(6)
「開けてみても?」
「もちろん」
フィーヌは封を切って中身を取り出す。
「結婚式の招待状ですね」
フィーヌはじっとその招待状を見つめる。
そこには、四か月後に開催する結婚式にホークとフィーヌのふたりを招待すると書かれていた。
(この日取りって──)
冷水を浴びせられたかのように、すーっと頭が冷える。
まだ婚約破棄から四カ月半しか経っていないのに四カ月後には国内貴族を多数招いた大規模な結婚式。一から準備していては間に合わない日取りだ。
しかも、その日取りはフィーヌとバナージが結婚する予定だった日と同じだった。
(随分とバカにしてくれること)
「どうする? 領地を空けられないことを理由に断ることもできるが」
「いいえ、行きましょう」
フィーヌは首を横に振る。
行かなければ、世間からは婚約者を裏切った挙句に代わりに嫁ぐことになった実の妹の門出すら祝いに来ない薄情な姉だとレッテルを貼られるだろう。
そして、行けば裏切った元婚約者の結婚式に出席する厚顔無恥な女だと陰口を言われる。
彼らは、フィーヌがどちらを選んでも立場的に辛くなるとわかっていながら招待状を送ってきたのだ。
「そうこなくてはな。ロサイダー家の家訓は『敵は徹底的に叩き潰せ。望むものは手段を選ばず奪い取れ』だ。敵を潰すにはまず情報収集をしなければな」
「あら。閣下はあのふたりを敵だと見做していらっしゃるのですか?」
言ってから、何を当たり前なことをとハッとする。
ホークはシェリーという恋人がいながら、バナージに嵌められてフィーヌを娶ることになった。少なからず、恨んでいないはずはない。
「当然だろう? 俺の大事な妻をあんな風に陥れて、侮辱した」
「そうですか」
──大事な妻。
たとえそこに愛がなくとも、ホークがフィーヌを辺境伯夫人として大切にしてくれていることはわかる。
けれど、なぜだろう。フィーヌは一抹の寂しさを感じ、ホークから目を逸らした。
◇ ◇ ◇
ダイナー公爵家には、もうすぐ執り行われる嫡男バナージの結婚式の開催に向けて続々と招待状の返事が届いていた。
「レイナ。フィーヌとロサイダー卿から参加の返事が来たぞ」
挙式準備のためにダイナー公爵家に来ていたレイナに見せるように、バナージは片手に持った封筒を上げる。
「まあ、本当ですか。お姉様たちにも祝福してもらえるなんて、嬉しいです」
レイナはにっこりと微笑んで喜びを露わにする。
「俺のレイナは優しいな。あんな姉を今も大切に思っているなんて。まるで天使だ」
「まあ、バナージ様ったら」
うふふっと笑いながら、レイナはバナージにじゃれつく。
(来ないかと思ったけど、来るなんて意外ね)
──レイナがひとつ年上の姉、フィーヌを妬むようになったのはまだほんの五、六歳の頃からだったように思う。
姉は何をするにも有能だった。家庭教師の出す宿題は常に完ぺきにこなし、ダンスのレッスンや礼儀作法も問題なし。ピアノを弾かせればまるでプロだ。
歳が近く、女の子同士。比較されるのはある程度仕方がないとしても、レイナに何かを教えてくれる教師たちは口を揃えて『フィーヌ様はこれくらいすぐにできたのに──』とぼやいた。
(お姉様がなんだっていうのよ)
そんな小さな不満の積み重なりが、レイナのフィーヌへの嫌悪感を蓄積させていく。
そして、フィーヌは十歳になる頃に神恵を授かった。『土の声を聴ける』というものだ。
神恵を持つ人は、ヴィットーレの国内でも千人いるかどうかだ。両親はフィーヌに神恵が与えられたことを大層喜んで、社交界で話して回る。そして、その噂を耳にしたダイナー公爵家から、是非長男の婚約者にと望まれたのだ。
(どうしてお姉様ばっかり)
大した苦労もなく何もかも手に入れるフィーヌが妬ましかった。
だがそんなある日、転機が訪れたのだ。
『手を植物にかざしてごらん』
頭の中に直接語り掛けるような不思議な声。その声に従い庭の草木に手をかざすと、蕾が見事に花を咲かせた。『緑の手』の力を授かったのだ。
緑の手は植物の発育を手助けするので、どこに行っても重宝される。『土の声が聴こえる』などという本当か嘘かも疑わしい神恵とは違い、誰もが欲しがる羨望の神恵だ。
案の上、レイナのところにも名門貴族からの婚約申し入れがひっきりなしに来るようになった。
中には侯爵家からのものもあったが、レイナはそれでも満足できなかった。
(お姉様が公爵家なのに、わたくしが侯爵家なのはおかしいわ)
しかし、結婚適齢期で未婚の嫡男がいる公爵家は残念ながらダイナー公爵家しかなかった。だから、奪うことにしたのだ。
顔を合わせるたびに『バナージ様!』と可愛らしく声をかけ、できるだけ自然に会話ができるように努めた。つんとした態度のフィーヌが言わないような甘える言葉を囁き、あなたがいないと生きていけないとでも言うような態度を取る。
バナージがレイナに惹かれ始めるまでに、そう時間はかからなかった。
『ねえ、バナージ様。わたくし、バナージ様とは一緒になれないのでしょうか?』
目を伏せて悲しげにすれば、バナージは『なんとかするから安心しろ』と言った。そうして計画されたのが、あのダイナー公爵家で起きた休憩室の事件だ──。
レイナはあのときのフィーヌの様子を思い返す。
(もっと悲しみに暮れて悔しがってくれたら面白かったのに)
想像以上にフィーヌがあっさりと状況を受け入れてしまったので、正直拍子抜けだった。
(だから、今度はもっと惨めな目に遭わせてあげないと)
レイナはくすっと笑う。結婚式の日が楽しみだ。




