#忘却で、再会で
_私は、かつて物語の中に居た。
生まれたときから持っていたその記憶は、歳を重ねるごとに色褪せるどころか、より鮮明に、鮮烈に脳内にこびりついている。
私は、イメージがそのまま己の力となるような世界で確実に生きていた。
たった一人の恋人で、相棒という存在と共に。
「おいデルア、何考え込んでるんだよ。」
すると、背後から突然同級生から声をかけられる。
振り向くと、そこには幼馴染のメルアが居た。
こいつも”そう”だ。前の世界で、仲間という間柄ではなかったがとても中の良かった存在。
「なんでもないから気にするな。
それより、君は制服を着崩しすぎだ!もっとキッチリ着ろ!」
メルアはシャツを出している上にボタンを開けたままネクタイを首にかけているだけのような状態なのだ。
だらしがなさすぎる。
「別になんでもいいだろ、校則で駄目と言われているわけでも無いんだから。お前が取り締まる必要はないはずだぜ?風紀委員長さん。」
「ぐっ…だが、見ていて不愉快だ。」
「そんなのお前が決めることか?」
完全敗北だ。論破されてしまった。
メルアは口が達者で、頭の回転が早い。
だからこそ、私はメルアとの口論でいつも負けていた。
「そんじゃ、お先に教室行ってくるわ。今日は転校生がくるらしいしな…どういう奴か知っておきたい。もしかしたら知り合いかもしれないだろ?」
そう言うだけ言って、メルアは道路を走っていってしまう。
(転校生…か。)
ここには前の世界に居ても、記憶がない者ある者がいる。
ただ、メルアは私と同じである側の人間だった。
だからこそ、転校生が知り合いだったとしても記憶も持ち合わせてなければ意味がないとどうしても思ってしまう。
「早く高校へ進学して、大人になったら見つけることができるだろうか?」
私の恋人で、相棒だった”あいつ”のことを。
「それじゃあ、先程から噂となっている転校生の紹介といこうか。」
担任が微笑みながらそう言って、転校生に入ってくるように合図した。
扉の音が響き、足音がする。
周りの者は全員静かに息を呑んでいた。
普段何があっても騒ぎ立てる男子ですら、だ。
ただ、理由は単純明快。
その転校生があまりにも美しすぎたからだ。
「ロキです、よろしくおねがいしますね。えっと…好きなもの、とか言ったほうがいいんでしょうか?」
白髪で、肩より少し上…ボブくらいの長さで切り揃えられた髪。大きく揺れているアホ毛も愛嬌があって可愛らしい。
猫のように大きく、丸く、切れ長の瞳は宝石のように輝く紫で美しい。
小柄な体も、色白の肌も、全てが全て彼女の魅力を引き立てていた。
「好きにしてくれ。皆と仲良くなりたいなら沢山自分の事を話すということも一つの選択だ。」
担任にそう言われ、じゃあ。と嬉しそうに微笑む姿は女神を連想させる。
「好きなものは、ぬいぐるみとチョコレート。嫌いなものは…あんまりありませんが、ピーマンのような苦い食べ物はあまり好きじゃない…です…ね。」
正直に言うと、私は一目惚れ…いや、正しくは二目惚れだろうか?
そんな状況に陥っていた。
見た目が美しいからというのはもちろん。
だが、それ以上の理由がある。
前世の恋人で相棒だった”あいつ”と同じなのだ。
何もかもが同じ。つまり、いや多分…同人物である。
転校生の紹介が終わり、担任が一時間目の準備のため職員室へ向かうと同時に皆はロキを取り囲んだ。
ただ、私だけはメルアの席へ行ったのだが。
「なあメルア。アレって…」
「どこからどう見てもお前の大好きなロキだろ。」
「だよな!?」
「まあただ、俺達に目もくれないところを見るに前世の記憶はなしといったところか…」
「だ、だよな…」
私の反応を見て、メルアは優しげに笑う。
「そんなに落胆するなよ。お前がいる場所を知らないという点では、前の世界と丸っきり同じだろ?
