第4話:黒曜の捕食者
第4話:黒曜の捕食者
全身を焼くような熱。それは創造の熱だった。
俺という存在が一度バラバラにされ、新たな設計図に基づいて組み上げられていく。
光が収まった時、俺はまだそこにいた。だが、世界は一変していた。
(……見える! めっちゃ見えるぞ!)
セピア色でぼんやり霞んでいた視界が、4Kテレビみたいに超クリアになっていた。腐葉土の粒や、葉っぱの葉脈までくっきりだ。
そして何より、視点が地面スレスレじゃない! 人の子供くらいの高さから世界を見下ろしている!
俺は恐る恐る、自分の身体を見下ろした。
そこにあったのは、もはやゼリー状の塊ではない。
(手足キターーー! やっと五体満足だぜ!)
ぬらりとした光沢を放つ、黒曜石のような体表。人型に近いフォルムに、しなやかな獣を思わせる四肢。指先は鋭利な鉤爪。背中からは二本の触手が蛇のように蠢いている。
そして……顔は……。
(……顔、ねえじゃん! のっぺらぼうに目玉が一つって、デザイン攻めすぎだろ! なんで目だけなんだよ! 口は!? 鼻は!? 表情筋ゼロじゃイケメンムーブできないだろ!)
血のように赤い、単眼だけが爛々と輝いていた。
《おおーっ! やったじゃん、大成功! これは……「シャドウスライム」かな? レアな進化だよ! おめでとう!》
アリアの祝福の声が響く。シャドウスライム。名前は厨二っぽくてカッコいいな。よしとしよう!
(ステータス)
【ステータス】
名前: なし
種族: シャドウスライム
レベル: 1
称号: 迷い人、女神の加護(小)、沼地の捕食者
HP: 50/50
MP: 20/20
攻撃力: 35
防御力: 30
素早さ: 40
スキル:
・捕食吸収 LV.3
・女神交信
・自己修復 LV.2
・酸耐性 LV.3
・酸分泌 LV.2
・影潜み LV.1: 影の中に身を潜め、気配を遮断する。
・擬態 LV.1: 体表の色や質感を周囲の環境に似せることができる。
・鉤爪 LV.1
・触手打 LV.1
・魔力感知 LV.1: 周囲の魔力の流れを感知する。
(うおお、ステータス爆上がり! 俺TUEEEの時間だ! でも、レベルは1に戻ってるのか。まあ、基礎スペックが段違いだから問題ないか!)
俺は自分のステータスを確認し、少しだけ冷静になった。
《そ。進化するとレベルはリセットされるけど、今までの強さはちゃんと基礎ステータスに上乗せされてるから、実質的にはパワーアップしてるってこと。むしろレベルアップの余地が増えて、もっと強くなれるよ!》
(影……。もしかして、あのコウモリの……?)
《ご名答! あの影喰い蝙蝠に影を喰われた経験が、きみの進化に影響を与えたんだよ。「二度とあんな風に奇襲されたくない」「自分も相手の意表を突きたい」っていうきみの強い思いが、このシャドウスライムっていう進化を引き寄せたんだ》
なるほど! あの屈辱は無駄じゃなかったのか!
俺は立ち上がり、新しい身体の感触を確かめる。地面を蹴れば、音もなく数メートル先へ跳躍できた。
指先の鉤爪を近くの木に突き立てると、ズブリと深く突き刺さる。
力が、ある。これまでとは次元の違う、圧倒的な力が。
この力、試してみたい。腹の底から、黒い衝動が湧き上がってくる。
その時、ガサリ、と近くの茂みが揺れた。
俺は咄嗟にスキル『影潜み』を発動させ、木の影に身を溶け込ませる。身体がすっと冷たくなり、周囲の闇と一体化する感覚。
茂みから現れたのは、猪のような頭部に、狼のような胴体を持つ魔物だった。
《あれは「ボアウルフ」。凶暴な雑食性で、前のきみなら目が合った瞬間に八つ裂きにされてた相手だね》
ボアウルフ。スライムだった頃なら、存在を感知しただけで逃げ出すしかなかった格上の魔物。
そいつは、俺がさっきまでいた場所の匂いを嗅ぎ、グルル、と唸っている。血の匂いに釣られてきたらしい。
以前の俺なら恐怖で動けなかっただろう。だが、今の俺は違った。
赤い単眼が、ボアウルフを「獲物」として捉えていた。
その一方で、自分の内から湧き上がる衝動に、どこか戸惑う自分もいる。
(ヒヒヒ…かかったなアホが! 試させてもらうぜ、この新しい力を!)
