(3)
「いいえ、全く」
フィーヌははっきりと言い切る。
祝福する気持ちなど、海の砂一粒程度も持ち合わせていない。
「奇遇だな。俺もなんだ」
ホークはつまらなそうに言う。
「だから帰ろう」
ホークは決定事項と言わんばかりにフィーヌの手を取ると、出口に向かって歩き出す。
きっと、フィーヌが居心地が悪く感じているのに気付いて早めに連れ出してくれたのだろう。
(ホーク様がいてくれたおかげで、助かったわ)
繋がれた手をぎゅっと握ると、返事をするように軽く握り返された気がした。
◇ ◇ ◇
結婚式の翌日、ホークは国王に謁見するため王宮にいた。
「ホーク・ロサイダー、ただいま参上いたしました」
ホークは片膝を床に突き、頭を下げる。
「うむ。長旅ご苦労であった。面を上げよ」
謁見室の一段高くなっている場所にある玉座に座っている国王が、鷹揚に頷く。
ホークは顔を上げ、国王を見上げた。
「半年ぶりだな、ロサイダー卿。こんなに早くそなたと再会できるとは思っていなかったぞ」
「妻の家族の結婚式に参列するために参りました」
「妻というと、ショット侯爵令嬢だったか?」
「はい。さようでございます」
ホークは頷く。
「そうか。結婚生活はどうだ?」
「思った以上に楽しいものになっています」
ホークはふっと表情を緩める。
ホークの様子を窺っていた国王は意外そうに片眉を上げた。
「そなたがそんな表情をするとはな。これも伴侶を得て変わったということか」
国王は愉快そうに笑う。
「それはそうと、陛下に贈り物を持ってまいりました」
「ほう? そなたが贈り物とは、珍しいな」
国王は少し上体を前に乗り出した。
「して、その贈り物とは?」
「ダイヤモンド鉱山です」
「ダイヤモンド鉱山!?」
国王は驚いたように聞き返す。
周囲に控えていた文官達からも、ざわめきが聞こえてきた。
それもそのはずだ。ダイヤモンドはヴィットーレ国内ではほとんど産出されず、ダイヤモンド鉱山は極めて珍しい。
「一体どういうことだ?」
「実は、数カ月前にロサイダー領内で偶然ダイヤモンド鉱石を発見しました。詳しく調べたところそこに鉱脈があることが判明したのです」
ホークはそこで、片手に抱えていた木箱を自分の前に差し出す。
「こちらをご覧いただけば、信じていただけるかと」
もったいぶった様子で開けた木箱の中には、ロサイダー領で採れたダイヤモンド鉱石が入っていた。
文官がホークの持ってきた木箱を持って国王の近くに持って行くと、国王は鉱石を手に取る。そして、それを謁見室の灯りにかざして眺めた。
「たしかに、ダイヤモンド鉱石のように見えるな。昔見たものに似ている」
「専門家に間違いなく本物だと鑑定をいただいております。もしご心配なら、再度鑑定に出していただいてもかまいません」
「なんと。ロサイダー領に本当にダイヤモンド鉱山が……」
国王はまだ信じられない様子で、しきりにあごひげを撫でている。しかし、手にはしっかりとダイヤモンド鉱石を握ったまま放そうとはしなかった。
(思った通り、興味を持ったな)
ホークは内心でほくそ笑む。
「先ほど申し上げた通り、このダイヤモンド鉱石が採れたダイヤモンド鉱山の利権は国王陛下に献上いたします」
「ほ、本当によいのか?」
国王は興奮したように声を上ずらせる。
「もちろんです。そのかわり、ご相談があります。もしも我が領地にダイヤモンド鉱山があることを隣国に知られれば、彼らは今以上に我が国の領土を欲するでしょう。もちろん手のひらほどの領地も明け渡すつもりはありませんが、我がロサイダー領の戦士達も兵站なしでは十分に戦えません」
「たしかにその通りだ。ロサイダー領への軍事支援金を増額しよう」
国王は一二もなく軍事支援金の増額を決めた。
「ありがたき幸せにございます。これからも陛下の剣として精いっぱい務めさせていただきます」
「うむ。頼んだぞ。そなたのような者を真の忠臣と呼ぶのだろう。ところで、本日そなたが持参したこの──」
国王は手に持っているダイヤモンド鉱石とまだ木箱に残っているそれらをちらちらと見る。
「そちらは国王陛下に献上するために持ってきたものです。どうぞお好きな形に研磨してご使用ください」
「そ、そうか」
国王に喜色が浮かぶ。
(かかった。フィーヌの計画通りだな)
国王に渡すダイヤモンド鉱山はさほど大きな鉱脈ではない。採掘作業と研磨などの作業費を考えると、長い目で見れば軍事費のほうが高くなる。
謁見室を退室したホークは、口元に弧を描いた。




