(4)
「はい」
フィーヌは頷く。
「では、きみも誓いを」
促されて、フィーヌはホークの握る剣の柄に手を添える。
「この剣と全知全能の神に誓います。この地にいる間はロサイダー領のために全身全霊で尽くしましょう。見返りには、二年間子供を作らないことを」
「なんだと?」
ホークの声が一段低くなる。
「なぜそのような見返りを要求する?」
「妊娠してしまうと、女性は色々と行動が制限されますから。まずは領地を豊かにすることに専念したいのです」
フィーヌはホークに訴える。
本当は二年後の離婚を誓約にしたかったが、それはさすがに拒否されると思ったので代わりに〝子供を作らない〟とした。
貴族の当主にいつまでも子供ができなければ離婚が認められる可能性が一気に上がるが、その目安は二年とされている。
だから、二年後に離婚を申し出ようと思ったのだ。
「なるほど?」
納得したようなしていないような様子で、ホークは頷く。
「では、これにて誓約は成立だ。俺はフィーヌに辺境伯にふさわしい待遇を用意し、きみはロサイダー領のために尽力する。そのかわり、きみは俺を裏切らず、俺はきみを二年間孕ませない」
「孕ませないって……」
フィーヌは赤面する。
「きみがそう望んだんだろう?」
確かに内容はその通りなのだが、言い方というものがあるだろう。
「少しだけ痛むが許せ。血がないと誓約が成立しない」
「はい」
ホークは持っている剣でフィーヌの指先をほんの少しだけ傷つけると次は自分の手にも同じように傷をつけた。
剣にぽたりとふたりの血が滴り落ちると、ふわりと濃紺色の靄が浮き上がり、ふたりを包み込む。
(これが呪術?)
呪術はかつて、王侯貴族を中心に権力争いによく利用されていたが、今では見ることがほとんどない。フィーヌが見るのも初めてだった。
やがて靄が解け、部屋は何事もなかったのように静粛を取り戻す。
ホークは手に持っていた剣を軽々と元あった壁際の台に戻すと、再びベッドのほうに歩み寄り彼女のすぐ前に立った。
(え?)
手が伸びてきたと思ったら、顎を掬われて荒々しくキスをされた。
手で胸を押してもびくともせず、ようやく唇を解放されたときにはフィーヌは肩で息をしていた。
「な、何をなさるのですか! 二年間は子供を作らないって──」
フィーヌは抗議の意を込めて、ホークを睨み付ける。
今確かに誓約をしたのに、その直後に反故にするなんて。
「ああ、作らない」
「じゃあ、なんで──」
「子供っていうのは、ここに俺の子種を注がなければできない。知らなかったのか? それに、きみに触れないという約束はしていない」
ホークは指先でフィーヌの下腹部をなぞる。
「なっ!」
真っ赤になったフィーヌを見つめ、ホークは口の両端を上げた。
そこから先は記憶が曖昧でよく覚えていないが、ホークに翻弄されっぱなしだったように思う。
(さっき愛人のシェリーさんと愛し合ったばかりじゃないの!?)
軍人とはかくも体力があるものなのだろうか。
(もう、無理……)
やがてうとうとし始めたフィーヌは、そのまま眠りに落ちたのだった。
◇ ◇ ◇
ときは少しだけ遡る。
フィーヌを部屋に案内したあと、ホークは自分の私室へと戻った。側近のカールと、仕事の打ち合わせをすることになっていたのだ。
「奥様をほったらかして仕事していていいんですか?」
カールは部屋の隅──寝室及びフィーヌの私室に繋がるドアを見る。
「大丈夫だ。彼女には伝えた」
「なら、いいんですけど。馬車から降りてきた際に奥様のことをちらりと見ましたけど、えらい美人ですね」
「そうだな」
ホークは頷く。
長い赤茶色の髪を腰まで垂らし、大きな緑眼は長いまつ毛で縁どられていた。すっきりとした鼻に紅を差した頬、ピンク色の唇……。彼女は控えめに言っても、美人だ。
「いつまでも婚約せずに粘った甲斐がありましたね」
「粘ったわけではない。ロサイダー家に嫁ぐに適任だと思える女性がいなかっただけだ」
「奥様は適任だと? 閣下がこんなに面食いだとは知りませんでした」
「違う、面食いではない。彼女は見た目は可憐だが、肝が据わっているんだ」
ホークはやんわりと〝面食い〟という言葉を否定する。
嫁が美人に越したことはないが、フィーヌに求婚したのはそんな理由からではない。




