(3)
後日、フィーヌがホークに渡した石は、複数の金属の鉱石と宝石の原石だとわかった。
その中でもホークが注目したのは鉄鉱石とダイヤモンドだ。鉄鉱石は近年普及し始めた鉄鋼材料に使うためニーズが高い上に武器や防具の原料として利用できるし、ダイヤモンドは貴族達に宝飾品として絶大な人気がある。
「明日、さっそく現地調査に行こうと思う。できればフィーヌにも同行してもらいたいのだが」
夕食の席で誘われたフィーヌは、「もちろんです」と頷く。
言葉で大体の位置を教えることもできるのだが、より確度高く鉱脈を掘り当てるにはフィーヌがヴァルに聞きながら作業を進めるのが早いと思ったのだ。
ヴァルが教えてくれた場所は、屋敷から馬で三時間ほどのところにある、辺鄙な場所だった。
現地での作業時間をできるだけ多くとるため、翌朝、フィーヌ達は朝日が昇るような時間に屋敷を出ることになった。
「きみが馬に乗れないとは、意外だったな」
「習う機会がなかったのです」
ホークの馬に相乗りさせてもらいながら、フィーヌは答える。
目的地まで馬車で通れる道が整備されていないため移動は馬を使うしかないのだが、あいにくフィーヌは乗馬ができなかった。
令嬢であっても十代半ば位には乗馬を習うことが多いのだが、バナージがフィーヌが乗馬を習うことを嫌がったので、習うことができなかったのだ。
(乗馬ができたら、好きな場所に自由に行けるようになるんだろうな)
当時は落馬して怪我をしたら大変だとかもっともらしい理由を言われて言うことを聞いていたのだが、いま思えば反抗してでも習っておけばよかったと思う。
「フィーヌ。体は辛くないか?」
「はい。大丈夫です」
「疲れたら寄りかかっていいからな」
「ありがとうございます」
背後から手綱を握るホークが、フィーヌを気遣う。
「そんなに心配なさらなくても平気ですよ。意外と丈夫ですから」
「よく言う。こんなに細くて華奢なくせに」
ホークの腕がフィーヌの腰に回され、フィーヌはドキッとする。
「ホーク様はお優しいですね」
胸のドキドキを悟られないように、フィーヌは努めて明るい声で話しかける。
「妻に優しくするのは、当然だろう?」
当たり前のように言われた言葉を聞き、ドキッとした。
(妻、か……。本命の女性がいるくせに)
二年間という誓約の期間が終われば、フィーヌはここを去る。
こんな軽口は聞き流せばいいだけなのに、なぜか胸がずきっと痛んだ。
一行は予定通り、三時間ほどで目的の地域に到着した。
フィーヌは辺りを見回す。ヴァルの力によって荒野ではないものの、一面に雑草が生い茂る荒れ放題の場所だ。
「きみが言っていたのは、この辺りだが」
ホークに確認され、フィーヌは辺りを見回す。目印になるものもなく、どの辺りを掘ればいいのか確信が持てない。
「ヴァル!」
フィーヌはヴァルに呼びかける。
すると、「あいよ!」と元気な声がして地面からヴァルが現れた。
「ヴァルに前に教えてもらった鉄鉱石の鉱山って、場所はここで合ってる?」
「鉄鉱石の鉱山?」
「これよ」
フィーヌはヴァルから貰った鉄鉱石を見せる。
「ああ、合ってるよ。掘るならもう少しあっちだな」
ヴァルはフィーヌの後方を指さした。
「あの辺りだそうです」
ヴァルの言葉を、フィーヌはホークに伝えた。
「今、土の声が聞こえているのか?」
ホークはフィーヌに尋ねる。
「はい。正確に言うと、土の精霊の声ですが」
フィーヌは頷く。
(気味が悪いと思われたかしら?)
ヴァルには人間の声が聞こえるし、フィーヌにはヴァルの声が聞こえる。しかし、フィーヌ以外の人間にはヴァルの声が聞こえないし、姿も見えない。唯一の例外は神恵を持つフィーヌだけだ。
これこそがフィーヌの神恵が『土の声を聴ける』と言われる理由だったが、一見すると何もないところでひとりでぶつぶつ言っているようにしか見えないのでバナージやレイナからは『気味が悪い』とよくバカにされていた。
「素晴らしいな。本当に土の声が聞こえるんだな」
「え?」
想像していたのとは違う反応に、フィーヌは驚いた。
無条件に信じてくれるその態度に、胸の奥にむず痒さを感じる。