表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

 暑い。太陽が。ついに天頂まで上りつめてしまった。影の中に身をひそめてはいるものの、じわりじわりと、光と熱が影を押し狭めて迫ってくる。影すらも暑さにに身をよじって縮こまっているかのようだ。


 風速四メートル。南西から吹く風は、太陽と熱せられた地面や岩の上を通ってきたからか、まるでドライヤーから吹き出したかのように熱い。吹かれて舞う砂は私の服の隙間の陰へと潜り込うと試みている。灼熱から逃れようとやってきた小動物であれば可愛げがあるが、入り込む砂は不快で、仮に動物ってあったとしても、ここにいる生物といえば蠍や蛇ばかりでそれとは程遠い。


 荒涼として乾ききった大地。ウェイストランドを小高い丘の陰から見渡す。さざ波のように砂塵が舞い、ダンブルウィードがつられてそれを追う。こうした場所でうつ伏せになっていると、すぐにでも自分の中の水という水が抜けて、カラカラに乾いていきそうな感覚になる。


 うつ伏せのまま、肩のそばにあるチューブを顎で手繰り寄せて咥える。チューブは腰につけた水筒へと繋がっていて、吸い寄せると途端に冷水が駆け上り、それから喉を下っていく。一時の清涼感。ただその快感というのも、ここではかなり刹那的というか、味わった直後に砂と熱と、光と風がすぐさまに拭ってしまう。


 丘からは東西を横切る長い直線道路が見えた。ここから距離にして約二キロほど離れている。かれこれ数時間は監視しているわけだが、ここを通る車はいない。人も、動物も、何も。


 岩。砂塵。ダンブルウィード。枯草、それと背の高いサボテン。そこに長い長い、乾いたアスファルトが一本横たわっている。ここを通る人なんかいやしないわけだが。理由としては都市と都市を結ぶにしては長すぎるからだ。


 はじめ重宝されていたと聞くが、それも半世紀前のことだ。トランスマグレブ鉄道が開通したからだ。安くて、安全で、速い。となれば暑くて危険な荒野をわざわざ通ろうなどとは誰もしないだろう。ほどなくして、この道は忘れられた道になった。


 よくよく考えてみれば、重宝されたというのも他に選択肢がなかったから、というだけのことだし。この道は通行には長すぎるし、電磁鉄道が開通したとなれば、慣れ親しんだ人々であっても、おのずと感覚が変わってしまったことでもある。便利さや、安全性といったものは価値観を変えるには充分だ。最寄りのモーテルまではここから四十キロで、ガソリンスタンドはさらに十キロも先だ。そのどちらの看板からも光が消えたのはずいぶんと前だと聞く。


 しかし、ここを利用する人がまったくゼロなわけでもない。整備もされず、劣化するだけだとしても、都市と都市と繋げる幹線道路としての役割は今もかろうじてこなしている。それに廃都市とも繋がっているのも理由の一つだ。


 廃都市は昔は化石燃料の採掘によって栄えた都市だった。掘れば掘るだけ、輸出すればするだけ儲かった。それも徐々に右肩下がりになる採掘量と各国の燃料規制。さらに新エネルギー政策が都市に追い打ちをかけ、掘っても掘っても赤字となってしまった。変化と変容の波が砂となってあの都市を覆ってしまった。


 都市に残されたものといえば砂と岩くらいなもの。時代によって淘汰された巨大な遺物か、あるいは幹線道路という木の幹と支道という枝に辛うじてくっついている枯葉とか、そんなものとなっている。道路標識からは都市の名前が消され、だけども封鎖されることも、立て看板で注意書きがされるでもなく、まだ繋がっている。


 何故、繋がっているのか。かの廃都市は完全に死んでいるわけではないからだ。一見して乾ききったように思えてもまだ息をしている。あそこには乾いた場所であっても好んで暮らす人々が。いや、潜んでいる者たちがいるからだ。


 まともな住民かというと違う。後ろ暗い何かを持っているような、そこにいかざるを得なかったか、他の都市にない利用価値を見出した人々。つまりは不法移民か、犯罪組織か、とにかくそれに近いところに身を置く人々だ。この半廃路線はそういった彼らにとって今も生活の基盤の一つだ。


 私は丘から狙撃銃のスコープ越しに見ていた。

 喉が乾いた。チューブを咥えようとしたことろ、太陽を遮っていた影が不意に身震いした。実に数時間ぶりの駆動音が頭上から降りてきた。モーターと人工筋肉の異なる躍動の音が混ざりあいながら欠伸のような緩い動きを見せる。そこで自分の真上に巨大な存在がいることと、その真下の陰の中に自分は潜んで、太陽をやり過ごしていたことを思い出した。


 “そろそろ来そうだよ”

「そうか」


 脳の中に響く声でない声は、電気信号という形となってこちらを呼び掛ける。巨獣。機械の獣。獣脚型二足歩行戦車。思考戦車。アンフィスバエナ。竜の名を持つ兵器。私はこの声が嫌いだった。


 体高五メートル、体長十五メートル。やや大きい頭部と背中の二枚の調波レーダー。一門の大型レールガンがレーダーの横に設置され、アシンメトリーなシルエットとなっている。長い尻尾はバランサーで、尾の先端にはドローンのクレイドルが搭載されている。遠目からには頭でっかちのティラノサウルスといった印象だ。


 名に恐竜ではなく、アンフィスバエナという伝説上の竜の名が使われているは、尻尾の先にドローンを駐機させられる構造をもう一つの頭とみなして、双頭の竜の名となったのは想像に難くない。

 頭部には突起状の各種センサーが角のように飛び出し、装甲の下には頭蓋骨状のカプセルがあり、高度人工知能がおさめられている。数種の動物の行動パターンと兵器として求められる学習データがプログラムや配線の中で常に蠢き、戦場を俯瞰している。


 “飽きてきちゃってたからよかった。”


 男児のような、竜が発したとは思えないようなあどけない口調だった。体をほぐしたいと思ったか、それか好き勝手に機体の上に積もっていた砂に嫌気がさしたか、あるいは両方か。とにかく、砂を振るい落したくなったようだ。

 ずぶ濡れになった犬が体を振るわせるようにまずは頭を、それから胴を、最後に尻尾へと順々に体を揺さぶる。さらさらと砂が滑り落ち、砂埃が巻き起こる。思わず眼を細めた。


 竜は最後に満足げなため息を吐き出すかのように、頭部の排気口から前方に熱を吐き出した。シューという音とともに、まだおさまっていない砂煙がさらに巻き上げられ、私と手に持っていた狙撃銃に降りかかる。砂を払っていると、そこへ竜の頭が甘えるように降りてきた。


 “あっち、見えたよ。”


 短い排熱が左腕に巻きつけてある端末に吹きかけられた。砂の払われた端末に眼をやるとワイヤーフレームの地図に光る点が明滅していた。数は五つ。竜は一番近いものを『TGT-1』とし、続く光点にも番号を割り振っていた。スコープを北西へ向けると彼方に巻きあがる砂塵と太陽光で鈍色に輝く車の集団を見つけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