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貴女へ贈る世界

作者: 夢芽

 空が真っ赤に燃えている。外からは夕焼けチャイムが淡々と鳴り響き、あたりを哀愁で包み込む。私は制服を着たまま、ただただ廊下に立ち尽くしていた。

1頭の蝶が幽玄な空間を助長するかのように窓ガラスから入り込んでくる。

蝶は私の目の前に止まるとその姿を変え、12歳ほどの少女の姿になった。顔はよく見えない。


『黄昏時は誰そ彼時とも言ってね。人ならざるものと出会うかもしれないから気をつけるんだよ』


そう言ったあの人は一体誰だったか。思い出せない。

「戻らなくていいの?」

目の前の子供が鈴を転がすような声で尋ねてくる。

「…………」

「何が正しいのかわかんないね」

そう言って彼女はくすくすと笑う。

「でも…これでいいの」

少女を見ながら、はっきりと伝える

「怖いよ。そんな目で見ないで。」

少女はわざとらしく肩を竦めるとただ一言呟いた。

「適当は駄目だよ。繰り返すだけなんだから」

次の瞬間、視界が暗転する。脳が現に引き戻される感覚。夕焼けチャイムは今も尚鳴り響いていた。





 私は1人、学校の廊下に立っていた。電気はついておらず、窓から差し込む微かな月明かりだけがあたりを照らしていた。

「…?」

私はここで何をしていたんだっけ。誰かと話していたような気がするけれどよく思い出せない。深淵を覗こうとすればするほど靄掛かって見えなくなる。あと少し、あと少しで掴めそうなのにそれを許してくれない。

窓の外はすでに厚い闇に閉ざされていた。沢山の宝石を散りばめたかのような空を見ていると、私の悩みなんかちっぽけに思える。

「何してるの?」

後ろから声をかけられて振り向くと、そこには1人の青年の姿があった。

「優陸、驚かさないで」

「驚いている様には見えなかったけど…?」

そう見えただろうか。真っ暗な廊下でこちらに向かってくる彼の姿はなかなかに不気味だったけれど。

「天の川をみてたの。」

「あぁ、」

そう言って彼は視線を窓の外に移すと、もうそんな季節か、と呟いた。

「夏海は空が好きだよね」

「…そう?空ちゃんの名前だからかも」

幼なじみで私の親友の空ちゃん。大好きな空ちゃん。

目線を優陸から空へと戻す。優陸がそんな私を微妙な目で見ていたことには気付かないふりをした。

「夏海、明日デートしよっか」

「デート?」

目線だけを優陸に向ける。

「街を適当に歩こう」

「お散歩じゃん」

「デートだよ」

彼が頑なにデートだと言い張るから付き合ってあげることにしよう。

「いいよ」

そう言うと彼は満足そうに笑ってくれた。

「そろそろ帰ろう」

優陸から差し出された手をいつものように握り、隣を歩く。

「…夏海、ここで何かに見たり会ったりした?」

昇降口に向かっている最中、そんなことを聞かれた。

彼が私を見るときの優しそうな目が好き。今はどうしてか警戒と不安が混じっているけれど。

「…?ううん、気が付いたらここにいたからわかんない」

「…そう。何かあったらすぐに言ってね」

それだけ告げると、彼はすぐに視線を逸らしてしまった。

心なしか、優陸に握られた手が痛む気がした。





 「ただいま」

ドアノブをひねりながら、誰もいない家に帰宅を告げる。

「おかえり〜!」

「え」

ドア越しに聞こえるせいか少しこもった声。今の声は。晴れた空の日みたいに清々しくて透き通った、今の声は…!

靴を脱ぎ捨ててリビングの扉を勢いよく開ける。やっぱりそうだ。私の、私の大好きな、

「空ちゃん…!」

「夏海ちゃんおかえり〜! 」

靴もあったし明かりがついていたからわかっていたけれど、やっぱり嬉しい。

「なんでここに…あっ、部屋行く?」

言ってから後悔した。私の汚い部屋に天使みたいな空ちゃんがいるなんて場違いにも程がある。

「ううん、大丈夫だよ!ちょっと顔見たかっただけだから!」

あぁ、なんて可愛いんだろう。空ちゃんの声、形、性格、一挙手一投足すべてが愛おしい。

「空ちゃん、今日の星見た?天の川が凄く綺麗だったんだよ」

「星?あーみてないかも!ごめんね!」

空ちゃんはあんまり空模様に興味がないみたい。

「とっても壮大で1つ1つが宝石みたいだったの。よかったら帰りに見てみて」

「わかった!じゃあ私そろそろ帰るね!話してくれてありがとう!」

あ…もう少し話したかったな。でも空ちゃんは忙しいから仕方ない。

空ちゃんを玄関まで見送ろうとしたときだった。

空ちゃんがあ、と何かに気づいたかのように声を上げた。

「どうしたの?」

「優陸さんだっけ?夏海ちゃんの彼氏さん。あの人のこと、あんまり信用しないほうが良いよ」

「…え、?」

あまりに突然のことだった。

「どうして…?」

「詳しくはまだ言えないんだけど…これだけは予言しておくね。優陸さんは、今日私と夏海ちゃんが話したことを聞いたらきっとこう言うと思う。」

空ちゃんは一呼吸置くと私を見据えてはっきりといった。

「『空さんのことは信じちゃ駄目だよ』って!」

空ちゃんを信じちゃ駄目…?

