(2)
ホークの動きは早く、その日の夜にはロサイダー領で鉱石について詳しい人を捜し出してなんの鉱石なのか調査依頼をかけたと教えられた。
「鉄鉱石以外にも、価値があるものがあるといいのですが」
「そうだな」
ホークは頷く。
「ただ、注意が必要だな。もしロサイダー領でつぎつぎに鉱脈が見つかったとなれば、他の家門が黙っていないだろう」
「そうですね……」
フィーヌは嘆息する。
他の家門とは即ち、ロサイダー辺境伯家以外の、ヴィットーレの有力貴族たちのことだ。
辺境伯は他国から国を守るという性質上、強大な軍の保有が許されている。ただでさえそのことを快く思わない家門は多いのに、そこに鉱脈まで加わったらどうなってしまうだろう。
きっと、あまりにも力をつけすぎると不穏分子になるので力を削ぐべきだと主張し始める貴族が多数現れるだろう。
(だからホーク様は、いつも税収と支出がぎりぎり赤字になるかならないかで調整されていたのよね)
フィーヌが初めてロサイダー領の財政状況を確認した際に抱いた違和感はこれだった。
毎年、赤字になるかならないかという絶妙なラインを狙って予算のやりくりがなされているのは、意図的なものだったのだ。
つまり、ロサイダー領は世間で言われるほどお金に困っているわけではないのだ。
「考えてみたのですが、国内貴族からのそのような意見を躱すには、国王陛下のお力を借りてはいかがでしょうか?」
「国王陛下の?」
「はい。国王陛下に鉱山の権益のひとつをお渡しするのはいかがでしょう?」
「なんだって?」
ホークは眉根を寄せる。
この反応は当然だった。鉱山の権益は莫大な財を産む。ひとつだって喉から手が出るほど欲しいと思う貴族が多いのに、それを無償で渡すなど考えられない行為だ。
「幸い、わたくしは神恵によって、どの鉱山で何が採れ、それがどのくらいの埋蔵量なのかを事前に知ることができます。国王陛下に対し、そこまで大きくはないけれど有用な鉱山の権益をひとつお渡しすれば、我々の忠誠心の高さを示すことができるはずです。これこそ、他の家門にはまねできない行為です」
「なるほど。大きな利益を得るために、小さな利益を捨てるということだな? 面白い戦術だ」
ホークはにやりと笑う。
「きみに求婚したのは正解だった」
「領地に利益をもたらすという意味ですか?」
「違う。美しくて頭がよく、俺を魅了する」
ホークの手が伸びてきて、フィーヌの髪をひと房掬い上げる。
彼はその髪に顔を寄せ、触れるだけのキスをした。
「なっ」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません!」
フィーヌはふいっとそっぽを向く。
「愛する人に対しては、誠実で正直であったほうがいいと思いますよ」
「俺はいつだって誠実で正直だが?」
ホークは首を傾げる。
(この方、シェリーさんっていう恋人がいるんじゃないの!?)
訳が分からない。
「しかし、より誠実で正直であるよう努力したほうがいいかもしれないな」
「ええ、その通りです」
「なるほど。フィーヌ、顔を上げろ」
「はい?」
フィーヌが顔を上げるとすぐ近距離にホークの顔があった。
顎を掬われて、そのまま唇が重なった。
(なっ!)
びっくりしたフィーヌは、彼の胸を叩く。
しかし、鍛えられた体はフィーヌの抵抗にびくともせず、キスはかえって深くなる。
「どうしてそうなるのですか!」
ようやく解放されたフィーヌは、ホークに抗議する。
「きみがより誠実で正直でいろと言ったから、態度で示したまでだ」
悪びれる様子もなく言われ、フィーヌは唖然とする。
「わたくし、浮気症の男性は嫌いです」
「俺は浮気しない。安心しろ」
「嘘つきは大嫌いです」
「きみには誠実でいる」
フッとホークが笑いを漏らす。
(どの口が言うのよ!?)
思わず『結婚初日に、愛人に会いに行ったくせに!』と言いそうになり、フィーヌは口を噤む。
(もう知らない!)
むうっと口を尖らせると、ホークは楽しげに笑った。