あいつ、前の世界で記憶喪失だったじゃないか。な?」
その言葉で私は「確かに!!」と、少々大きな声を出しすぎてしまった。
皆の注目が私に集まってしまう。
「失礼。なんでもない。」
少し恥ずかしく思いながらそういうと、素早く皆の注目はロキへと戻った。
それは一時間目の授業が終わった後も同じで。
「ロキちゃんって彼氏いるの?!」
「小柄でかわいい〜!身長何センチ?」
「チョコ好きなんだ!私も好きなの!」
と言った具合に、質問攻めを受けていた。
私はそんな状況に、つい妬いてしまう。
(でも仕方ないと思うんだ。元は私の恋人なのだから。この感情はごく自然だ。そう、だろう?)
どうにか合法的に皆からロキを離す方法はないだろうかと必死に頭を回すと、一つ思い出した。
そう、前の世界で記憶喪失のロキに世界のことを説明して、案内したのは私だ。
今回はこの学校を案内する名目で誘い出せばいい。
(我ながら完璧だな…)
そう思いながらロキのところへ近づくと、想定外の声が聞こえてきた。
「せや、ウチがこの学校のこと案内したろか?このガッコ広いからなぁ〜最初慣れへんかもしれんけど、去年転校してきたウチも今は大体わかるしいけるいける!」
そんなことを言い放ったのは、エレナだ。
正直、危うく壁を殴りそうになってしまった。
「メルアぁぁぁ!!」
すぐさまメルアのもとにかけていって、台パンをする。
「…なにやってんだ。早く思いつかないからそうなるんだろ。」
呆れ顔で言われ、腹が立つものの言い返す言葉は出てこない。
「私はこういうことを考えるのが苦手なんだ…せめて隣にロキが居たら…」
「そのロキをまた惚れさせるために今こうしてるんじゃないのか?」
「そうではあるが…なんというか、案が見つからない…」
メルアの机に突っ伏すと、ロキが扉から出ていこうとするのが見えてしまう。
(駄目だ…行くな!)
ここを逃せば二度とロキと関わることができないような気がして、私は思いっきり手を伸ばす。
その手はロキを掴む事はできなかったものの、触れることだけはできてロキはこちらへ振り向く。
「ん…って、なんだ。風紀委員長さん…ですよね?先生から伺ってます。なにかあったら頼ればいいと。
なので、困ったことがあればまた教えてください。」
ふわりと微笑んで、ロキは丁寧にお辞儀をした。
その行動に、その言葉に、私を知るロキが居ないという事を実感してしまって、泣きそうになってしまう。
「な、んで…」
今、ここで涙を流してもどうにもならない事はわかっているものの、どうしても泣いてしまいそうになるのは、やっぱり私がそれだけロキを愛していたという証だろうか。
(それだったら…少し、誇らしいかもしれないな。)
「だけど…それでも、さみしいよ…」
今、私はみっともない顔を晒していることだろう。
必死に顔を覆っているけれど、涙も嗚咽もバレているはずだ。
「えぇうそっ!?な、なんで泣くんですか!ちょ、ちょっと…メルア、助けてくださいよ!」
「やっぱお前記憶あったか…」
「やっぱってなんですか!また教えてくださいって言った時点で違和感を持ってくださいよ!」
「そんなんで確信に到れるわけねえだろ。」
「うぅ酷い!
あーもう、泣き止んでくださいな。可愛いお顔が台無しですよ?ね?」
ロキが私の手を優しく握って、ハンカチで目元を拭いてくれた。
「ろき…?」
「はいはい、貴方の大好きなロキちゃんですよ〜、デルアちゃん。」
優しく、甘く笑う顔は私の知るロキで、それに安心してまた泣いてしまう。
だけれど、この涙は辛いなんてものじゃないからか、不思議と気にもならなかった。
「ちゃん付けはやめろって、いつも言ってるだろう!」
「えぇ〜でも、目の周りも鼻もまっかっかにして、私に安心して涙を流してる恋人ですよ?可愛いんですからちゃん付けするのも無理はないというか…」
「とにかく嫌だ!」
「っふふ、ごめんなさい。」
「それでいいんだ。」
そう言ったら二人で笑いあって、軽く友達みたいにハグをする。




