(4)
一方のホークは馬を降り、フィーヌのことも腰を抱えて地面に下ろす。そして、背後にいたカールのほうに歩み寄った。
「カール、持ってきた目印を」
「はい」
同行していたカールはホークに命じられると、フィーヌが先ほど伝えた場所にてきぱきと杭を打ち込む。
「早速試掘してみるか。皆の者」
ホークの指示で、スコップを持った部下達が一斉に杭の周囲に集まり始めた。その人数、十名ほどだ。すると、それを見たヴァルはきょとんとした顔をした。
「あいつら、鉱石を掘りたいのか? 前にも言ったけど、ここは金じゃないぞ」
ヴァルは彼らを眺めながら、両手を腰に当てる。
「わかっているわ。わたくし達は、この鉱石が欲しいのよ」
フィーヌは説明する。
「その石、高価なのか?」
「ええ。鉄鉱石と呼ばれるもので、とっても価値のあるものよ」
「ふーん。じゃあ、オイラが採掘を手伝ってやるよ」
「え? 本当?」
「ああ、いいぞ。あいつはフィーヌのことを大切にしているから、いい奴だもんな」
ヴァルは部下達に何かの指示しているホークのことを指さす。
(大切にしている、か……)
ヴァルはバナージのことをよく『フィーヌを虐めるから嫌いだ』と言っていたが、ホークに関しては逆の印象を受けたようだ。
傍から見るとそんな風に見えるのだろうかと、不思議な気分だ。
ホークは確かにフィーヌのことを辺境伯夫人として尊重し、彼女のやることを後押ししてくれる。それに、食事も一緒に摂るし、フィーヌを蔑むようなことも言わない。
(初日にシェリーさんの件を聞かなかったら、きっとわたくしもそう思い込んでいたわね)
ホークが大切にしているシェリーには未だに会っていない。アンナの話では時折厨房にいるようなので行けば会えるのだろうが、会って何を話せばいいのかわからないのだ。
立ち聞きしてしまった日、〝命の恩人〟という言葉も聞こえたので、戦時中にけがをしたホークを看病してくれた女性なのかもしれないと思った。
(でも、会いに行っている気配がないのよね。いつ会っているのかしら? もしかして、もう別れている?)
毎晩フィーヌと一緒に食事をして、寝室も共にしている。日中はふたりとも仕事をしているはずだし、一体恋人といつ逢瀬を重ねているのだろうかと不思議でならない。
「フィーヌ。ぼーっとして、どうした?」
名前を呼ばれてハッとする。いつの間にか、ホークが怪訝な顔をしてフィーヌの顔を覗き込んでいた。
「ぼんやりしてしまい申し訳ありません。土の精霊が、鉱山を掘るのを手伝ってくれると言っています」
「本当か? それは助かる」
ホークは喜色を浮かべる。
鉱山の採掘において一番大変なのは鉱脈までたどり着くまでだ。いくらロサイダー領に屈強な戦士たちが揃っているとはいえ、大変なものは大変なのだろう。
「ヴァル。お願いできる?」
「任せておけ! ちょっと離れておけよ」
ヴァルは胸を張ってえっへんと頷くと、両手を大地にかざす。
すると、カタカタと地面が揺れ始め、ヴァルの足元に大きな亀裂が入った。そして、ガラガラと地面が崩れ落ちて直径三メートルほどの大きな穴が開いた。
「この一瞬で、すごいな。これが土の精霊の力か」
ホークは驚いたように呟く。
「カール。穴の中を見てきてくれ」
「はい。かしこまりました」
カールがひょいっとジャンプして穴の中に入ると、地面に触れてから上を見上げた。
「鉱石らしき石がありました」
カールは直径十センチくらいの石片を持った片手を天に向ける。
「それをくれ」
「はい」
カールが上に向かって投げると、ホークはしっかりとそれをキャッチした。そして、まじまじとそれを眺める。
「たしかに、先日フィーヌが持ってきた鉄鉱石と同じに見えるな」
「同じだって言ってるだろ。オイラを誰だと思ってるんだ。間違えるわけないんだぞ」
「我々の領地にこんなものが埋まっていたとは。精霊の力とはかくも素晴らしいものなのか」
「そうだろ、そうだろ? オイラはすごいんだ。もっと褒めていいぞ!」
ヴァルは褒められて気をよくしたようで、ホークに向かって元気よく話しかける。ホークに聞こえているわけではないはずなのに、ふたりの発言はまるで会話のように噛み合っていた。
その様子がなんだかおかしくて、フィーヌは思わずくすくすと笑う。
「精霊が何か言っているのか?」
フィーヌの様子に気付いたホークが怪訝な顔をする。