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第一章 舞踏会で部屋に閉じ込められました(1)

【ヴィラ歴421年6月】

 

 王都にあるダイナー公爵邸。

 華やかな舞踏会の片隅で、ショット侯爵令嬢のフィーヌは困り果てていた。休憩室のドアが開かないのだ。


「開かないわ。どうしてかしら?」

「ドアを壊すことならできるが?」

「それもどうかと思います」


 フィーヌは首を横に振る。

 木製なのでいざとなったら力任せに開けることもできるだろうが、ドアはバキバキに壊れてしまう。ひと様の屋敷のドアを破壊するのは気が引ける。


「では、どうしようもないな」


 はあっと嘆息したのはフィーヌと一緒に部屋に閉じ込められている、ロサイダー辺境伯のホーク・ロサイダー──長身に黒髪、引き締まった体躯の美丈夫だ。


「失礼だが、貴女はどうしてここに? 体調が悪かったのか?」

「舞踏会に参加中、ドレスの後ろが着崩れていると教えられたのです。直すのにここの部屋を使っていいと聞いたから入室したら、あなたがいたわ」

「なるほど。そういうことか」


 ホークは頷く。


「そういうあなたは、なぜここに?」


 フィーヌはホークに聞き返す。

 ホークの様子は体調不良とは程遠い。かと言って女性を連れ込んでいるわけでもない。

 

「仕事の打ち合わせだ」

「仕事の打ち合わせ? 舞踏会の夜に?」


 奇妙な話だと思った。

 舞踏会とは人々と交流して楽しむ場であり、打ち合わせをする場ではない。


「一体どなたと?」

「バナージ・ダイナーだ」

「……そうですか」


(予想通りね)

 

 バナージ・ダイナーは今日の舞踏会会場であるダイナー公爵家の嫡男で、フィーヌの婚約者でもある。

 フィーヌがここに来る直前、王立学院時代の悪友達と酒を飲みながらバカ騒ぎをしているのを見かけた。とてもこれから打ち合わせをするようには見えなかった。

 

(つまり、彼はわたくしを陥れる作戦にこの方を選んだと)


 そう。フィーヌは近い将来にバナージが自分を悪者に仕立て上げて婚約破棄を目論むことをかなり前から予想していた。


(今の流れから判断するに、不貞行為を糾弾するつもりね)


 未婚の男女が休憩室にふたりきりで籠る。何もしていなくても、いかがわしい行為をしていたと見なされるのは火を見るよりも明らかだ。

 

 フィーナはドアノブを見つめるホークの横顔を窺う。

 

 (ロサイダー辺境伯って、たしかまだ二十五歳でバナージ様と同じ歳よね。死神将軍っていう噂を聞いたことがあるけど──)


 短い黒髪に意志の強そうな茶眼、長身で凛々しい彼はここヴィットーレの国境を守る守護神であり、容赦なく敵や魔物を切り捨て返り血に染まる姿はさながら〝死神〟のようだと恐れられている。

 しかし、不思議と軍服を身に纏ったホークに恐怖感はなく、むしろ精悍な印象を受けた。


(どうしてこの方を選んだのかしら?)

 

 正直意外だった。自分の息のかかった子爵令息や男爵令息などを脅して利用すると思っていたのに、全く無関係の、しかも辺境伯であるホークを仕向けるとは。

 

「失礼ですが、あなたはバナージ様とどこかで接点が?」

「王立学院時代、同窓だった。特に親しくはなかったが」

「そうでございますか」


 フィーヌは頷く。


(同窓だけれど特に親しくはないってことは、バナージ様がホーク様を一方的に敵視していたってところかしら……)


 敵視している理由は知らないが、おおかた〝剣の模擬戦で負けた〟もしくは〝同級生への態度を注意された〟あたりだろう。その場にいたかのように想像がつく。


「座って待つか」

「え?」

「そこのソファーがいいだろう」


 ホークが顎で指したのは、部屋の奥にあるソファーセットだった。ローテーブルを挟んでロングソファーふたつが向き合って置いてある。

 

 ホークがそこに座ったので、フィーヌもテーブルを挟んで反対側に座る。


「ところで、ドレスは直せたのか?」

「ドレスって?」

「後ろが乱れていたから直しに来たのだろう?」


 フィーヌは首を横に振る。


「いいえ、まだです。どこが乱れているのかよくわからなくって。どこか解けています?」


 フィーヌはくるりとうしろを向き、ホークに背中を見せる。


「……いや、特に解けているようには見えない」

「ですよね」

 

 フィーヌのドレスは、背中部分が編み上げになっていた。鏡越しに見る限り紐が解けている様子はなかったが、ホークから見ても解けていないということは、フィーヌをこの部屋に誘導するためのただの口実だったのだろう。

 

「申し遅れましたが、わたくしはショット侯爵家のフィーヌと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


 今さらながら、彼に名乗っていないことに気付いたフィーヌは自己紹介する。

 フィーヌは若き辺境伯であるホークのことを一方的に知っているが、彼はフィーヌを知らないはずだ。


「ホーク・ロサイダーだ。ロサイダー辺境伯の当主をしている」

「ロサイダー卿のご活躍は王都にも聞こえてくるので、よく存じ上げております」

 

 フィーヌは深々と頭を下げてから一呼吸置き、また口を開く。


「恐らくこれから、この部屋で馬鹿げた出来事が起こります。どうかロサイダー卿は『自分は巻き込まれただけで全く関係がない』と主張してください」

 

 ホークはフィーヌを見つめ、片眉を上げる。


「きみは?」

「わたくしは、何を言っても通じないでしょう。でも、辺境伯であるあなたは違います」


 ホークは何を言っているのかわからないと言いたげに、眉間に深いしわを寄せた。

 

 フィーヌの予想が正しければ、これから始まるのは彼女を陥れるために仕組まれた馬鹿げた演劇だ。ただ優秀だったが故にバナージから敵視されてこの場に巻き込まれたホークには、できるだけ迷惑をかけたくないと思った。


 そのとき、ドアの向こうから複数の足音が聞こえてきた。「ここだ!」という声もする。


(来たわね)


 フィーヌはぎゅっとスカートの上の手を握る。

 

「誰か来たようだな」


 ホークも声に気付いたようで、立ち上がる。

 どんなに回しても開かなかったドアはいとも簡単に外側から開け放たれた。


「こんなところに男を連れ込んでこそこそといかがわしい行為をするとは、見損なったぞフィーヌ! こんなふしだらな女だったとは!」

 


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