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バナージの元に、不動産関連の大規模な競売にテーゼの土地も出されるという情報が入ったのは、フィーヌ達が帰宅した数日後のことだった。元々買おうとしていたシートも同じ競売で出品されていたので、情報を集めているうちに耳にしたのだ。
「レイナ。フィーヌが言っていたのは本当にテーゼで間違いないんだろうな?」
バナージはレイナに念押しする。リゾート開発については熱心に調べていたつもりだったが、テーゼという地名は初耳だった。
「間違いないわ。土の精霊に言われたって」
「でも、あの日の晩、レイナは眠りこけてただろ? 聞き間違えってことはないか?」
「あれはあの役立たずなメイドがカップを間違えたからよ! とにかく、聞き間違いじゃないわ」
レイナはむきになって言い返した。
フィーヌ達がダイナー公爵家にやって来た日、ふたりはフィーヌに睡眠薬を飲ませ、あたかも酔いつぶれたフィーヌがバナージのところに一夜の戯れを誘いに来たかのような演出をする予定だった。
ホークに対して〝元婚約者が忘れられない憐れな女〟と印象付け、ふたりの仲を引き裂こうとしたのだ。
しかし、結果として眠りこけたのはレイナのほうで、計画は失敗に終わった。状況から、睡眠薬が入っていたカップを給仕したメイドが間違えた疑いが強い。
「本当の本当に聞き間違いじゃないな?」
「しつこいわね。聞き間違いじゃないって言っているでしょ!」
レイナは怒ったように語気を強める。
「じゃあ、レイナを信じるよ。何がなんでも買い占めよう」
フィーヌが土の精霊から聞いたことに信ぴょう性が高いことは、既にナルト金山の一件でわかっている。ならば、この儲け話を逃す手はない。
夕方、バナージが競売の会場に到着すると、表には思った以上にたくさんの馬車が停まっていた。これらはみな、競売に参加する人々のものだろう。
(どうやら本当に注目されているようだな)
王都の一等地にも引けを取らない集客ぶりだ。
中に入るとさらに熱気が籠っており、多くの人々が開始を今か今かと待っているところだった。
「皆さま。本日はお集まりいただきありがとうございます。最初の土地は──」
進行の司会の合図で、次々と価格が入札されていく。バナージはその様子をじっと眺めた。
「次は、テーゼです。最低価格500万リーンから開始します」
司会が大きな声で叫ぶ。
(500万か。想像より安いな)
平米当たりの値段を考えると、買おうとしていたシートの五分の一だ。
「600万」
バナージが札を入れる。すると、すかさず「700万」と別の参加者が札を入れた。
土地の価格は800、900と順調に上がっていった。
「2000万」
バナージが再び札を入れる。
会場にどよめきが起きる。
「2000万が入りました。他に札入れするお客様はいらっしゃいませんでしょうか?」
司会の興奮した声に、参加者たちは顔を見合わせる。
(競り落とした)
バナージがほくそ笑んだそのとき、「3000万」という声がした。
バナージはハッとしてその声がしたほうを見る。シルクハットを被った男に見覚えはないので、金回りのいい平民だろう。
(生意気なっ!)
苛立ちと共に、「3500万」とバナージは叫ぶ。すると、先ほどと同じ男が「4000万」と言った。
会場により一層大きなどよめきが起きる。
(4000万!? 嘘だろ?)
4000万と言うと、元々狙っていたシートよりもはるかに強気な価格だ。シートは既に開発が開始していることを考えると、全く手つかずのテーゼにこの額が付くのは考えられないことだった。
(俺は公爵だぞ。あんな男に負けてたまるか!)
「5000万!」
「6000万」
バナージが札を入れるや否や、男も新たな札を入れる。
バナージがぎりっと奥歯を噛みしめた。
(どうする……。だが、フィーヌが土の精霊に聞いた場所なら間違いないはずだ)
バナージが用意した今日の予算額は上限3500万だった。すでに大幅な予算オーバーだ。
「な、7000万!」
「8000万」
涼しい顔で入札をする男を、バナージは睨み付ける。
男はバナージに睨まれていることに気付いているのかいないのか、涼しい表情を浮かべたままだ。
「1億!」
バナージは叫ぶ。
「1億! 1億です!」
司会者が興奮して叫ぶ。
(どうだっ!)
バナージはキッと男を睨む。男は小さく首を振った。
「1億! 1億でテーゼの土地が落札されました!」
司会者がバナージの落札を宣言する。
(よし、勝った)
満足すると、どっと疲れが押し寄せる。バナージはどさっと椅子の背もたれに凭れかかった。
(金をどうするかな)




