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◇ ◇ ◇
ホークが王宮にいたその頃、フィーヌは城下にあるとある商会を訪ねていた。
「お嬢様。お久しぶりでございます。お元気そうでなによりでございます」
「ええ、ありがとう。本当にお久しぶりですね、ロバート」
フィーヌは久しぶりに会うロバート──ダイナー公爵家の金鉱山事業責任者を見つめ、目を細めた。
かつては数か月おきに顔を合わせていたけれど、ロサイダー領に嫁いでからは一度も会っていない。半年ぶりに会う彼は、少し痩せて頬がこけたように見えた。
「少し痩せたのではなくて? きちんと食べているの?」
「はい。食べております。ただ、最近仕事が忙しく──」
ロバートは口ごもる。
その様子からは、彼が疲弊しきっていることが見て取れた。
「一体何があったのか、話してくれない?」
「それは……」
ロバートは口ごもる。
既にバナージの婚約者でも何でもない存在になったフィーヌに内情を話すのはためらわれたのだろう。
「わたくしは既にロサイダー辺境伯夫人だけど、同時にダイナー公爵家の女主人であるレイナの姉でもあります。何か力になれるかもしれないわ」
「失礼いたしました。それもそうですね。……実は、ここ最近リリト金山の金の産出量が落ちています。私の予想では、そろそろ掘り尽くしてしまうのではないかと懸念しておりまして──」
ロバートはテーブルの上で組んだ両手を落ち着きなく組み替える。
「なるほど。それは一大事ね」
フィーヌは頷く。
「旦那様は早急に新しい金鉱脈を探すようにと仰るのですが……」
ロバートは途方に暮れたような顔をした。
この様子では、現時点で新たな金鉱脈を掘り当てられる見込みは立っていないのだろう。
「そういうことなのね」
フィーヌは悩ましげに息を吐く。
「たしかに新しい金鉱脈を見つけるなんて、一朝一夕でできることじゃないわ。あなたも大変ね」
フィーヌはロバートをちらっと見る。
「実は、ロサイダー領で新たな鉱山が複数見つかったの。鉄鉱石とダイヤモンドよ」
「鉄鉱石とダイヤモンド鉱山が!? それは本当ですか!?」
ロバートは驚いたような顔をする。
「ええ、本当よ。それで、今それらの鉱山の管理人をしてくれる人を捜しているのだけど、なにぶんロサイダー領で鉱山が見つかるのは初めてだから、適任者を見つけるのに苦労しているの」
「確かに、鉱山管理の知識を持っている者はわが国でもそう数が多くありません」
フィーヌは「ええ、その通りね」と頷く。
「そこで提案なのだけど、ここを辞めてロサイダー領にいらっしゃらない? もちろん、報酬は弾むわ」
フィーヌはロバートの様子を窺う。
目を丸くして驚いているようではあったが、興味は持ったようだ。
「これはロサイダー領で採掘されたダイヤモンド鉱石よ」
フィーヌは持参したダイヤモンド鉱石を一粒、ロバートに手渡す。ロバートはそれをまじまじと眺め、「これは本当にダイヤモンド鉱石ですね」と唸った。
「わたくしと一緒に、ヴィットーレで一番の鉱山開発企業を作りましょう」
フィーヌは微笑みかける。
「しかし、私はダイナー公爵に救っていただいた御恩が──」
ロバートはフィーヌから視線を逸らす。
「ええ、わかっているわ」
フィーヌは頷く。
平民のロバートの才能を見出してダイナー公爵家の主幹事業のトップに据えたのは、今は病床に伏しているダイナー公爵だ。彼がダイナー公爵に対してただならぬ恩を感じていることは、フィーヌも知っていた。
フィーヌはカバンから一枚の紙を取り出すと、そこにペンで文字を走らせる。
「これは、わたくしの連絡先よ。気が向いたら是非連絡してほしいの。いつでも待っているわ」
メモを差し出すと、ロバートはおずおずとそれを受け取り、じっと見つめる。
「じゃあ、そろそろわたくしは行くわ。会えて嬉しかったわ。ごきげんよう」
「はい。お嬢様もお元気で」
ロバートはハッとしたように顔を上げると、フィーヌの顔を見つめてから深々と頭を下げた。
フィーヌは立ち上がり、事務所をあとにする。
(まあ、上々かしら?)
はなから今日すぐに説得できるとは思っていなかった。
ロバートに興味を持ってもらっただけでも、十分な成果だ。
それに、ロバートが恩義を感じているのはダイナー公爵であって、バナージではない。長く病床に伏しているダイナー公爵に万が一のことがあったら、彼はこのままここに留まり続けるだろうか。
遅効性の毒はゆっくりと回り、体を蝕んでゆく。
気づいたときにはもう、取り返しがつかないのだ。




