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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.22 佐倉家の食卓(拡大版)

 佐倉家の食卓は数か月ぶりに賑やかになった。リビングのテーブルには湯気が立ち込める夕飯の皿が四人分、所狭しと並べられている。

 元々ユイの為ではあったが、結果的に多めに作っていて良かったと由紀は思った。


「つまり、なんだ。さっき起きた学校の件はカノヨビトっていう異世界人の仕業で、由紀、お前もそこに居合わせたと。……そんで魂欲しさに命を狙われたところを助けてくれたのがこのユイさんって事で。合ってるか?」

「そ、そう。大体合ってるよ、明人」

「そうか、合っちゃってるのか……」


 まとめ役を買って出てくれた明人は悩まし気に頭を抱える。そして隣の優香里は機械的にハンバーグを口に運びながら刺々しい視線を対面のユイに送り続けている。当のユイはというと、最初から当然のように由紀の隣の膳につき、黙々と目の前の料理に舌鼓を打っていた。心なしか昨日より箸の動きが楽し気なのは気のせいだろう。


「……ユイさん」


 箸を置き、茶を一口飲んだ優香里が、静かに呼びかける。ユイは箸をピタリと止め、変わらずの無表情な両目を優香里に向ける。両者の間に見えない火花が散る様子を、横で由紀と明人は緊張した面持ちで見ていた。

 優香里は両手を膝に、正座の形に姿勢を正す。三人が見守る中、深々と頭を下げた。


「――由紀の事、助けてくれて本当にありがとうございました。舞之宮高校生徒会長として、そして彼の身内の一人として、御礼申し上げます」


 それは先程までの激情に駆られた女の姿ではなく、責任者、そして由紀の「姉」としての姿だった。遅れて隣の明人も同様に首を垂れる。

 そんな二人をじっと見たユイは、やがてゆっくりと首を振り静かに答える。


「礼は要らない。それが私の使命であり役割だから。むしろこちらとしては謝らなければならない。イズミ・ユカリさん、ナツメ・アキトさん。本来特異点が事態に気付く前に終わらせなければならない所、この子をここまで巻き込んでしまった。ごめんなさい」


 同じように頭を下げる。二人と一人が互いに自分の事で礼を言い謝り合う姿に何とも言えない居心地の悪さを感じた由紀は慌てて食事の続きを急かす。


「きょ、今日のハンバーグ自信作なんだ!……冷める前に三人とも食べてよ」

「そうする。……中にチーズが入ってて、凄く美味しい。昨日のご飯にも負けない」

「ほ、本当? 良かった!」

「……おかわり、まだある?」

「あるよ、待ってて!」


 必要な対話は終わった、と言わんばかりにユイは食事に戻り、由紀は心底嬉しそうに台所にパタパタと向かう。


「…………」


 ほぼ昨日会ったばかりとは思えないほどの馴染みように明人は目を丸くする。一瞬不機嫌そうに目を細めた優香里は気を取り直す様に咳払いをした。


「――まぁ、ユイさんが只者じゃない事は見た目からも分かった。色々込み入った事情がある事も。……でも由紀はあくまで普通の子で、ウチの生徒、身内なんだ。ここからはアイツの事は私達に任せてもらっても良いかな?」

「嫌よ」


 返事は即答。今度は食事の手も止めなかった。


「……いや、いや。でもさ、カノヨとかトクイテンとか妙ちくりんな嘘で誤魔化さなくちゃいけない程の事情、これ以上由紀を不安定な状態にしておきたくないんだ。頼むよ」

「私は嘘をつかない。嫌いだから。そしてまだ終わってないから無理よ。今日の相手の仲間、その男が本命の裁定対象。彼を処理し、今後この『現世』にカノヨビトが近づかないよう不可侵処理を行う。そこまでが私の仕事」


 台所でいそいそとおかわりをよそう由紀をちらりと見て、ユイは断言する。


「それまで、あの子の傍を片時も離れない。朝も昼も夜も。あの子は私が守る」


 淡々とした答えは、反論の一つも許さない雰囲気を纏っていた。優香里の表情が次第に感情的なものに戻り、明人は「マズイ」と言わんばかりにそれを横目で見る。


「……アンタには関係ない事だけど私達、特にアイツにとって最近凄く悪いことが色々あって、さ。だから初対面の人なんか居ても、困る」


「私は気にしない、仕事だから。それにあの子も良くしてくれている」

「いや、由紀自身の問題なんだって! なんだ、アンタ。使命だ仕事だなんて言って人様の家にズケズケと……大体さ」


 味わい深そうに味噌汁をすするユイの体を人差し指で差す。


「何でアンタがその寝間着着てんだよ! それ……結実のだろう!?」


 ちょうど台所から戻って来た由紀が慌てて間に入る。


「それは僕が着てって出したの。ユイ、替えの服持ってなくて。僕のじゃ小さいし……サイズもちょうど良かったから」

「だからってお前……」

「そもそも、何でお前の家に結実ちゃんや優香里さんの私物が常備されてるんだって話なんだけどな……」


 ボソリと呟く明人に、今度は肘打ちを食らわせながら優香里は立ち上がりユイを睨む。


「イセカイだとかレーシだとか、ごっこ遊びするなら他所でやってくれ、由紀を巻き込むな! それとも、服や寝床に困る程生活でも困ってんのか? それだったら私が」

「ちょっと、優香里さん!」


 思わず出た怒声に明人は慌てて間に入る。そう言われたユイは「お金……」と首を少し傾け、思い出したかのように立ち上がる。


「え、ユイ?」

 おもむろにユイは壁に掛けてあった自分のコートを持ってくる。怪訝そうに見つめる三人の前で何かを探す様に手を中に突っ込む。そして「あった」の言葉と共に出てきたのは、美しく輝く宝石が散りばめられ、美しく輝く黄金の塊。バスケットボール程の大きさもあるそれをずいっと由紀に差し出す。


「数十年前に謝礼か何かで押し付けられたやつ、あげる。宿泊費の代わりにして」

「え、え、ええ!?」

「ちょっと待て、それ何処から出した?」

「手品だろう、ねぇ、ユイさん?」


 三者三様に驚く様子にユイはキョトンとした後、得心したように両手で黄金を抱え、何事か呟く。すると光り輝く霊子術式の紋様に覆われ、


「――――――――っ!?」


 次の瞬間には、何も無い筈の空中から溢れんばかりの札束が大量に降り注いできた。次から次へと土砂降りのように降り注ぐのは、全て本物の1万円札。


「わ、わわわわわわわ」

「ええええええぇ…」

「うおおおおおおおおおおおお!?」


 瞬く間にそれらはリビングを埋め尽くし、ドラマかアニメでしか見た事の無いような、所謂「札束風呂」の中に、四人はどっぷり浸かっていた。


「――この『現世』の、ここで使われている貨幣に霊子等価置換した、のだけど」


何時の間にか札束の海に埋没していたらしい、原因となったユイは、無表情のままにゅっと顔を出し、見回した。


「……思ったより、霊子的価値が高かったらしい。……これで、足りる?」


「……………………」


 呆然とする三人の表情を見て、ユイはどことなく満足げに頷く。桜色の頭に乗っかった万札が、スルリと落ちた。



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