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第二章 辺境伯に求婚されました(1)

 舞踏会の翌日。フィーヌは妹のレイナと共に父であるショット侯爵の執務室に呼び出された。


 執務用の椅子に腰かけるショット侯爵と向き合って、フィーヌとレイナは立つ。ショット侯爵が手に持っているのは上質な書簡で、赤い封蝋にはダイナー公爵家の家紋が入っている。


「フィーヌ。これはどういうことか、説明しなさい」


 ショット侯爵は、静かにフィーヌに問いかける。

 

「わたくしはお姉さまを止めたんです! でも、邪魔するなとわたくしの手を振り払って休憩室に──」


 聞かれてもいないのに先に口を開いたのはレイナだった。

 わざとらしく肩を揺らし、事実と異なることを熱弁している。


「それは事実なのか、フィーヌ?」


 ショット侯爵は険しい顔でフィーヌを見つめる。


「事実ではありません。わたくしはレイナにドレスの後ろが乱れているから休憩室で直すように勧められ、休憩室に行きました。しばらくすると、あの場で別の方と待ち合わせしていらしたロサイダー卿がいらしたのです」

「別の方?」

「バナージ様です」


 フィーヌが言い終わるや否や、「ひどいわ!」と声が響く。


「いくら自分の立場を守りたいからって、わたくしやバナージ様に責任を押し付けるなんて──」

「押し付けてないわ。事実を述べたまでよ」

「まだそんなことを! お姉さま、あんまりです。見損ないましたわ」

 

 ぐすんとでも言いたげに目をうるうるとさせ、レイナは訴える。


「見損なう? その言葉、そのままお返しするわ」


 フィーヌが言い返したのと同時に、部屋にドンッと鈍い音が響く。ショット侯爵が拳で机を叩いたのだ。

 

「ふたりとも、やめなさい!」


 ショット侯爵は声を荒らげる。


「とにかく、ダイナー公爵家からフィーヌとの婚約破棄、およびレイナへの婚約申し込みが来ているのは事実だ。これがどういう意味だか分かるっているのか!?」

「もちろんです。公爵家からの申し入れとなれば我が家が断れないことは承知しております」


 フィーヌは神妙な面持ちで答える。

 本当は笑顔で「喜んで破棄しますわ! ふたりともお幸せに!」と言いたいところだが、さすがにそれは自重した。

 

「ダイナー公爵家は今回のフィーヌの浅はかな行動に対して、ひどくお怒りになっている。レイナはそれでいいのか?」


 ショット侯爵はレイナを見る。

 

 「わたくしにできることなら、喜んでお受けします。バナージ様はお姉様のひどい仕打ちにとてもショックを受けていました。これからはわたくしがしっかり支えていき、両家の橋渡しをしたいと思います」


 レイナは胸に手を当てて熱弁する。

 あたかもフィーヌの尻拭いをするために自分が犠牲になるかのような言い草だ。

 我が妹ながら、このねじ曲がった性格は誰に似たのだろうかと驚きを禁じ得ない。

 

「そうか……。フィーヌもそれでいいな?」

「婚約破棄については謹んでお受けする旨、昨晩既にバナージ様にはお伝えしております。帰宅が深夜だったため、お父様へのご報告が遅くなったことについては申し訳ありませんでした」


 フィーヌはショット侯爵に深々と頭を下げる。

 バナージとはもう二度と関わりたくないので、この話もさっさと切り上げたかった。


 ショット侯爵はレイナとフィーヌを交互に見つめ、はあっと深いため息を吐く。


「理由はどうであれ、ダイナー公爵家から不興を買ったことは事実だ。フィーヌは三カ月間、謹慎して反省するように」

「はい」

「では、ふたりとも部屋に戻りなさい」


 フィーヌは深々とお辞儀をしてから、部屋を出る。ドアが閉まる間際、隙間から見えるレイナの口元に笑みが浮かんでいるのを見逃さなかった。


 

 

 

 休憩室に閉じ込められる事件が発生してから二週間が経った。

 貴族院への婚約解消の届け出も受理され晴れて婚約者不在となったフィーヌは、お気に入りのソファに座ってふうっと息を吐く。


 「ようやく婚約解消できて、清々するわ。これから何して過ごそうかしら?」


 ひとりごとを呟く声が明るくなってしまうのはご愛敬。

 あんなクズみたいな男とようやく婚約破棄できたのだ。これが喜ばずにいられようか。


(でも、結婚はまだいいかな)

 

 今年で二十歳になったフィーヌは、貴族令嬢としては今まさに結婚適齢期を迎えていた。

 いつまでも独り身の娘が屋敷にいては家族に申し訳ないので結婚相手を探す必要があるのはわかっているが、元婚約者の印象が悪すぎて、しばらく婚約などしたくない。


 それに、今回の婚約破棄の理由が理由だけに、フィーヌが条件の良い縁談を掴むのは難しいだろう。

 心配した友人が教えてくれたのだが、どうやらバナージはあの日の一件を自分の都合がいいように歪曲して社交界で話して回っているようだ。

 その証拠に、ここ数日で何通か来た男性からの手紙は全て既婚者や婚約者がいる人からだ。きっと、フィーヌのことを身持ちが悪くちょうどいい遊び相手になる女だとでも思っているのだろう。


「ブレイン伯爵って、つい先日浮気がばれて奥様が宿泊施設に乱入してきたから裏口から裸で逃げ出したって噂になっていた方よね? 懲りないのね」


 フィーヌは届いたばかりの手紙をぽいっとごみ箱に捨てた。


「……ロサイダー卿にはご迷惑がかかっていないといいのだけど」

 

 フィーヌはぽつりと独り言ちる。

 フィーヌがこの状況なら、ホークにも少なからず悪評が立っているはずだ。


(本当に、お気の毒に──)

 

 ホーク・ロサイダーはここヴィットーレの北の国境を守る辺境伯だ。これまで幾度なく繰り返された外国からの侵略を一騎当千の活躍で撃退し続ける英雄である一方、敵を容赦なく斬り捨て全身が返り血に染まる様はまるで死神のようだと恐れられている存在だった。


 そのため、ホークは辺境伯という高位貴族でありながら、多くの貴族令嬢から恐れられている存在だった。

 ましてや、領地は隣国からの攻撃に晒される危険な地だ。



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