第八章 歓迎しない手紙(1)
【ヴィラ歴423年6月】
最近何をやっても上手くいかない。
ダイナー公爵家のバナージ・ダイナーはイライラを募らせていた。
「おいっ! まだ新たな金鉱脈は見つからないのか!? この前の試掘も上手くいかなかったから、大損だ!」
「そうは言われましても、鉱山開発は鉱脈を発見するまでが一番難しいので──」
「黙れ! 自分の無能を棚に上げるんじゃない! お前はクビだ!」
カッとなって思わず鉱山管理人を怒鳴りつける。
びくっとした管理人は、バナージに頭を下げるとそそくさと逃げるように去っていった。
(くそっ! どいつもこいつも使えない!)
闘病中だった父が儚くなったのは、バナージがレイナと結婚して数カ月ほどした頃だった。
それに伴い嫡男であったバナージは父のあとを継ぎダイナー公爵家の当主となり、領地経営を始めた。しかし、その頃から徐々に農作物の収穫高が減り始めた。更にはダイナー公爵家の大きな収入源であったリリト金山の採掘量も減少の一途を辿っている。
危機感を覚えたバナージは新たな金鉱脈の発掘と、新事業への出資を開始した。しかし、どれもこれも上手くいかず、借金は嵩むばかりだ。
そのとき、部屋のドアが開いて「バナージ!」と明るい声がした。
「ねえ、見て! マダムシンシアの新しいドレスよ。今度、侯爵家のお茶会に呼ばれているからそのときに着ようと思って」
部屋に入ってきたのは、真新しいドレスを着たレイナだ。
新しいドレスを見せびらかすように、その場でくるくると一回転する。
「またドレスを買ったのか!?」
「また? まだ今月二着目よ? 今度のお茶会はファッションリーダーとして有名なリアーナ夫人が来るから、負けるわけにはいかないのよ。あ、ドレスに合わせて靴と宝石も買ったから、明日届くはずよ」
悪びれる様子もなく言い放ったレイナに、バナージは絶句する。
マダムシンシアは王室も御用達にしている完全オーダーメイドの高級服飾サロンで、一着作るだけで庶民が一年間生活できる額がかかる。更に、靴と宝飾品も買ったとなるとその額は数倍に膨れ上がっているはずだ。
「もうたくさん持ってるだろ! 今すぐ返品して来い!」
「なんですって? 返品なんてできるはずないじゃない。完全オーダーメイドなのよ? それに、靴と宝石は今日注文したばっかりなんだから!」
怒るレイナを見て、バナージは苛立ちを募らせる。
(人が金策に奔走してるって言うのに──)
かつては十分なたくわえがあったダイナー公爵家の金庫は、度重なる事業への投資失敗とレイナの浪費で既に空に近い。それでも領民からの税金があれば安定した収入になるはずだったのだが、農作物の不作で想定よりかなり税収が少なくなっていた。
早急になんとかしなければならないのに、ダイナー公爵家の女主人であるレイナはそんなことお構いなしに浪費を繰り返し、お茶会や夜会などで遊び惚けている。
(あどけなくて少しばかなところが可愛いと思っていたが、こいつと結婚したのは失敗だった)
もしもフィーヌと結婚していたら、彼女はあらゆる手段を使ってダイナー公爵家を建て直すために奔走してくれただろう。過ぎたことだが、後悔が押し寄せる。
「ドレスなんかより、前に頼んだ神恵の件はどうなったんだ? 農作物が不作になっている。レイナの緑の手の力を使えばなんとかなるはずなんだから、早く対応してくれ」
「そんなの無理よ。わたくしの神恵は『緑の手』だけど、鉢植えの植物の育ちが早くなるとか、バラ園の一画は虫を寄せ付けずに育てることができるとかだもの。あっ、屋敷の温室にあるお花は見た? とっても綺麗だったでしょう? わたくしの神恵で綺麗に育てているの」
レイナは朗らかに笑う。
(神恵を使って、温室の花? 誰に見せるわけでもない、ただの花にその力を使っているのか?)
期待外れもいいところだ。
バナージの中で、何かがプツンと切れる音がした。
「いい加減にしろ! 今、どういう状況なのか考えろ!」
「はあ? わたくしに『俺と結婚したら一生何ひとつ不自由せずに生きていける』って言ったのはどこの誰よ? 約束を破る気?」
「あのときはまだリリト金山の採掘量も多かったし、何年も連続して豊作が続いていた! 今は違うだろう!」
「そんなの、わたくしのせいじゃないもの。領主はあなたなんだから、あなたがなんとかすべきでしょう!」
不機嫌を露わにしたバナージに、レイナも負けじと言い返す。
「何よ、甲斐性なし!」
レイナはヒステリックに叫ぶと、バタンとドアを閉じて出て行った。