(3)
フィーヌはハッとして聞き返す。
ダイナー公爵家は代替わりしており、今の当主はバナージだ。
「なんの用だか知らないが、今になってぬけぬけと手紙をよこすとは、ダイナー公爵はなかなか肝が据わった男のようだな」
すぐ横から冷ややかな声が聞こえ、部屋の空気がスーッと冷たくなるのを感じた。
丁寧な口調だが、ホークの様子から彼が相当不愉快に思っていることをフィーヌは敏感に感じ取った。
(一体なんの用?)
フィーヌは困惑気味に封筒を見つめた。
「今、読んでみても構いませんか?」
「無論だ」
ホークが頷いたので、フィーヌは目配せしてアンナを下がらせる。
封を切ると、中には便箋が入っていた。
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フィーヌへ
久しぶりだが、元気にしているだろうか。
日々の政務や執務の合間、ふと婚約者だったころのきみの姿が脳裏をよぎることがあるよ。
俺の方はというと、相変わらず多忙な毎日だ。公爵家の当主として采配を振るう以上、当然といえば当然のことだ。
事業もまた試練という名の風にさらされ、真に価値ある者だけがその中に立ち続けることを許される。まあ、簡単に言えば、いま一度、己の力を試されている時期とでも言おうか。
こうした時こそ、周囲の人間の価値が問われるものだ。
この機会に、きみの価値を周囲に知らしめるチャンスを与えたいと思っている。ダイナー公爵家と手を組めるのは、ロサイダー辺境伯家にとっても悪くはあるまい。
俺の望む答えをわかっているはずだ。期待している。
バナージ・ダイナー
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手紙を読み終えたフィーヌは、それをホークに手渡す。
「どう思います?」
ホークはざっとその手紙に目を通してから、はあっと息を吐いた。
「ダイナー公爵家の一番の収入源であるリリト金山の採掘量が急激に減っている。それに、領地の農業生産量も減っている。今になってきみの有能さに気付くとは愚かだな」
ホークは手紙をテーブルの上に置くと、コツコツと人差し指でテーブルを叩く。
「傲慢だな。実に不愉快だ」
「同感です」
フィーヌは口元に笑みを浮かべる。
この手紙からは、バナージの傲慢さが随所から滲み出ていた。
公爵家の当主であることを鼻にかけ、フィーヌが今もバナージを気に掛けているのを当然だと考え、この俺がお前を覚えていることをありがたく思えと思っていることがありありと感じられる。
「まさか、助けるのか?」
「いいえ。でも、ただ断るだけじゃ面白くないと思いませんか?」
「それもそうだ。フィーヌ、きみはもうロサイダー家の人間だ。こんなにバカにされたんじゃ、しっかりやり返さないと」
「ふふっ、そうですね」
フィーヌは頷く。
「きみが望むなら、俺が消してもいいが?」
「いいえ、大丈夫です。ホーク様の手をあんな人の血で汚したくありません」
ホークは目を細めると、フィーヌの顎を掬い深いキスをする。
そのキスを受け入れながらもフィーヌは考える。
彼が言うとおり、もしフィーヌが望めばホークはあっという間にバナージをこの世界から消し去るだろう。
(『敵は徹底的に叩き潰せ。望むものは手段を選ばず奪い取れ』だったかしら)
国防を司る辺境伯家らしく、実に苛烈な家訓だ。けれど、嫌いじゃない。
「どうやって懲らしめてあげようかしら」
「きみの気の済むままに。いくらでも協力する」
「うふふ。ありがとうございます」
どうせだったら、心の底から後悔させてやりたい。
こんな風に思うようになったのは、フィーヌがロサイダー辺境伯家の一員としてその色に染まったからだろうか。
フィーヌは人知れず、口元に笑みを浮かべた。