夜風とふたりの部屋
執筆経験は皆無で1からのスタートになります。
長く続くかは分かりませんが、温かく見守って頂けると幸いです。
これは、夜風とタバコの匂いが織りなす、ふたりの小さな日常の物語。
夜のアパート。
玄関のドアを開けると、ふわりとタバコの匂いが漂ってきた。
リビングの明かりは落とされ、カーテンの向こうのベランダから、街灯のオレンジ色が淡く差し込んでいる。
そこに――ベランダの明かりに浮かぶミナトの横顔があった。
肩まで伸びた黒髪が夜風にそよぎ、街灯の淡い光を受けて、
長いまつげの影が頬に落ちている。
指先に挟んだタバコから細い煙が立ちのぼり、その仕草すらゆったりとして、
どこか大人びた静けさをまとっていた。
「……おかえり、少年。」
ミナトはタバコをくわえたまま、肩越しにこちらを振り向き、柔らかく笑った。
その声だけで、昼間の疲れがほどけていく気がした。
「ただいま、お姉さん。」
靴を脱ぎながら、レンは少し肩を落としていた。
短めの黒髪は帰り道の夜風でわずかに乱れ、
くたびれたリュックを背負ったままの姿は、どこか少年めいた気配を残している。
けれど、その目の奥には、日々をちゃんと積み重ねてきた穏やかな光があった。
「……お疲れ、今日も頑張ったな。」
ミナトはタバコを灰皿に押しつけ、ゆったりとした動作で手元の重厚なオイルライターを指先で転がす。
レンは靴を脱ぎ終えて、ベランダへと歩み寄った。
夜風がほんのり涼しく、昼間の暑さが嘘のようだ。
「今日もさ、チームで作業だったから思ったより楽でね。」
レンはそう話しながらポケットからタバコの箱を取り出す。
「ああ……そういう日もあるだろ。」
ミナトは短く答え、視線を夜空からレンへと移した。
タバコを口にくわえるレンの仕草を見て、
ミナトは無言でオイルライターを開き、親指で弾く。
カチリ、と小さな音とともに蓋が跳ね、オレンジの炎が揺れる。
「火、貸して。」
レンがそう言うより早く、ミナトはライターをレンのタバコの先に近づけていた。
「……ほら。言わなくても、だろ。」
炎がタバコの先を赤く染め、煙がふわりと上がる。
「ありがとう、お姉さん。」
「いいんだ。……ほら、吸いな。」
二人で並んで夜風に煙を溶かす。
街灯に照らされて白い煙が薄く揺れ、少し離れた場所で虫の声が響いた。
ミナトはしばらく黙って煙を吐き、また口を開く。
「……少年、ちゃんとご飯は食べたか?」
「食べたよ。帰りにコンビニでおにぎり買った。」
「ふふ、それじゃ栄養足りないだろう。後で何か作ってあげる。」
「えっ……ほんと?」
「ああ。簡単なもんだけどな。」
そんな何気ない会話が、レンにはたまらなく心地いい。
ミナトがタバコを灰皿に押しつけ、立ち上がると夜風に揺れる髪がさらりと肩にかかった。
その仕草に、レンは思わず見とれる。
「……じっと見るなよ、少年。」
「ごめん。でも、つい。」
「……ほんと、君は正直だな。」
ミナトは小さく息をつき、レンの髪をくしゃりと撫でた。
「今日も頑張ったな。偉いぞ。」
レンの胸の奥がじんわりと温かくなり、思わず小さく笑った。
「……お姉さんがいるから、頑張れるんだよ。」
「……ったく。ほら、もう中入れ。夜風が冷える。」
ミナトはそう言いながら、視線をわずかにそらして髪を耳にかけた。
その頬が、街灯の光のせいだけじゃないかすかな赤みを帯びているのを、レンは見逃さなかった。
ミナトの言葉とともに、二人はベランダをあとにした。
夜風とタバコの匂いが残るその場所には、確かなぬくもりだけが漂っていた。
ミナト
・年齢
レンより一回り上の34歳
・外見
肩まで伸びた黒髪をゆるく下ろし、夜風になびかせることが多い。
切れ長の瞳と長いまつげが印象的で、大人びた雰囲気を漂わせている。
外ではシンプルなロングコートやブーツを好み、家ではゆったりしたシャツにラフなパンツ。
・ 性格
静かで落ち着いているが、時折見せる笑みや照れた仕草に柔らかさがのぞく。
少しだらしないところもあり、夜更かししがちだが、レンを迎えるときは必ず温かい言葉をかけてくれる。
頼れるけれど、ときどき甘える姿も見せる。
・嗜好
タバコを愛してやまないヘビースモーカー。
夜のベランダで煙をくゆらせながら物思いにふけるのが好き。
お酒は少し飲むが強くはない。
・レンとの関係
今はレンと同棲している。
彼を「少年」と呼び、そばにいるときは少し意地悪なことを言いながらも、
その実とても深く彼を大切にしている。
レン
・ 年齢
22歳
・ 外見
短めの黒髪はいつも少し跳ねていて、夜風に揺れると子どもっぽさが残る。
華奢すぎず、かといってがっしりしすぎてもいない体つき。
普段はシンプルなTシャツにパーカー、くたびれたリュックを背負っていることが多い。
・性格
素直で、時々不器用。
嬉しいとすぐ顔に出るし、照れくさいと目をそらす。
人の言葉をよく聞き、相手の気持ちを汲もうとする優しさがある。
ときおり、さりげない一言で周りを救う。
・日常
大学に通い、日々制作やチーム作業に追われている。
放課後や夜はミナトと過ごす時間が何よりの楽しみ。
タバコはミナトほどは吸わないがよく吸う。
夜風に当たりながら一服するのが好き。
・ミナトとの関係
ミナトと同棲していて、彼女のことを「お姉さん」と呼んでいる。
大人びたミナトに時々翻弄されながらも、その優しさに何度も救われてきた。
彼女といるときだけ、自分を飾らずにいられる。