(4)
◇ ◇ ◇
バナージがフィーヌに手紙を出して、二週間が経った。
この二週間、新たな金鉱脈が見つかったという知らせはなく、バナージは苛立ちを募らせていた。
(大丈夫だ。フィーヌの性格なら、俺の願いを断るはずはない)
土の声を聴けるフィーヌであれば、この窮地をなんとかできるはずだ。
(俺に捨てられるのが怖くて、何をされても文句のひとつも言えなかった憐れな女だ。俺から連絡が来れば大喜びで返事を書くはず──)
なんなら、今回の件の礼として愛人にしてやってもいいかもしれないと思った。
フィーヌはつまらない女だったが、顔は文句なしの美人だったから愛人にするにはもってこいだ。
そのとき、バシンと大きな音がして執務室のドアが開け放たれた。
「旦那様! ロサイダー辺境伯家よりお手紙が届きました」
「かせ!」
バナージは使用人の手から手紙をひったくるように奪うと、封を切った。
ーーーーー
ダイナー公爵閣下
お手紙、確かに拝受いたしました。
久しぶりにあなたからお便りをいただき、とても嬉しく思っております。
日々お忙しいご様子、そして重責がどれほどのものか、わたくしには想像するしかありませんが――そのような中で、わたくしのことを思い出し、お声がけくださったこと、光栄に存じます。
かつてのように微力ながらでも、あなたの助けになれるのであれば、それはわたくしにとっても喜ばしいことです。ほかならぬあなたのお願いであれば、迷いはありません。
できる範囲にはなりますが、喜んで協力させていただきます。
まずは詳しくお話を聞かせていただきたく、お返事をお待ちしております。
フィーヌ・ロサイダー
ーーーー
手紙を読み終えたバナージは、にやっと笑う。
(予想通りだ。フィーヌは俺の頼みを断れない)
バナージはすぐに返事を書いた。
新たな金鉱脈を開発するならどこが適切か、フィーヌの神恵で土に聞いてほしいと。
その返事も二週間ほどで届いた。
「西部のナルト山だと?」
フィーヌからの手紙には、ダイナー公爵家の西部にあるナルト山を試掘するのがいいと書かれていた。更には、初期投資費用をロサイダー辺境伯家で負担することも記載されていた。見返りは、採掘量の10%をロサイダー辺境伯家に渡すことだ。
(採掘量の10%を? ふざけやがって)
当然無償で協力してくれると思っていただけに、苛立ちを感じる。
しかし、すぐにこれは悪い話ではないと思い直した。
(初期投資はロサイダー辺境伯家が払うなら、もし試掘してみて外れでもダイナー公爵家は被害を被らずに済む。そして、当たれば90%が懐に入る。試してみる価値はあるか……)
すぐに執務机の上に置かれた使用人呼び出し用のベルを鳴らす。現れたのは、最近リリト金山の責任者をしているリベルテだ。
「旦那様、いかがなさいましたか?」
「西部のナルト山のふもとの辺りを試掘しろ。すぐにだ!」
「ナルト山を? しかし、ようやくリリト金山西部の試掘が始まったところで──」
「そうやって、何度俺を失望させた! いいからすぐにナルト山の試掘をするんだ」
バナージが怒鳴りつけると、管理人は肩を竦めて「かしこまりました」と言い、部屋を出て行く。
その後姿を見送ってから、バナージはどさっと背もたれに体を預けた。
「ナルト山か。全く目を付けていなかったな」
これまで、ダイナー公爵領の北部に位置するリリト金山の周辺ばかりを試掘してきた。しかしナルト山は西部にあるのでその範囲からは外れており、今まで全く注目してこなかった地域だ。
(もし本当にフィーヌの神恵が関与しているなら、金鉱脈が見つかるはずだ)
バナージは手紙をもう一度最初から目でなぞる。
丁寧で美しい文字は、婚約していたときと変わらない。
(フィーヌの神恵が影響しているかどうか、結果はすぐに出るはずだ)
もしもフィーヌの神恵が影響しているなら……すぐにこの手に取り戻さなければならないと思った。




