(5)
「えっと……もっと褒めてくれたら嬉しいと言っています。とても褒められるのが大好きな子なんです」
フィーヌはホークのそばに行くと、耳元に口を寄せてこそっと囁く。
「なるほど……。こんなに早く作業が終わるなど、さすが精霊様だ。人間の力をはるかに凌駕している。あなたがいてくれて、我々は本当に助かった。感謝しよう」
ホークはその場に跪いて、ヴァルに対して感謝の言葉を告げる。彼にはヴァルが見えていないはずなのに、まるで見えているかのように自然な所作だった。
「なんだよ、そんなに褒められたら照れちゃうだろ」
ヴァルはぽりぽりと頭を掻いて赤くなっている。元々褒められることが大好きなのでとっても嬉しそうだ。
「お前はちゃんとオイラに感謝してくれるから、また手伝ってやるよ」
「褒めてお礼を言ってくれたから、また手伝ってくれるそうです」
フィーヌはまたホークの耳元に囁く。
「そのようなありがたい言葉をいただけるとは、感謝してもしきれない。精霊様は我々の救世主だな」
「救世主? オイラが?」
「よかったわね、ヴァル」
褒められてそわそわする姿がとっても可愛くてつい笑みが漏れる。
「お前やっぱいい奴だな。オイラ、お前のことは好きだ」
ヴァルはホークを見上げ、にかっと笑った。
◇ ◇ ◇
一方その頃、王都のダイナー公爵家の一室では怒鳴り声が響いていた。
「どういうつもりだ? ここ数カ月で金の採掘量が減少している。三カ月前と比較すると、二割減だぞ!」
バシンと机を叩いて怒りを露わにしたのは、この公爵家の嫡男であるバナージだ。
そして、机を挟んで彼と向き合っているのはダイナー公爵家の金鉱山の管理を任されているロバート・キュリーだった。
「そう言われましても、鉱山開発は運の影響が大きいです。掘ってもはずれなことはままあることで、この採掘量が確保できているのは──」
「言い訳するな! お前が無能なだけだろう!」
反論しようとしたロバートをバナージは頭ごなしに怒鳴りつける。
「とにかく、さっさと金を探して掘ってこい!」
「とは言っても、具体的にどこを掘れば──」
「それを考えるのがお前の仕事だ!」
バナージは怒りを爆発させる。ロバートは肩を竦めた。
「では、フィーヌ様との打ち合わせのお時間を──」
「どうしてフィーヌが出てくるんだ。あいつはもう次期公爵夫人じゃない」
「なんですと? しかし、この件はフィーヌ様が一番精通しています」
「はっ。精通だと? バカを言うな。女のくせに一丁前に仕事をしているふりをしやがって。あんなほら吹きで無能なやつは俺から捨ててやった」
さもおかしいと言いたげにバナージは肘を折り両手を天井に向ける。その様子を見ながら、ロバートは絶句した。
「まさか、フィーヌ様をダイナー公爵家から追い出したのですか?」
「だったらなんだ? 一介の雇われ人であるお前にあれこれ言う権利はない」
あまりに想定外のことに、ロバートは返す言葉が見つからなかった。
(どうりで最近、お嬢様を見かけないと思っていた)
フィーヌは何年にもわたって数カ月おきにロバートの元を訪ねては今の鉱山運営状況を確認していた。しかし、数カ月前からぱったりと姿を見せなくなっていたのだ。
結婚式準備で忙しいのだろうかと思っていたが、まさかこんなことになっていたとは想定外だった。
「お前はそんな余計なことより、金を掘り当てることに集中しろ。……ったく、金の産出を担保に事業を始めたっていうのに──」
「新しい事業?」
「リゾート開発だよ。いいか。さっさと新しい金鉱山を見つけないとお前はクビだからな」
「……かしこまりました」
ロバートは一礼し、部屋を出る。
(あの方は本当に、金がそんなに簡単に見つけられると思っているのか?)
金鉱脈を見つけるには、河川沿いで収集された砂金などを頼りに地道な調査が必要だ。これまでダイナー公爵家が難なく外れなしに金鉱山を掘り当てられていたのは、ひとえにフィーヌの神恵のおかげだった。
「バカなことを……。せめて、公爵様がご健在であれば」
思わず口からため息交じりの声が漏れる。
ダイナー公爵の症状は悪化の一途を辿っている。
莫大な財力を盾に栄華を誇るダイナー公爵家。その地盤が崩れ始めるのを見た気がした。
◇ ◇ ◇
【ヴィラ歴421年12月】
十二月に入り、ロサイダー領にある山はすっかり雪化粧をし始める。部屋から白く染まった山肌を眺めていると、トントンとドアをノックする音がした。
「あら、旦那様」
誰が来たのか確認しに行ったアンナの声が聞こえ、フィーヌは振り返る。
「閣下。いかがなさいましたか?」
「新たに掘削し始めた場所から、フィーヌの言葉通りダイヤモンドの原石が産出された。きみにも報告しておこうと思ってな」
「まあ、見つかったのですね。よかった」
フィーヌは笑みを零す。
先日の鉄鉱山と違い、ダイヤモンド鉱山があるとヴァルから教えられた場所は屋敷からだいぶ離れていた。とても日帰りで行けるような場所ではなく、周囲に宿泊施設があるような大きな町もないのでフィーヌは留守番したのだ。
フィーヌがいないと、ヴァルに詳細な場所を聞きながらの作業ができない。
きちんと掘り当てられたか心配していたので、上手くいったようでほっとした。
「これが、そのダイヤモンド鉱石だ。ロサイダー領で初めて採掘されたダイヤモンド鉱石になるな」
ホークは親指の爪くらいの大きさの、小さな石をフィーヌに手渡す。
ダイヤモンド鉱石についてフィーヌは詳しくないが、普段見るダイヤモンドの宝石に比べてとても大きいように感じた。