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ユアハート・マイリーズン  作者: 八武希幽水


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1.13 桜華の亡霊①

「すまないね、ショッキングな所を見せてしまった」


 その場でうずくまり震える由紀に向かって、ユリスは深々と謝罪した。


「アリア、頼むよ。丁重にお願い」

「承知致しました、ご主人様」


 柔和な口調ではない、機械的とすら思える程冷徹な声色で返事をしたアリアは、並ぶ遺体の方に向き直り一礼した後、両手を前方に上げた。

 すると彼女の周りが淡く光り、無数の魔法陣が空中に浮かび上がる。するとそれぞれの魔法陣の中心から大きな白い布が飛び出し、遺体を一つ一つミイラの様に包み込んだ。そして出来上がる十数体の布の繭は中空で列を為した。アリアが何事か呟くと、左端の繭が何処からともなく現れた青白い炎に包まれ、やがて燃え尽き消えていく。次は隣の繭。その次も、そのまた次も。アリアは淡々と流れ作業の様にそれを行っていた。


「……遺体はアリアが丁寧に弔ってくれるの。魂はもう、ユリスが預かってるしね」


 聞き覚えも無い単語を交えた語りかけにも由紀は応じない。応じる余裕がない。気が付いた瞬間から何も分からないまま不条理に進む会話と現象、そして人の死。連日の事も併せて、いよいよ自分は醒めない悪夢を見ているような気分になってくる。

 男は、由紀の前に立ち恭しく頭を下げた。


「……改めて、はじめまして、サクラ・ユキ君。私の名前はユリス。ユリス・フォン・アドラヴァイス。数多の世界を旅する『カノヨビト』の一人です」

「……カノヨ、ビト?」

「うん。君達から見て『彼世』という世界と世界の狭間の世界からやってくるから、『カノヨビト』。ユキ君が属する文化圏の言葉を使うなら、異世界人って言う方が伝わるかな」


 そう答えるユリスは微笑みを絶やさない。その顔は外人である事と容姿端麗である事を除けば由紀が思う『普通の人の笑顔』であり、先程由紀が目の当たりにした惨劇の当事者だとは到底思えない程に、正気の様子だった。だというのに。


――異世界人、異世界。


 それは由紀の住む日常において、本やアニメの世界でのみ存在が許されるものだ。あくまで夢物語。現実には絶対に無いモノ。その筈だ。

 だけど、今自分が見ているもの、体験している事象は余りにも非現実的で。手品やCG仕掛けを真っ先に疑うべきなのに、そう思わせない程の凄みがあった。


――だけどやっぱり、そんな事ありえない。


 そう考える由紀の表情を見て察したのだろう、ユリスは苦笑する。


「……ゴメン。急にこんなこと言われても困るよね? ただでさえ、この世界には神秘的な魔法も無ければ超常的な科学も定義されていない。ユキ君にとって私達は、突然現れた頭のおかしい人にしか見えないよね?……だけど」


 ユリス由紀から半歩離れ、パチンと指を鳴らす。彼の周り幾つかの魔法陣が浮かんだかと思えば、次の瞬間ユリスの全身は突如現れた白い炎に包まれた。


「――あっ!」


 思わず声を上げる由紀に、ユリスは大丈夫だという風に笑う。炎はユリスの顔や手、服に付着した返り血のみを浄化するように燃やし尽くし、その後炎自身も一瞬で消えた。


「残念ながら、今君が目にしているものは本物だよ。私達は本当に異世界からやってきたんだ。悲願である『楽園』に至る為に無数の世界を渡り歩いて、その末にこの世界に、漸く目的を果たす条件を満たした場所に辿り着いた」

「楽、園?」


 それはさっき、レベッカの口からも聞いた場所。女神がどうとか。


「私達が目指す場所さ。自分の生まれた世界を捨てて、自分の生まれた世界から棄てられたカノヨビトが夢見る聖域。私は其処に何としても到達したい。――決して誰も傷つかず悲しまない、私を中心とした理想の世界を新たに創るんだ」


 その言葉を聞いた由紀はユリスの正気を疑い、だが、彼の純粋な表情を見て察する。

 冗談や狂っている訳ではない。本気なのだと。


 目を見開く由紀にユリスは微笑み告げる。


「――その為に、サクラ・ユキ君。君の命が欲しい」


 あまりに唐突な死刑宣告。由紀はビクッと身体を強張らせた。


「――な、なん、で僕の!?」

「君が、この大きな『現世』の根幹となる存在、『特異点』だからだ。その中でも極めて強大で重要な、世界の楔たる存在。それ故に、私が行う儀式の最後の鍵となり得る」

「そんなわけない……僕、ただの人です!」


 ろくに動けない中で必死に否定する由紀に、ユリスはふるふると首を振る。


「私達から見える君の霊子核……魂の輝きはそう言ってないよ。カノヨビトにとって全ての力の源たる霊子を、君は質、量ともに桁違いに保有している。……この世界の核を開く依り代として、これ以上の適任者は居ない」

「……キミは自分が思っているよりずっと凄くて貴重な存在なんだよ。キミ程に大きくて綺麗な霊子核、アタシ、見たことないもの」


 ユリスに賛同するようにレベッカは背後から由紀の頬を撫で、大切なものを抱える様にハグをしてくる。気付けば大量の遺体の処理を終えたアリアがユリスの傍に控えるようにして直立していた。その眼は冷徹。自分の命を欲する異質な三人に、完全に囲まれている。


――僕、今から殺される。


 そう自覚した瞬間、途端に臓物が冷え凍り付く感覚を味わう。


――さっきの人達みたいに。何かの生贄にされる。


 ユリスが来る。懐から取り出されるのはついさっき彼らの命を奪った銀色に光る小さなナイフ。近くで見ると刃から柄にかけて非常に細やかな意匠を施された見るからに高価な代物だった。それが今、穏やかな笑みを浮かべる彼と共に冷たく迫る。


