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【書籍化】拝啓、元婚約者様 捨てた私のことはお構いなく  作者: 三沢ケイ


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(3)


 カールから話を聞いたホークは、その足で厩舎に行き、馬を走らせた。乗ったのはもちろん愛馬のシェリーだ。


「なるほど。たしかに緑だな」

「はい。そうなんです。俺も最初部下から報告を受けた際は何をバカなことをと思ったのですが、実際に目にすると確かに変化していて──」


 案内したカールも困惑顔だ。


 ロサイダー領は土地は広いものの、その大部分を占めるのは荒れた大地だ。作物は育たず、荒野が広がっている。しかし、今ホークの目の前に広がっているのは青々と草が茂る原っぱだった。


「いつからこうなった? 二カ月前に視察した際は変化なかったはずだ」

「俺も正確な日時はわからないのですが、ここ一、二週間ほどだと思います」

「ここ一、二週間? 一体何が起きたんだ」

「よくわからないですけど……きっと、先の戦いにおける我々の勝利とホークの結婚を祝福して全知全能の神が贈り物をしてくれたに違いないです! もしかしたら、領地に『緑の手』の神恵を持つ者が現れたのかも」


 カールはぱっと表情を明るくして、自分の主張を繰り広げ始めた。

 ホークはそれを、話半分に聞く。

 

(緑の手ねえ……)


 たしかに、あり得ない話ではない。

 だが、神恵はその力を得るだけでも貴重な存在なので、必ず各領事館に届け出をする必要がある。いまのところロサイダー辺境伯であるホークにすら緑の手の持ち主が現れたという情報はもたらされていなかった。

 となると、他に理由がある気がした。

 

(急に緑……。ここまで広大な土地にくまなく肥料をまいたとは考えにくい。それに、作物を育てるわけでもないのに肥料を蒔く理由がない)


 誰かのいたずらというわけでもなさそうだ。

 消去法で神恵を使ったとしか思えなくなるが、緑の手の持ち主はロサイダー領にいない。

 

 そのとき、ホークはハッとした。

 

「もしや、土か?」

「え? どうしました?」


 カールは怪訝な顔でホークに聞き返す。


「いや、なんでもない。俺は屋敷に戻る。お前はここの土地で穀物や野菜が育つか早急に調査するよう、文官達に指示しておいてくれ」

「はい。わかりました」


 カールはしっかりと頷く。


「では、頼んだぞ」

「はい」


 ホークはひとり、屋敷へと馬を走らせた。



 屋敷に戻ったホークは、厩舎に馬を置くとすぐにフィーヌの部屋を訪ねた。しかし、あいにく不在にしているようで誰もいない。


(どこに行ったんだ?)


 主不在の部屋の執務机には、無造作に資料が広げられていた。そして、広げられたノートには様々な走り書きをしてある。

 その内容から、ホークはフィーヌがロサイダー領の税収の情報から医療福祉、教育、産業構造など様々な情報を、彼女は自分なりにノートにまとめているようだと理解した。


(この短期間でこれを? 大したものだな)


 結婚した日に、ロサイダー領のために尽力すると宣言したフィーヌの姿が脳裏に蘇る。彼女は約束を守ろうと努力してくれているのだろう。


「探しに行ってみるか」


 今のところ、フィーヌが屋敷の外に無断で出かけたことはない。食事を共にするとき、その日は何をして過ごしていたのか聞くと図書室に入った話や外を散歩した話をよくしているので、そのどちらかだろうと当たりを付ける。


(もしあの現象が彼女の力だとすると──)


 ホークは考える。

 ショット侯爵家もダイナー公爵領も国内有数の豊かな地域だが、歴史を紐解けばどちらもそこまで目立つ地域ではなかった。ロサイダー領のように荒野だとは言わないが、ごくごく普通の平凡な地域だ。


 それが急激に豊かになったのは、ここ十年ほどではないだろうか。

 フィーヌの神恵のおかげだったとすれば、時期的にも合う。


「ますます手放せないな」

 

 フィーヌはホークとどこか線引きしようとする。必要以上に踏み込むのをためらい、近づいても距離をとろうとするのだ。

 

(獲物は手ごわいほどやる気が出る)

 

 ホークはフィーヌのことを考え、口元に笑みを浮かべる。

 どんなに巧妙に逃げようとも、逃すつもりはなかった。

 


  ◇ ◇ ◇

 

 

 一方その頃、フィーヌは屋敷内の散歩をしていた。


「見てください、奥様。しっかり育っています。もしかしたら、蕾が付くかも」


 はしゃいだような声を上げて通路脇を指さすのはアンナだ。

 フィーヌは二週間前にヴァルの力を借りて屋敷内の土を改良したのち、アンナに頼んで花の苗を植えてもらうよう使用人に指示した。


 その苗がしっかりと土に根付き、青々と葉が茂っている。


「これはパンジーよね?」

「はい。もう秋なので、冬に咲く花を選びました」

「さすがアンナは気が利くわね。ありがとう」

「お礼を言うのはこちらのほうです。奥様のおかげで楽しみが増えました」

  

 にこにこするアンナの様子から、本当に彼女が喜んでくれていると感じた。

 王都にいるときはこんな風に喜ばれたことはなかったので、胸の奥がむず痒い。

 

「屋敷周りをぐるりと歩いてみない? ここ以外にも植えたのでしょう?」

「はい。庭師に頼んで色々と植えていただいてます」


 アンナは上機嫌に頷く。


 ロサイダー辺境伯家は広大な敷地を有している。

 敷地内に馬術練習場や射撃場、大型訓練場まであり、のんびり一周するだけですぐに一時間くらい過ぎてしまう。

 そして、それだけ広いと花を植えるスペースもたくさんあるのだ。

 

 アンナと路傍の野草を眺めながら屋敷の裏手に差し掛かったとき、ふと前方から男たちの勇ましい声が聞こえてきた。


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