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【ヴィラ歴423年8月】
バナージはこの日、屋敷から馬車で三時間ほどの場所にある、ダイナー公爵領の西のはずれ──ナルト山のふもとにいた。
急ごしらえで建てられた作業小屋から、落ち着きなく山肌を見つめる。
すると、バナージの視線の先から作業小屋に向かって足早に駆けてくる人影が見えた。
「旦那様、試掘作業が終わりました。さっそくこれが──」
走ってきた男──ダイナー公爵家で今鉱山管理を一任されているリベルテは、息を切らして片手を差し出す。
拳ほどの石をバナージは受け取る。見ると、ずっしりとした重みの石の中にキラキラとしたものが見えた。
「やったぞ。金鉱石だ」
「はい。金鉱石でございます」
リベルテはこくこくと頷く。
「出てきたのはこれだけか?」
「いえ。これ以外にもいくつか採掘されましたが、急いでお知らせするために手ごろな大きさのものをお持ちしました」
「俺が実際に見に行く。案内しろ」
バナージは見つかったばかりの金鉱石を作業小屋のテーブルに置くと、小屋の外に出る。
急な傾斜を登った先に竪穴が掘られており、多くの作業員が作業をしていた。
「本日の試掘で採掘されたのはこちらです」
リベルテは竪穴の出口付近を指さす。そこには、大小さまざまなサイズの石が積まれていた。どの石もキラキラしたものが見えるので、金鉱石だろう。
「今日だけでこんなに採れたのか?」
「はい」
「やったぞ! よくやった!」
バナージは興奮気味に叫ぶ。
(やはり、フィーヌの神恵は役に立った。あいつは利用価値がある)
久しぶりの朗報に、気分が浮き立つ。
「ここに本格的な採掘所を建設する。すぐに手配に取り掛かれ」
「かしこまりました」
リベルテは了承の意を込め、バナージに頭を下げた。
そこからは、これまでどんなに試掘しても新しい金鉱脈に辿り着けなかったのが嘘のように、万事がうまくいった。バナージは屋敷で美酒を飲みながら、事業の復興に酔いしれる。
「ねえ、バナージ。マダムシンシアでドレスを買いたいの。いいでしょう?」
甘えたようにまとわりついてくるのはレイナだ。
「ああ、好きにしろ」
「あと、ドレスに合わせて宝石と靴も新調したいのだけど──」
「いくらでも買うといい」
バナージはふたつ返事で了承する。ナルト金山があれば金はいかようにもできる。
「やった。ありがとう、バナージ」
レイナはバナージの首に両手を回すと、体を摺り寄せる。バナージはそんなレイナを片手でぐいっと押しのけた。
「ちょっと、何よ」
「酒が零れるだろ」
レイナは不服そうに、ぷくっと頬を膨らませる。
その様子を見て、バナージは内心でため息を吐いた。
以前は可愛いと思えたレイナが段々と見た目ばかりを気にする頭が空っぽの女に見えてきたのはいつからだろう。
「それよりもレイナ。近く、フィーヌ達をここに招待しようと思う」
「お姉様を? どうして?」
「考えても見ろ。ナルト金山はフィーヌの助言を聞いて見つけることができたんだから、あいつを懐柔しておけば役に立つ。いい関係を築いておくべきだろう?」
「ふーん。つまり、利用するってことね? でも、そんなに協力してくれるかしら?」
「あいつはまだ子供がいない。もしロサイダー辺境伯との間に亀裂が入ったら、すぐに追い出されるはずだ。そのときフィーヌが頼れるのは誰だと思う?」
そこまで言うと、レイナもぴんと来たようだ。
「ロサイダー辺境伯との仲を裂くのね? でも、ロサイダー辺境伯は死神って言われていたんでしょう? 上手くいくかしら?」
「死神っていうのは俺が流した噂だから気にしなくていい。それと、罠にかけるのはフィーヌのほうだ。ここに招待している間に別の男を連れ込んだと知ったら、ホークはどんな反応を示すかな?」
バナージはにんまりと笑う。
冷酷だと評判の男だ。きっと烈火のごとく怒り、フィーヌをロサイダー辺境伯家から追い出すに違いない。
「いい考えだと思うわ。すぐに準備しないと」
「ああ、頼む」
バナージはグラスに残っている酒をくるりと回すと、いっきにそれを飲み干す。
(やはり俺は天才だな)
この世界で生き残れるのは、頭脳戦で勝利したものだ。
戦争が終わった今も剣を振り回しているような男に、負ける気がしなかった。
◇ ◇ ◇




