(6)
◇◇ ◇
フィーヌからもう助ける気はないという想定外の訣別の手紙が届いたダイナー公爵家は混乱に陥っていた。
「お前がテーゼなんか買おうって言うからこんなことになったんだ!」
バナージは怒りに任せ、レイナを怒鳴りつける。
「ふざけないで! わたくしは買おうだなんて一言も言っていないわ。お姉様がテーゼという土地がいいと言っていたと伝えただけよ! あなたの責任でしょう!?」
「なんだとっ」
カッとなったバナージは激情に任せてレイナの左頬を思いっきり引っぱたいた。パシンと大きな音がして、レイナが床に倒れ込む。
「何するのよ! ひどいわ! お父さまとお母さまにすら叩かれたことなんて一度もないのに!」
左頬を押さえながら、レイナはぎゃんぎゃんと騒ぎ出した。
「大体、お前が俺を騙したんだろう! 大した神恵でもないのに」
「神恵を持ってすらいないくせに、えらそうに言わないでよ!」
レイナは手に持っていた扇をバナージの顔に投げつける。
「もううんざりよ。こんな家出て行くわ」
「待て、どこに行く!」
「どこでもいいでしょう!」
レイナは吐き捨てるように言うと、自分の部屋に閉じこもってしまった。
(くそっ、こんなはずじゃ──)
バナージはぐしゃっと髪の毛を掻きむしる。
そのとき、家令が近づいてきた。
「旦那様、お客様がお見えです」
「それどころじゃないと、見てわからないのか!」
「ですが、銀行の方でして。昨日までにお支払いの予定だった金額が支払われていないため、こちらに受け取りに来たと」
バナージはびくっと肩を揺らす。
「追い返せ、いないと言え」
「ですが、先ほどの言い争いで外まで旦那様の声が聞こえていました」
「いないと言え!」
家令を一喝したバナージは、屋敷の奥へと逃げ込む。
(このままだと破産だ。一体どうすれば…)
震えながら、ふとここがかつてフィーヌとホークを閉じ込めた場所──大広間の横にある休憩室であることに気付く。
『後悔なさいませんか』
ここ最近何度も聞こえる幻聴が、また聞こえた気がした。