(2)
四人でテーブルを囲んだ会食は、ひどくつまらないものだった。喋っているのはバナージばかりで、そのほとんどが彼自身の自慢話なのだから。
「フィーヌ。これからまた金山開発の事業を広げようと思っているのだが、土の声が聞こえるきみにひとつアドバイスをもらいたいと思ってね」
フィーヌは手に持っていたカトラリーを置き、バナージを見る。
「もちろんそれはよろしいのですが……わたくしのアドバイスなどでいいのでしょうか?」
「フィーヌは大切な友人であり、レイナの姉だからな。是非お願いしたい」
なんて白々しいのだろうかと、気持ちが冷えてゆく。
その大切な友人でありレイナの姉でもあるフィーヌに対して『役立たず』と暴言を吐き、ふしだらな女だと汚名を浴びせたことを、彼らは覚えていないのだろうか。
(虫唾が走るわ)
嫌悪感が込み上げる。
「……わたくしが土の声を聴いたところ、バナージ様には是非ともリリト金山とナルト金山の中間地点にある山脈の辺りを掘っていただくのがいいと」
「リリト金山とナルト金山の中間地点だな? おい、地図を!」
バナージは使用人に地図を持ってこさせると、位置関係を確認する。
「なるほど。たしかにここに山脈があるな。もっと詳しい場所はわかるか?」
「はい。わかります」
フィーヌは頷いた。
「この辺りに滝があり、その近くに六本の杉が六角形状に並んで生えている場所があるはずです。そこから西に三百メートル進んだ場所から掘り始めるのがいいでしょう」
「滝の近くに、六角形状に並んだ杉だな。わかった!」
バナージは興奮気味に頷く。
「フィーヌ。やはりいざというときに頼りになるのはきみだ」
「まあ、バナージ様ったら。でも、そんなお言葉をいただけるなんて光栄です」
フィーヌは照れたように、頬を赤らめる。
(バカな人)
フィーヌは冷ややかな目でバナージを見る。
滝の近くにある六角形状に生えた杉があるというのは、フィーヌの作り話だ。どんなに捜してもそんなものは見つからないだろう。
そして、なんとか奇跡的に金鉱脈を見つけたとしても、その埋蔵量は僅かしかない。きっと、あっという間に掘り尽くしてしまうだろう。
「ねえ、お姉様とふたりでお話したいわ。いいでしょう?」
ふいに、レイナがフィーナに笑いかける。
「ええ、もちろんよ」
フィーヌは頷く。立ち上がろうとすると、ホークが彼女の手を軽く引いた。
ホークはフィーヌの耳元に口を寄せる。
「気を付けろ」
フィーヌはハッとしてホークを見返す。
ホークが魔眼の神恵を持っていることは、本当の夫婦になった頃に彼から聞いた。きっと、彼にはレイナの悪意が見えているのだろう。
(何か仕掛けてくるってことね)
フィーヌは了承の意を込めて、小さく頷いた。
レイナに案内されたのは、彼女の私室だった。広々とした豪奢な部屋は、ダイナー公爵家の女主人が使う部屋だ。
「久しぶりに訪問した、ダイナー公爵家はどう? 懐かしいんじゃない?」
「そうでもないわ」
「……っあ、ごめんなさい。お姉様はこの部屋に入ったことがないはずなんだから、懐かしいわけないわよね」
レイナはフィーヌをちらっと見つめ、さも申し訳なさそうな顔をしてみせる。
「お姉様も知っての通り、先代のダイナー公爵が亡くなってバナージ様が当主になられたから、わたくしがここの女主人をしているの。広すぎてただでさえ管理が大変なのに、いろんな家門の方がひっきりなしに訪ねてきて大忙しだわ」
レイナは困ったように眉尻を下げ、ふうっと息を吐く。
「その点、ロサイダー領でよかったわね。地理的に、貴族同士のお付き合いなんてないのでしょう? 羨ましいわ」
(さっきから、マウント取った気にでもなっているのかしら?)
正直言って全く羨ましいとは思わないが、おだてておくのがいいのだろうとフィーヌは判断した。
「公爵夫人って大変なのね」
「まあ、そこまででもないけど。音楽を聞きに行ったり、お茶会に行ったりして息抜きをしているわ。お姉様は息抜きするとき、どんなところに行くの?」
「最近は乗馬を教えてもらったから、馬を走らせて散歩をしているわ」
「馬を走らせて散歩? さすがは辺境伯夫人ね。随分と個性的だわ」
どこかバカにしたような声色で、レイナは相槌を打つ。
そうこうするうちに、ドアがノックされてメイドが入ってきた。
「お飲み物とおつまみをお持ちしました」
メイドが運んできたティーカップをフィーヌとレイナの前に置く。
(ポットじゃなくてカップで出すなんて珍しいわね)
ちらっとメイドの顔を見ると、目が合った瞬間に彼女はびくっとした様子を見せて、フィーヌから目を逸らした。
(わかりやすい子ね。何か入っているのかしら?)
レイナもしくはバナージに命令されてやっているのだろう。
さすがに毒ということはないだろうから、睡眠薬か媚薬のたぐいでフィーヌの不貞でもでっち上げようとしているのだろうか。
メイドが出て行ったのを見計らい、フィーヌは紅茶と一緒に出された菓子に添えられたフォークを、わざと手に当てて床に落とした。




