(6)
「思ったより大きな石ですね」
「ああ。同行を頼んだ鉱石の専門家も驚いていた。しかも、質もよさそうなんだ」
ホークは機嫌よさそうに説明する。
「きみが提案してくれたとおり、二カ所の鉱山で試掘してどちらも同等の質のダイヤモンド鉱石が産出した。埋蔵量が少ないほうを、国王陛下に献上しようと思う」
「ええ、それがいいかと」
フィーヌは頷く。
ヴァルの話では、広大な土地を持つロサイダー領にはまだまだたくさんの鉱脈があるという。小さなダイヤモンド鉱山の利権を渡しても、全体からすると大した影響ではない。
「それで提案なんだが、このダイヤモンド鉱石を加工してもらってアクセサリーを作ろうと思う。付き合ってくれないか?」
「もちろんです」
フィーヌは一二もなく頷いた。
実は、ロサイダー領に来てからというもの、フィーヌはほとんど屋敷の外に行ったことがないのだ。フィーヌは馬に乗ることができないし、馬車を用意させるのも悪い気がしてなかなか外出する機会がなかった。
「では、来週休みが取れそうだから、そこで一緒に行こう」
「はい。かしこまりました」
フィーヌは笑顔で頷いた。
アンナはフィーヌの髪の毛をいつもよりも少しだけお洒落にアレンジして、毛先を巻く。
ドレスは町歩きをしても大丈夫なように、落ち着いた、けれど女性らしいものを選んでくれた。
「とっても素敵です。旦那様と初めての町デートですね」
「デートじゃないわ」
「新婚夫婦がふたりでお出かけするのです。デートじゃなかったらなんだっていうのですか」
アンナがぷっくりと頬を膨らませたので、フィーヌはそれ以上否定するのをやめた。
準備を終えて、エントランスホールへと向かう。既にホークはそこにおり、窓の外を眺めていた。
「閣下」
フィーヌはホークに呼びかける。振り向いたホークと目が合った瞬間、彼の目が驚いたように見開かれた気がした。
「どうかしましたか?」
フィーヌは不思議に思って首を傾げる。
「いや。いつもと雰囲気が違うから驚いただけだ」
「そうですか」
(綺麗だとは言ってくれないのね)
内心ガッカリしてから、ハッとする。
(わたくしったら、何を考えているのかしら)
ホークとは期間限定の夫婦関係なのだから、彼がそんなことを言ってくれるはずはないのに。
馬車に乗って連れて行かれたのは、ロサイダー領では一番歴史のある宝飾品店だった。ホークがドアを開けてくれたので、フィーヌはおずおずと店内に入る。
「わあ……」
思ったよりもずっと素敵なお店だった。クラシカルなデザインから最近若者に流行っているデザインまで多種多様に取り揃えており、王都のようなギラギラした華美すぎる宝飾品がない分、むしろフィーヌの好みには合っている。
「先日預けていたダイヤモンド鉱石はどうなった?」
「カット済みです。こちらを」
店主は奥に一旦さがると、恭しく両手で小さな箱を運んできた。ホークとフィーヌの前で箱のふたが開けられると、中には小指の爪くらいの大粒のダイヤモンドが嵌った指輪が輝いていた。
(うわー、綺麗)
フィーヌは思わず惚れ惚れとする。
フィーヌも乙女のはしくれ。宝石をじゃらじゃらとつけて着飾る趣味はないけれど、素敵なアクセサリーを見れば心がときめく。
「ダイヤモンドの価値は重さ、傷や不純物の有無、色合い、カットで決まります。こちらはどれをとっても文句なしの逸品です」
店主はにこにこしながら説明する。
「そうか。妻へのプレゼントにぴったりの逸品だ。感謝する」
ホークが機嫌よさそうに店主に礼を言うのを聞いて、フィーヌは驚いた。
「わたくしへのプレゼントなのですか?」
「ああ、それ以外誰に渡すと言うんだ?」
素っ頓狂な声を上げるフィーヌを見て、ホークは怪訝な顔をする。
「受け取ってくれ。きみのために作った」
ホークはフィーヌの左手を取って薬指に指輪をはめる。
(あ。もしかして、結婚指輪?)
結婚式をしていないフィーヌは、未だに結婚指輪をしていない。指輪はまるで最初から計ってあったかのように、フィーヌの指にぴったりとあっていた。
ホークの目元が優しく緩む。
「とても綺麗だ」
「……っ! ありがとうございます」
フィーヌは息を呑み、彼から目を逸らすと胸の前でぎゅっと手を握る。胸の鼓動が早い。
(指輪が綺麗って言ったのよ)
フィーヌは必死に自分に言い聞かせる。
勘違いすると最後に傷つくのは、自分自身なのだから。




