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第三章 結婚の条件(1)

【ヴィラ歴421年9月】

 

 ホークが求婚して三カ月後、フィーヌはロサイダー領に旅立つことになった。

 王都からロサイダー領までは馬車で三日かかる。だんだんと変わってゆく街並みを眺めていると、自分が見知らぬ地に嫁ぐのだと実感が湧いてきた。


「本当に荒れ地なのね……」


 ロサイダー領に入ると、周囲には荒野が広がっていた。

 土地が痩せているのは知っていたけれど、ここまでだとは思っていなかった。ところどころに農地はあるのだが、ひょろりとした植物が生えているだけで王都で見た青々とした畑とは全く違う。

 

 間もなくすると土色のレンガを重ねた建物がいくつも立ち並んでいるのが見えてきた。町に入ったのだ。


(町の中は栄えているように見えるけど……食料の品数は少ないわね)


 ちらりと見えた店の軒先には、保存がきく根菜ばかりが並んでいた。きっと、自領では育たないので近隣から輸送してくるしかなく、結果的に鮮度を保てる根菜ばかりになっているのだろう。


(わたくしの力でここを改革できるかしら?)


 今まで住んでいた地域とは全く違う状況に不安が込み上げるが、フィーヌは頭を振ってそれを振り払った。


(できるかしらじゃなくて、やらなきゃなのよ!)


 フィーヌはホークに嫁ぐと決めた際、当主の妻となるからにはロサイダー領を豊かにするよう尽力しようと誓った。フィーヌは決意を新たに、膝に置いた拳にぐっと力を籠める。

 

 程なくして馬車はロサイダー家の屋敷に到着する。車窓から見える石造りの堅牢な建物は、いかにも軍事要塞といった見た目をしていた。


(ここが……)


 ホークに嫁ぐと決めてからロサイダー領について勉強してきたものの、初めて見る光景に圧倒される。

 カタンと馬車が停まると、外からドアが開けられた。フィーヌの元に、片手が差し出された。


「ロサイダー領にようこそ、ご令嬢」

「お出迎えありがとうございます、閣下」


 フィーヌはホークの手を取ると、お礼を言う。

 屋敷の前にはずらりと軍服を着た人が並んでいた。ロサイダー領の戦士達だ。


(さすが辺境伯ね。王都の貴族の屋敷とは全然景色が違うわ)


 フィーヌは内心で驚く。


「部屋は既に用意してある。案内しよう」

「はい、ありがとうございます」


 ホークが歩き出したので、フィーヌは彼を追いかけた。

 ロサイダー家の屋敷は領主館及び軍事施設を兼ねているだけあり、実家であるショット侯爵家はもちろんのことダイナー公爵家よりも大きかった。


「とても広いし、複雑な構造をしているのですね」

「敵襲に遭った際は要塞になる建物だから、初見の者が容易には目的の部屋に辿り着けないよう、わざと複雑にしてある」

「へえ」


 フィーヌは今来た廊下を振り返る。言われてみれば、無機質な石造りの廊下は目立った目印もなく、まるで迷路のようだ。


 歩くこと数分で、ホークはとあるドアの前で立ち止まった。


「ここだ」

 

 ホークがドアを開く。

 ドアの向こうには、上品で機能的な部屋が広がっていた。木目調の家具はどれもずいぶんと年季が入っているように見えるが、大切に使われていたようで壊れてはいない。

 王都の高級ブティックで見かけるような華美な装飾はなく、純朴な印象を受けた。


「とても使いやすそうなお部屋ですね。ありがとうございます」

「ああ」


 ホークは視線を部屋の壁際に向ける。


「夫婦の寝室は隣の部屋、俺の私室はその向こうにある。到着したばかりで疲れているだろうから、ゆっくりしてくれ。夕食は一緒に摂れるか?」

「はい、是非」


 フィーヌは頷く。


「では、そのように手配しよう。それと、我々の結婚式なのだが……先日までの国境防衛で多くの被害者が出た影響で、ロサイダー領全体が喪に服している。だからその──」


 ホークは口ごもる。


「承知しております。挙式はなしでも構いません」


 フィーヌの言葉に、ホークは眉根を寄せた。

 

「しかし、女性にとっては特別なものだと聞いたことがある。だから、喪が明けたら実施しよう」

「本当になしで構わないのです。結婚式はお金がかかりますし、書面上わたくし達はもう夫婦です」

「気を遣わせて悪いな」

「いいえ、お気になさらずに。領民に寄り沿わねば、受け入れていただけませんから」

「そうか」

 

 相槌を打つホークの表情が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


「きみの侍女になる予定の者だが、今夜から登城予定だ。俺は打ち合わせがあるので私室に戻るが、それまでに何か困ったことがあったら遠慮なく声をかけてくれ」

「はい、かしこまりました。ありがとうございます」

 

 フィーヌは深々と頭を下げ、ホークを見送った。

 部屋にひとりになったフィーヌはドサッとソファーに倒れ込む。


「ホーク様は紳士的だし、屋敷の方達も好意的。うん、上手くやっていけそうな気がするわ」


 意図しない縁だったけれど、もしかしたら思いがけない良縁なのかもしれない。


(夕食の時間まではあと一時間か。何して過ごそうかしら? ……そうだ!)


 できるだけ早くここに慣れたいので、屋敷のどこに何があるか屋敷で働く人々のことを知りたい。


(ホーク様に頼んで、どなたかに案内していただこうかしら?)


 確か、寝室のその奥は彼の私室だったと言っていたのを思い出し、フィーヌは寝室の奥に向かう。ドアを開けようとドアノブに手を伸ばしかけたとき、ドアの向こうから話し声が聞こえることに気付いた。


(もう打ち合わせが始まってしまったのかしら?)


 そうならば、案内を頼むのはあとにしたほうがいいだろう。夜になればフィーヌ付きの侍女も来るはずだから、急ぐ必要もない。


 そう思ったフィーヌはその場を離れようとする。しかし、ふとドア越しに聞こえてきた声に動きを止めた。



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