(3)
「あっ」
フィーヌは声を上げる。カランコロンと音を立ててフォークが転がる。
「ごめんなさい。新しいものをいただいていい?」
「もう、仕方がないわね。本当に鈍くさいところ、変わってないわよね」
レイナは文句を言いつつも、立ち上がってサイドボードに歩み寄る。メイドを呼ぶためのベルが、サイドボードの上に置かれているのだ。
(今だわ)
レイナの視線が逸れたその隙に、フィーヌは自分とレイナのティーカップを入れ替えた。
リーン、リーンとベルが鳴り、レイナが戻って来る。
「すぐに来るはずよ」
「ありがとう、レイナ。助かったわ」
フィーヌはにこりと微笑む。
「この紅茶、美味しいのよ。是非飲んで」
「ええ、ありがとう。いただくわ」
フィーヌは入れ替わった、元々レイナのものだったカップを手に取ると、それをゆっくりと飲んだ。
レイナはじっとその様子を見守っていたが、フィーヌが紅茶を飲んだのを確認すると安心したように自分も紅茶を飲み始めた。レイナの白い喉が上下して、飲み物が喉を通過してゆく。
コンコンとノックする音がして、メイドが新しいフォークをフィーヌに届けた。再びそのメイドが外に出たのを見送ってから、フィーヌはようやく口を開いた。
「そうそう、先日旦那様と一緒に遠出したの」
「遠出?」
「ええ。土の精霊にとってもおすすめだって教えられた秘密の場所があって、そこを視察しに行ったのよ。海が美しくて本当に素敵な場所なのよ。まだ殆ど誰にも知られていないけれど、リゾート地として開発する計画もあるらしいからいつかレイナも行ってみて。うちも別荘を建てようと思っているわ」
「へえ、そんな場所があるの。ちなみに場所はどこ?」
「知りたい? でも、どうしようかしら。秘密の場所だから」
フィーヌは困ったように首を傾げる。
その仕草は、レイナの知りたいという欲求に火を付けた。
「いいじゃない。わたくしとお姉様の仲なんだから」
「そうねえ。じゃあ、絶対に秘密よ?」
フィーヌは散々もったいぶってから、レイナの耳元に口を寄せる。
先ほどまで元気だったレイナはどこか虚ろな目をしており、今にも寝そうだ。
「テーゼよ」
フィーヌは見るべきものが何もない、荒れ地の名を告げた。
◇ ◇ ◇
一方その頃、バナージとホークは応接室に移動して酒を酌み交わしていた。
「それにしても、驚いたよ。ロサイダー領にダイヤモンド鉱山があるとはね」
「ああ。俺も驚いた。人生は何があるかわからないな」
ホークはグラスに注がれた酒を一口だけ飲んだ。
「何も知らないような顔をして、さすがはホーク・ロサイダーだな。学生時代から、隙がない」
「どういう意味だ?」
ホークは怪訝な表情を浮かべ、バナージを見る。バナージは、ふんっと笑った。
「しらばっくれるなよ。お前、フィーヌのことを利用するつもりで求婚したんだろ? ロサイダー領でダイヤモンド鉱山が見つかるなんて、その作戦は大成功だな? まさかあいつの地味な神恵にそんな能力があるとはな」
バナージは両肘を折り、手のひらを天井に向ける。
「俺とフィーヌが婚約破棄した直後にお前とフィーヌが婚約していて、いくらなんでも早すぎるからおかしいと思ったんだ」
「お前もすぐにレイナと婚約していただろう? 人のことを言えるのか?」
ホークは素っ気なく言い放つが、バナージはにやにやと笑ったままだ。
「ヴィットーレの軍神も所詮は欲に目が眩んだ男ってことだな。あいつ、性格は面白みの欠片もないけど顔は美人だから、横に置いておいて見せびらかすにはちょうどいいよな」
(思った以上に気分が悪いな)
ホークは膝の上で拳を握る。
今すぐここで決闘を申し込んで首を掻き切ってやりたいところだが、フィーヌはそれを望んでいないだろう。
ホークはぐっと我慢した。
「ところで、これからもフィーヌを貸してくれないか? あんな力があると知りながらひとり占めにするなんて、ひどい話だ」
「……フィーヌを貸すことによる俺のメリットは?」
「もちろんただとは言わない。とっておきの儲け話を教えてやるよ。実は、とある地域がもうすぐ大規模なリゾート地として開発される予定だ。出資しておくと、儲かるぞ」
バナージは声を潜め、ホークに囁く。
「俺たちは親戚であり、辺境伯家と公爵家というヴィットーレを代表する名家だ。お互いに協力しようじゃないか」
ホークはしばらく黙り込んでから、おもむろに口を開いた。
「考えておこう」
協力などするわけがない。フィーヌとホークは、ダイナー公爵家を敵と見なしているのだから。
だが、それを教えてやる義理はない。
勝手に転落していく様を見るのも、一興だ。
◇ ◇ ◇




