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第2話:酸の味

最初の腐葉虫を喰らってから、どれほどの時間が経っただろうか。

俺は、ただひたすらに同じ行為――腐葉虫を溶かして喰うという、地味な作業を繰り返していた。


ジジジ、という断末魔の振動にも、最初は「うげぇ!」となっていたが、今では「はい、ごちそうさまー」と脳内再生できるくらいには慣れた。

いや、慣れたというより、生きるために脳が余計な感情をシャットアウトしているだけだ。そうでもしないと、心が持たない。


捕食を終えるたびに身体に満ちる温かい力。それが、このクソゲー世界で唯一の報酬だった。

力がつくにつれて腐葉虫を溶かす時間は短くなり、狩りは完全に作業と化した。攻撃力が2から3、3から4へと上がっていく。たった1の差が、絶望と楽勝を分ける。それがこの世界のルールなのだ。


《お、今日も順調だねー。なかなかいいペースじゃん》


頭の中のアリアは、まるでゲーム実況者みたいに軽い。


(ペースも何もないだろ……。これをやらなきゃ死ぬだけなんだから……。なあアリアさんよぉ、俺、いつまでこんな地味な虫溶かし作業を続ければいいんだ? このプルプルボディのまま、一生を終えるとかマジ勘弁なんだけど)


俺の弱音に、アリアは楽しそうに笑った。


《馬鹿だなぁ。ずーっとスライムのままなわけないじゃん。この世界、ちゃんとご褒美ガチャが用意されてるんだから。キーワードは「進化」だよ》


(進化……ですと!?)


《そ。魔物は特定の条件を満たすと、より強力な種族に生まれ変われるの。きみみたいなプロト・スライムの場合、ある程度の強さに達したときが目安かな。その時に、それまでに何をどれだけ捕食したかで、進化の方向性が変わってくるんだ。面白っしょ?》


進化!

その言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の希望の光! 待ってろよ俺のイケメンボディ!

明確な目標ができたことで、心が俄然軽くなった。


(進化したら……手とか足とか、生えてくるのか!? イケメンフェイスもオプションで!)


《さあねー。それはきみの頑張り次第! いろんなものを喰えば、いろんな進化の可能性があるかもよ? ま、いつまでも最弱の腐葉虫ザコばっか喰ってたら、大した進化は期待できないけどね! チャレンジ、大事!》


アリアの言葉は、俺の背中を蹴飛ばすには十分だった。

そうだ、こんな安全地帯でモタモタしてる場合じゃない! もっと強くなるために、効率のいい狩場へ行くぜ!

俺は意を決し、いつもより深く、森の奥へと身体を進めた。


《あ、そっちのルートはちょっと強いのがいるかも。こっちの水辺の方なら、ちょうどいい相手がいるよ》


アリアの的確なナビゲートがなければ、俺はとっくに死んでいただろう。

腐葉土の匂いに混じって、水の匂いがする。少し開けた場所に出ると、そこには緑色の濁った水が溜まった小さな沼地が広がっていた。

そして、そのほとりに、ソイツはいた。


体長は15センチほど。ぬめった緑色の皮膚を持つ、一匹の蛙。だが、ただの蛙ではない。背中には不気味な黄色の斑点が浮かび、大きな目がギョロギョロと俺を捉えている。

その視線には、腐葉虫にはなかった明確な「殺意」がマシマシで宿っていた。


《おっと、出たな。「酸弾蛙アシッド・フロッグ」。名前の通り、酸の弾を吐いてくる厄介なやつだよ。きみより格上だね。どうする? 逃げる?》


どうする、じゃない。俺の身体は、蛙の殺気に当てられて完全にフリーズしていた。

怖い。腐葉虫とは格が違う。あれは「敵」だ。俺を殺る気マンマンだ。


俺が動けずにいると、酸弾蛙の喉が大きく膨らんだ。やばい!

ヒュッ!という空気を切る音と共に、黄みがかった水滴が飛来し、俺の身体のすぐ横の地面に着弾した。


ジュウウウッ!


腐葉土が焼け焦げ、白煙が上がる。強烈な酸!

もしあれが直撃していたら……。想像しただけで、ゼリー状の身体がブルブル震えた。

その時、俺の身体にかすかに酸の飛沫がかかった。

一瞬、灼けるような痛みを感じたが、すぐに身体がその異物を分解しようと蠢き始める。


《【条件を満たしました。身体が強酸への適応を開始します。スキル『酸耐性 LV.1』を獲得しました】》

《【微小なダメージを受け、身体が再生機能を活性化させました。スキル『自己修復 LV.1』を獲得しました】》


(なんだこれ……ラッキーパンチならぬ、ラッキースプラッシュ!? 死にかけたらスキルゲットとか、どんなドM仕様だよこの世界!)


