(6)
フィーヌは色とりどりに咲き誇る花を眺めていた。
「この屋敷がこんなに花の園になるなんて、信じられません。奥様、さては豊穣の女神の生まれ変わりですか!?」
「まあ、大袈裟ね。でも、喜んでもらえて嬉しいわ」
「大袈裟ではありません! ロサイダー領ではあまり植物が育たないと皆が諦めていたのに、こんな景色が見られる日が来るなんて。農産物も軒並み豊作ですし、領民はみなフィーヌ様に感謝していますよ」
アンナは拳を握って、フィーヌの功績がいかに素晴らしいかについて力説する。
こんなふうに褒められるのには慣れていないので少し恥ずかしい気もするが、感謝されるのは嬉しくて胸の奥がむず痒い。
「ねえ、アンナ。日差しが強くなってきたから、日傘を取ってきてもらってもいいかしら?」
「もちろんです。少しお待ちくださいませ」
アンナは頷くと、足早に屋敷の中へと消えていく。
彼女の姿が完全に見えなくなったことを確認してから、フィーヌは花壇に向かって「ヴァル!」と呼びかけた。
「ヴァルのおかげ植物がよく育つって、みんな感謝しているわ。ありがとう、ヴァル」
すると、咲き誇る花の隙間からひょこっとヴァルが顔を出した。
ヴァルは土の精霊なので、土があるところであればどこでも現れることができるのだ。
「オイラのおかげ?」
「ええ、そうよ。本当にみんな、感謝しているの」
「そっか。へへっ」
ヴァルは嬉しそうに頬を掻く。
その様子を見ていたら、フィーヌまで嬉しくなった。
「そういえば、フィーヌに聞かれて教えてやったナルト金山だけど、採掘が本格的に始まったみたいだぞ」
「そう。よかったわ」
「オイラは全然よくないぞ。なんであんなやつ助けるんだよ」
ヴァルは不満げに腰に手を当てる。
ヴァルはバナージのことを昔から嫌っているので、フィーヌが彼を手助けしたことが気に入らないのだろう。
「下準備をしているのよ」
「下準備?」
「ええ、そうよ。わたくしに散々無礼を働いたから、ちょっと懲らしめてあげようと思って」
「へえ、そりゃいい考えだ。何をするのか、オイラも聞いても?」
「もちろんよ。ヴァルがいないとできないもの」
フィーヌはにこっと笑う。
そのとき、日傘を取りに行っていたアンナが戻ってきた。
「お待たせいたしました」
「ううん、大丈夫よ。ありがとう」
「どういたしまして。あ、あと、本日の郵便物が届いておりました」
「どこから来ていたかは覚えている?」
「ダイナー公爵家からです」
フィーヌはそれを聞き、ぴくっと動きを止める。
(かかったわね)
一度助ければ、バナージは必ずまたフィーヌの力を利用しようとするはずだ。
自分達が優位にいると思い込んでいるそのときほど、人を陥れやすいときはない。
「そろそろ戻るわ」
「え? もうですか? せっかく日傘をお持ちしたのに」
「ええ、ごめんなさい。喉が渇いてしまって」
フィーヌは申し訳なさげに微笑む。
今は花よりも、その手紙を読むほうが先だ。
その日の晩、フィーヌは届いた手紙を持ってホークの部屋を訪ねた。
「飲むか?」
サイドボードの前に立つホークが手に持っているのは、今年採れた果実で作られた果実酒だ。
熟成期間が短い分アルコール度数も低く、ジュース代わりにもされる一品だった。
「いただくわ」
ソファーに座るフィーヌが頷くと、ホークはグラスふたつに果実酒を注ぎ、フィーヌの横に座った。
「フィーヌからこんな夜更けに俺の部屋を訪ねてくるのは珍しいな。何か進展があったのか?」
「ええ、これを見て」
フィーヌはポケットから今日届いたばかりの手紙を取り出す。
内容は、アドバイス通りにナルト山を試掘して金鉱脈が見つかったことや、これからも高位貴族である公爵家と辺境伯家同士仲よくやっていこう、是非ダイナー公爵家に来てほしいという旨が書かれていた。
「よくもまあ、俺達をあの屋敷に招待しようと思うな。どういう神経しているんだ?」
ホークは呆れたように呟く。
その言い草に、フィーヌは思わずくすっと笑ってしまった。
ダイナー公爵家は即ち、ホークとフィーヌが出会った場所だ。
舞踏会会場の片隅にある休憩室のドアを閉ざして閉じ込めた上に衆人環視の中不貞行為で糾弾するという一連の事件を仕組んだくせに、自分が陥れた相手であるフィーヌを招待するなんて、相当図太い神経をしていることは確かだ。
「俺とフィーヌのふたりを招待か。まあ、十中八九、何か企んでいるんだろうな」
「ええ、そうでしょうね」
フィーヌは頷く。
バナージはずる賢さに関しては侮れないのだ。
「それで、俺の聡明な妻は一体どんなことを企んでいるのかな?」
ホークはフィーヌを抱き寄せる。
「企むだなんて。少し助言をしに行くだけです」
「助言か。たしかにそうだ。フィーヌは助言をしただけであり、何が起ころうと結果の責任はダイナー公爵にある」
ホークは喉の奥でくくっと笑う。
「それでこそ、ロサイダー家の妻だ」
「ふふっ。お褒めいただき光栄です」
「きみは最高だよ」
ホークはフィーヌの肩をぐいっと抱き寄せる。
「久しぶりの王都だから、楽しみです」
「そうだな。存分に楽しもう」
ホークは頷くと、意味ありげに笑った。