「……すまない。本当はこんな事を君にするのは本意では無いんだ。あくまで私に賛同し魂を預けるとしてくれた同志達。それと追っ手となる敵。それ以外は傷つけたくない」


 ユリスは言葉を切り、「だけど」と、目の前の少年を見据えた。


「……最後のピースだけは、君だけはどうしても譲れない。長い流浪の果て、奇跡的に辿り着けた素晴らしきこの世界の、願いを果たす為の最後の鍵。最上の『特異点』」


――逃げなきゃ。


 そう思っても動けない。申し訳なさそうに笑うユリスは遂に由紀の目の前に立つ。


「……本当にごめんね。欲を言えばユキ君とはじっくりと話し合って友人となった上、納得を得たかった。だけど私達には時間が無い。何かと追われている身でね。今すぐにでも儀式に取り掛からないと」


 そう言い、ユリスは淡く光る左手を由紀に差し伸ばす。右手に構えるはナイフ。


――死ぬ。


 由紀の人生の終わりが、目と鼻と先まで迫る。全てがスローモーションになっていく。


――まだ、何も分かって無いのに。あの子の、こんな形で。


 死の恐怖と諦観に包まれ由紀は目を瞑る。今わの際に頭をよぎるのは唐突に死に別れ、そして恐らく今から再び逢える最愛の人の顔。


――結実。




 その時だった。




「――――――――――っ、ユリス様!!!」


 血相を変えたアリアの怒声と共に、部屋全体に雷が直撃したかのような轟音と衝撃が響き渡った。同時に部屋中に粉塵が舞い散る。


「――――っ!!」「――あ!?」


 音と衝撃に当てられ客席側に吹き飛ばされた由紀は、何が起きたのか分からないまま混乱する。落ち着こうと顔に手をやると、何か生暖かいベットリとした感触がした。

 それは血だった。自らのものかと一瞬パニックになるが、違った。目の前に居たユリスの、由紀に差し伸ばしていた左腕の肘から先が無くなっていた。傷口からは赤い血が溢れ出し、更に青白い光の粒子がはらはらと散っていた。


「ご主人様!」

「あぁ大丈夫、だよ。ありがとう、アリア……いやぁ、しくじったね。ユキ君を見てもしやと思ったけど、やっぱり先回りして張っていたか」


 脂汗を滲ませながら不敵に笑うユリスは、失った己の左腕の先を見つめて何事か呟く。すると傷口に光が集まり、次の瞬間には血まみれの左手が新たに生成されていた。

 アリアは、それでもまだ苦痛に顔を歪めるユリスの左腕にどこからともなく取り出した白い布を巻き付ける。事が起きる一瞬前にアリアが上げた叫び声により咄嗟にユリスは後退っていた。そのままの位置で由紀に触れていたら恐らく上半身は跡形も無く消し飛んでいただろう。横を見ると、部屋の壁が半分吹き飛んでいた。

 レベッカは瓦礫を蹴り飛ばしながら、懐から拳銃を取り出し叫ぶ。


「……これ、この威力。アンタでしょう……――ユイ!」


 返答は無い。銃は向けたまま、レベッカはすぐさまユリスとアリアの元に駆け寄る。


「……気配感じない。かなり長距離から撃ってきたみたい。霊子結界ごとぶち抜かれた」

「みたいだね。……やっぱりこの世界まで追ってきたんだ、『桜華の亡霊』は」

「彼女の事ですから、直ぐにも来ます。……退避を、ご主人様」

「あぁ。……だが」


 悲願の為の、最後の鍵。ユリスは包帯で巻かれた腕を、客席の奥で呆然としている由紀に向かって伸ばそうとする。しかし、再び次の瞬間。


 今度ははっきりと聞こえた爆音。雷鳴のような音の正体は銃声だった。アリアは音と衝撃が届く前に自らの主人に抱き着いて後方に飛んでいた。常人では考えられないほどの跳躍だ。一歩遅れてレベッカも同様に飛んで回避する。煌めく銃弾は天井に着弾し、けたたましい爆発音と共に大穴を開けた。


「――――駄目、ユリス! あの子こういう時容赦無いから。退避退避!」

「あぁ……。――ユキ君、また今度」


 二人の女性に抱えられる形で、ユリスは先程できた大穴の影に消え去った。

 遠くでサイレンが聞こえる。外は大騒ぎだろうか。通行人達からすれば突然ビルが立て続けに爆発したのだ。パニックになってもおかしくない。由紀自身そうなのだから。


 そして、そんな状況を打破したのは凄まじい衝撃と轟音をもたらした元凶。




 桜のように美しい少女が立っていた。




 吹き飛んだ瓦礫の中、夜光に照らされた桜色の髪は吹き込む風に靡き艶やかに煌めく。夜に溶ける漆黒の衣も相まって桜の精霊と見紛うような立ち姿であった。

 そして彼女の外見に負けない程由紀の目を引いたのは、彼女の左手にあるモノ。白銀に光るそれは、少女の細い体躯に見合わないほど巨大なスナイパーライフルであった。

 立ち昇る煙の中、少女はその鮮血の様に紅い瞳で由紀を見つめる。表情は完全な無で精巧な美術品の様。息を飲んだ由紀は次の瞬間には自然と問いかけていた。




「――君は」


「……『カノヨビト』」

 少女は由紀を見据え、応える。

 不思議と聞き覚えのある玲瓏な声が、二人の間で静かに響き渡った。



「――『桜華の亡霊』」



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