俺は影から躍り出た。音もなく、黒い矢のように。
ボアウルフがようやく俺に気づき、驚愕に目を見開く。だが、遅い。
ザシュッ!
俺の右腕の鉤爪が、ボアウルフの脇腹を深々と引き裂いた。何の抵抗もなく、バターのように切り裂かれる。
鮮血が宙を舞い、ボアウルフは悲鳴を上げる間もなく、巨体を地面に叩きつけられた。
一撃。たった一撃で、虫の息だ。
(ククク…これが力…! 俺の右腕が疼くぜ…!)
怖い。この力は、あまりにも圧倒的で、そして心地いい。
へたれで臆病だった俺はもういないのか? いや、いる。心の奥で、この圧倒的な暴力に怯える自分がいる。だが、それ以上に、生き残るための力が俺を支配する。
俺はボアウルフの亡骸に背中の触手を突き刺し、『捕食吸収』を発動させた。
触手から、直接相手の魔素を吸い上げる。強者の魔素は、これまで喰らってきたザコとは比べ物にならないほど濃厚で、甘美だった。
魔素だけを吸い尽くされたボアウルフの亡骸は、ただの肉塊となってその場に残った。これなら素材として使えるかもしれない。
捕食吸収により、膨大な力が身体に流れ込んでくる。俺は天を仰ぎ、声にならない咆哮を上げた。
快感。これほどの快感が、この世にあったのか。
(もっとだ……もっと欲しい……)
渇き。どれだけ喰っても満たされることのない、底なしの渇きが俺を支配する。
俺は再び森の奥へと足を踏み入れた。目指すは、かつて恐怖の対象でしかなかった影喰い蝙蝠の巣。
あの屈辱を、晴らすために。
巣のある大樹の洞に近づくと、数匹の影喰い蝙蝠がすぐに俺に気づき、威嚇するように飛び回った。
だが、今の俺には通用しない。俺はスキル『擬態』と『影潜み』で完全に気配を消した。蝙蝠たちは獲物を見失い、混乱している。
愚かな奴らだ。俺は影から影へと移動し、一匹の真下を取ると、背中の触手を槍のように伸ばして腹を貫いた。
キィイイッ!
甲高い悲鳴を上げて、蝙蝠が絶命する。他の蝙蝠たちはパニックだ。
俺はその隙を逃さない。壁を蹴り、天井を走り、立体的な機動で翻弄しながら、次々と鉤爪で蝙蝠たちを切り裂いていく。
それはもはや、戦闘ではなかった。一方的な、虐殺だ。
(やあやあ、コウモリ諸君! お待ちかね、俺様のリベンジタイムだぜ!)
かつて俺を蹂躙した強者は、今や俺の爪の下で命乞いをする獲物。この上ない優越感が俺を満たす。
最後の生き残りとなった一匹を、俺はわざと殺さずに地面に叩きつけた。翼が折れ、必死に這って逃げようとする。
俺はゆっくりと歩み寄り、その頭を踏み砕いた。
《【称号『復讐者』を獲得しました】》
(『復讐者』! 俺の黒歴史がまた1ページ…!)
巣を壊滅させ、全ての蝙蝠を喰らい尽くした俺は、力がみなぎるのを感じた。洞の奥で光る蜜の花を、今度は俺が喰らう番だ。
この森は、残酷で厳しい。それは変わらない。
だが、俺はその理の、頂点に立つ。喰われる側から、喰らう側へ。いや、喰らい尽くす側へ。
俺は洞から出て、夜の森を見渡した。この森には、まだまだ俺の知らない魔物がいるだろう。
(なあアリア、この森で一番強い奴はどこにいる? サクッと倒して食っちまおうぜ!)