ったユイの穏やかな表情を見ながら、明人は優香里を宥めた。

 買ったものをそのまま着ていこう、と男性陣を一旦店の入り口に待機させ、優香里とユイは二人、試着室に入った。


「どうせだから、さっき選んだ中で気に入ったやつも幾つか買っていこうぜ。勿論私の奢りで。……思えばまだ、言葉でしか由紀のお礼、できてなかったから」

「……ありがとう」

「しかしまぁ、本当に綺麗な身体だな。物語のお姫様みたいだ。……ん、すまん。ちょっとセクハラじいさんみたいになったか」


 照れ笑いしながら着衣の手伝いをする優香里に、ユイはおもむろに呼び掛ける。



「……イズミ・ユカリさん」

「ん?」


「あなたに、聞きたい事があるの」




 ユイの服を仕立て終えた後、四人はミオン舞之宮一階の大型ブースに居た。


「……それで、あっちが『リヴァンダル・サーガ』のコーナーだよ。今アニメやってるから専用の場所が作られてるんだ。ゲームとかプラモも一緒に売られている」


「なるほど。……人気なのね」


 明人の説明に、ユイは興味深そうに店の周りを眺めながら答える。

 そこはアニメや漫画、ゲームといったサブカルチャーを幅広く扱う専門店だ。数年前にできたこのショッピングモールの目玉の一つでもあり、主に中高生や若者を中心に平日でも多くの人で賑わっている。他校の生徒に紛れて身内が遊びに来ていないかチェックする、という由紀の建前だったが、実際は昨晩のユイの様子から次の場所に選んだのだが、


「……あなたが昨日、教えてくれた『アテナ戦記』の続きはあるのかしら。あなたが眠った後、読んでて気になったから」

「そ、そうだったの? 待ってね、あれは確かあっちの青年誌コーナーの漫画で……」


 思った以上にユイの食いつきが良くて、由紀は内心驚いていた。

 優香里は由紀が言った通りに、生徒が居ないか律儀にあちこち見回っている。……その手には幾つかの漫画本が握られているのは、大目に見るべきだろう。


「意外だったな。ユイさんもこういうの、好きなんだ。てっきりリアルで見慣れてるものだから子供騙しとすら思っているのかと」

「……大衆文化の発展具合でその『現世』の事が分かりやすいから。それに貴方達がどういった物語を描き、楽しむのか知る事は有意義」


 昨晩由紀が思った疑問を明人が再び聞き、ユイは同じように答えた。

 そんな彼女は今、由紀が選んだ白いワンピースに身を包んでいた。その姿は彼の見立て通りとても良く似合っており、ユイ元来の凛とした雰囲気に淡く可愛らしいイメージが合わさって、気が付けば溜息をつき見とれてしまう程の美しさを誇っている。

 そんなユイだったが、今は片っ端からナンパされそうだから、と優香里が気を利かして帽子と伊達眼鏡を誂えていた。その眼鏡の奥の紅い瞳をキョロキョロさせながら、店の周りをフラフラと動き回る。


「……やっぱり、楽しんでるんだよな。分かりづらいけど」

「多分。よかったぁ、ここを選んで」


 そう耳打ちしながら、由紀と明人は付き添うようにユイの後ろを追いかける。


「あなたと、ナツメさんはよく買い物に来るの?」

「え? あ、ああ。ここはウチの高校からも近いし、俺は友達と結構来るかな。由紀の方はこういうのちょっと疎いからあんまりだけど。あ、それこそたまに結実ちゃんと――」


 そこまで言って、明人はあからさまにしまった、という顔をして押し黙る。由紀も同様だった。ユイはちょうど眺めていた本を棚に戻し、小さく呟く。


「そう……彼女も好きだったの」

「え、知ってるんですか?」


 ユイは気まずそうにしている由紀の方をちらりと見て、「知ってる」と言った。由紀としては、今はなるべく考え至りたくない事だったし、何より目の前のユイは、その名前を何度も泣き叫び、介抱してもらった存在なのだ。由紀は思わず目を伏せてしまう。


「今でも俺、信じられてなくて。なんか……ずっとフワフワしてる感じなんです。勿論コイツや優香里さんも。全部夢で、ひょっこり顔出すんじゃないかって」


 僅かに語尾を震わせる明人に、由紀はハンカチを片手に彼に寄り添う。恥ずかしそうに「いやいい、今は大丈夫だから!」と騒ぐ明人と顔を拭おうとする由紀に、ユイは言う。


「……そろそろ次の場所を見たいわね。あなた、悪いけれどイズミさんを呼んで頂戴」

「あ……うん!」


 駆け出す由紀の背中をユイは見守りつつ、それを追いかけようとする明人の腕を軽く掴んで引き止めた。驚く明人にずいっと顔を近づける。


「ナツメ・アキトさん」

「へ、えぇ?」


 突然の事に顔を赤くし変な声を出す明人に、ユイは言う。



「聞きたい事があるの。貴方にも」




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