《あー、ラッキーだね。さっきの酸の飛沫がちょっとだけかかったみたい。それで耐性を獲得したんだ。きみの種族、環境適応能力も高いからさ。これぞ主人公補正ってやつ? ま、耐性レベル1じゃ、直撃したら普通に溶けて大ダメージだけどね!》


それでも、希望の光だった。俺は無力じゃない! この身体には、可能性がある!

酸弾蛙が、再び喉を膨らませる。二射目が来る!


俺は咄嗟に、ありったけの力で地面を蹴った。ぬるり、と身体が滑り、木の根の影に隠れる。

直後、さっきまで俺がいた場所に酸の弾が着弾し、激しい音を立てた。あぶねー!

心臓ないのに、心臓がキュッとなった!


逃げるか? いや、この鈍足じゃすぐに追いつかれて嬲り殺される未来しか見えない。

やるしかない。進化して、こんな惨めな姿から卒業するんだ!


(やる……やってやる……! ここで諦めたら試合終了だって、どっかの監督も言ってたしな! 俺、バスケはしたくないけど死にもしたくない!)


へたれで臆病な俺の心に、生存本能という名の獣が無理やり火をつけた。

俺は木の根の影から、敵を観察する。

酸弾蛙は、俺が隠れた場所を警戒して、ギョロリとあたりを見回している。攻撃の射程は、およそ3メートル。連射はできず、一発撃つごとにチャージタイムがある。


チャンスはその一瞬!

俺は覚悟を決めた。酸弾蛙が痺れを切らしたように、こちらへ向かってぴょん、と跳ねる。距離が詰まる。


(今だ!)


俺は木の根の影から飛び出した。蛙の注意を真正面から引きつける。

驚いたように一瞬動きを止めた蛙が、勝ち誇ったように喉を大きく膨らませ始めた。狙い通りだ!

俺は全力で酸弾蛙に向かって突進するフリをして、その寸前で、フェイント! 身体を横に滑らせ、その背後に回り込むようにして、全身で覆いかぶさった!


(ギャッ!)という悲鳴にも似た鳴き声が、俺の身体の内側で響く。やったぜ!

だが、腐葉虫の時とは訳が違った。


ブジュウウウッ!!


内側から、凄まじい熱と痛みが俺を襲う。

酸弾蛙は、俺の身体に覆われたまま、その全身から酸を分泌し始めたのだ!

俺のプルプルボディが内側から溶かされていく!


【HPが2減少しました。残りHP:6/8】

【HPが2減少しました。残りHP:4/8】


やべえ勢いでHPが削られていく! HPゲージ! ゲージ見てる暇ないって!

俺の消化液と、蛙の分泌する酸。どっちが先に相手を溶かしきるかの、我慢比べだ!


(痛い! 痛い! 溶ける! 俺が溶けちまう! でもここで引いたら負けだ!)


恐怖で意識が遠のきそうになる。だが、ここで力を緩めれば、俺は確実に殺される。

俺は必死に蛙の身体を締め付け、全力で消化液を分泌させた。蛙の皮膚が溶け、肉が削げ、骨がきしむおぞましい感触が伝わってくる。

同時に、俺の身体もまた、端の方からぶくぶくと泡を立てて消滅していく。


【HPが2減少しました。残りHP:2/8】


もうダメだ。限界だ。

だが、その瞬間、蛙の抵抗がふっと弱まった。


《【HPが全回復しました。最大HPが5上昇しました】》

《【攻撃力が2上昇しました】》

《【防御力が2上昇しました】》

《【スキル『捕食吸収』の熟練度が上昇しました】》

《【スキル『酸耐性』のレベルが2に上がりました】》

《【条件を満たしました。敵の能力を解析し、スキル『酸分泌 LV.1』を獲得しました】》


脳内に怒涛のメッセージが流れ込む。勝利のファンファーレだ!

溶けかかっていた俺の身体が瞬時に再生し、力がみなぎる。

身体の内側では、酸弾蛙だったものが完全に消化され、俺の一部と化していた。


強くなった! 死ぬ思いをして、格上の敵を喰らった結果、俺は飛躍的に強くなった。

そして、新たなスキルまで手に入れた。『酸分泌』!

これで、俺もあの蛙のように、酸を武器として使えるのだ。

恐怖と、安堵と、そして今まで感じたことのないほどの高揚感。


(なあアリア……見たか? 俺、やったぞ!(ドヤァ))


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