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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.24 夢遊公爵

 そこは、郊外の廃墟。

 何処かの工場か、それに類する施設だった場所。かつては多くの人が行きかい、そこら中に設置された工業機械が騒がしく音を立てていたのだろう。しかし今はその名残もほとんど残っていない。至る所が朽ち果て、死に絶えたような雰囲気を纏っている。僅かに照らすのは夜空の光、聞こえるのは冬眠から明けたばかりの虫の鳴き声。

 そして今は、灰色の男性が発する霊子の光と、霊子術式を唱える小さな声があった。

 廃墟に中央付近に位置する部屋で、ユリスは『楽園』に至る術式を組み立てていた。描かれる紋様も呪文も、ユリスとその協力者以外には理解できない特注のもの。

 中央に浮かぶ星のような球体に手を当て、脂汗をかきながら彼は術式を整え続ける。


「……漸く、第四世界門か。本当に大きくて強い『現世』だ。あり得ないくらいに」


 やがて、一休憩入れるように息をついたユリスは、術式を見つめたまま声を掛ける。


「――おかえり、アリア。苦労をかけたね」

「……遅くなって申し訳ございません。ご主人様」


 ユリスの背後、何も無かった筈の場所にアリアは居た。音も立てず静かに佇むメイド姿の彼女は、暗い表情のまま礼儀正しく己の主に首を垂れる。

 ユリスとアリアは、カノヨビトに成る前からの間柄だった。ユリスが生まれた時からアリアは彼に仕え、日頃の世話や遊び相手、勉学も彼女仕込みだ。互いに決して口に出しはしないが、主人と使用人以上に、姉弟、それ以上の関係。

 どんな時も常に共に在った。ユリスが少年だった時も、成人して家名を継いだ時も。『現世』での終わりを迎え、カノヨビトとして『彼世』を放浪するようになってから今までずっと。何百、何千年も。互いに以心伝心であり、殆どの事柄は言わずとも伝わる。


「レヴィが、逝ったよ」

「……はい」


 けれど、ユリスは区切りをつけるように敢えて言う。アリアも当然理解していた。とっくに帰ってユリスを自身の代わりに守ってくれる筈の、あの天真爛漫な笑顔の彼女が、何処にもいないのだから。


「遠くから見届けた。……最後まで優しい人だった。私達にも、あのユイ君にも。今わの際に自分の名誉を汚してまで、私達に義理立てしようとしてくれていたよ」


 その言葉をアリアは噛みしめるような表情で聞く。ユリスは祈るように暫く目を瞑った後、寂しげに呟いた。


「どのみち最後の旅路。最後の世界。また二人っきりになってしまったね」

「……私は果てまで御身にお供します。ユリス様」


 主の寂しさを、不安を少しでも取り除かんとアリアは悲壮な面持ちで力強く答えた。それにユリスは優しい笑みで返し、そして彼女の主としての顔になる。



「聞かせてもらうよ、アリア。君が得たものを」



 促され、アリアは丸一日かけて調べ上げた情報を彼に伝える。鍵となる『特異点』、佐倉由紀の事。敵である『桜華の亡霊』、ユイの事。それから、彼らの間にあるもの全て。ところどころ声を震わせながら話す彼女を、ユリスは黙って真剣に聞き、受け止め続けた。

 やがて全てを聞き終えたユリスは口に手を当て思案する。


「……ある程度予想をしていた事ではあったけど、そうか。君がユキ君と初めて出会った時からの変化、それまでの時間。そして何より、この世界に来てからの『桜華の亡霊』の明らかな変わり様。信じ難く悲しい事だけど、それで合点はいく」


「レベッカ様が仰られていたように、あの御方は本当に真面目で真摯な方ですので。しかし、これでは余りにも……」


 沈痛な表情のアリアをユリスは軽く抱き止め、穴の開いた天井から見える空を仰ぐ。


「あぁ、余りにも残酷だ。悲しくて痛ましくて、いっそ美しく思える程に。全く、彼女も酷な振る舞いをする」


 だけど、とユリスはアリアの目を拭い、断言する。


「だからこそつけ入る隙がそこにある。正攻法では勝ち目が無い。有利な地形と不意を討てる状況。そして鍵、ユキ君からユイ君を引きはがした状況を作る必要がある」

「ご主人様、しかしそれでは……特に佐倉様が」

「分かってる。これは外道だ。……だけど私達の悲願を叶える為なら、最後の最後で私は悪漢に成り果てるよ。君とレヴィに、そしてこんな私に今まで自分を捧げ預けてくれた全ての人々に、『楽園』をもたらす為に」


「ユリス様……」


 再び術式の中央に戻り、ユリスは作業を再開する。


「……伝説の『桜華の亡霊』には、『彼世』の裁定者としての責務を全うしてもらおう。他ならぬユキ君の前で。あぁ、きっと彼女は私達の思惑を理解し、応えてくれる。たとえそれが裁定すべき敵であっても。彼女であるならば」



 中央の光の球体に光が満ちていく。アリアは静かに見つめ、ユリスは笑う。



「『楽園』、ヱディ・カナディアへの道はもうすぐだ」



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