なんで、と聞こうと口を開くと、空ちゃんはそれを遮るように言った。

「じゃあそろそろ帰るね!顔が見れてよかった。また明日!」

「あ、また明日…」

そうして空ちゃんは引き止める間もなく私の家から出ていった。





 朝、煩わしいインターフォンが鳴る。

誰だこんな時間に。せっかくゆっくりしてたのに。モニターを見ると優陸の姿が。…そういえば散歩に行くって約束してたな。

幸い今日は早く起きていた。急いで準備して外に出る。

「ごめん忘れてた」

「だろうと思った…」

優陸が呆れたような顔で言ってくる。怒らないところが本当に優しい。

ふと上を向くと、今日は清々しいほどの晴天だった。雲一つ無い、とまではいかないけれど、まるで空ちゃんの声みたいな青空。

「夏海、空ばっかり見てないで早く行くよ」

「うん」

優陸から差し出された手をいつものように握る。

 しばらく散歩を楽しみ、昼食を取ったあとのこと。

「…夏海、知ってる?俺たちが見ている星って何百年も前のものなんだよ」

「どういうこと?」

「地球から星までかなりの距離があるから、光が届くまでに何百年も時間がかかるんだって。だから星っていうのは過去を見ているわけで、今見えている星はすでに爆発して存在しない星かもしれないんだよ」

「過去を見てる…」

今はもう存在してないかも、なんて。到底信じられないけれど。

「…そうなんだ…」

どこか心に響くものがあった。

…今、昨日の出来事を話したらどうなるだろうか。

「あのね優陸、私空ちゃんと話したんだ」

「…いつ?」

「昨日、帰ってから」

「…空さんのことは信用しないほうが良いよ」

「…なんで?」

「…なんでも」

予想通りの解答だった。空ちゃんの言う通り。

『……ん、夏海…ん……と……らしいよ。く…………きて………って。』

「…?」

なんだろう。この記憶。確か、同じクラスの友だちに言われた気が。

「…夏海?どうしたの?」

「何か、大事なことを忘れてるような気がして」

もう少し、もう少しで思い出せそうなのに。頭が痛い。痛みが思考を邪魔してくる。

「夏海、」

優陸の方を向く。どうしたんだろう。今はそれどころじゃないのに。

「夏海、思い出さなくていいよ。そんなこと」

「でも何か、何か大事なことだったような、」

「俺に集中して。」

優陸が私の両肩を強く掴む。彼にしては珍しくはっきりとした声。

「そんな記憶要らないから。だから思い出さないで。」

「わかった。…ごめん」

「大丈夫。俺飲み物探してくるけど1人で平気?」

「うん」

そう言って優陸はどこかへ走っていってしまった。

しばらくその場で待っていたが、突如なにかに惹かれるかのように足が勝手に動いた。目的があったわけじゃない。ただ、そこに行かないと行けない気がしただけ。それだけだった。





 踏み入れた瞬間すぐにわかった。今までの世界とは違う世界だと。

空は真っ赤に燃えている。錆びたブランコの金具がキコキコと音を立て、スピーカーから鳴る夕焼けチャイムとの協演を奏でる。

気づくとブランコに座っていた。完全に無意識だった。

『なにしてるの?』

『同じクラスの夏海ちゃんだよね!』

『私、夏海ちゃんの名前好きなの!夏、って感じで!』

こうしてこの公園のブランコに座っていると昔のことを思い出す。空ちゃんと初めて話したときのこと。クラスに馴染めなかった私に話しかけてくれた優しい空ちゃん。

ただただぼんやりと空を眺めていた。月が少し出かかっている。夜が来るんだ。

そして1頭の蝶。蝶はブランコの近くの木の影にとまると、その姿を変えて少女の姿になった。顔はよく見えない。

「やぁやぁ、元気してる?」

「…あなたは誰の味方なの」

「私?お父さんの味方したいけどできないんだよねぇ、立場上。」

「お父さん、って…誰?」

「まぁまぁ、そんなことより。誰を信じるか決めた?」

「信じるって言われても…」

「皆言ってることが違うよね。互いに互いを信じちゃ駄目だよって言い合ってる。」

少女はくすくすと笑う。

「そもそも、ここは何なの?」

「ここって?この世界?それともこの空間?」

「この空間」

「世界の方には興味ないんだ」

嘲笑を含んだ声。少し腹立つ。

「貴方が1番わかってるんじゃないの?」

「夕方になると連れてこられて、夕焼けチャイムが必ず鳴っていること、ここでの記憶は元の世界に戻ると消えることしかわからないよ」

「そうじゃなくてさぁ…」

少女は大きく息をついてからまぁ良いや、と呟く。

「いずれわかるし良いでしょ」

それだけ言い残すとまた蝶の姿になって消えてしまった。

夕焼けチャイムは今も尚鳴り響いていた。





 気がついたら公園にいた。辺りは薄暗く、街灯と月明かりだけが私を照らしていた。優陸に待ってろって言われたのに勝手に移動しちゃった。怒られるかな。

「夏海ちゃん!」

「空ちゃん…!?」

不意に後ろから声をかけられる。

「どうしてここに…?」

「優陸さんと会ってね、夏海ちゃんがいなくなったから探すのを手伝ってくれないか、って言われたの!見つかってよかった!」

「そうなんだ…優陸怒ってた?」

「…うーん、探してほしいって言われただけだからわかんないなぁ、ごめんね!」

「そっか…」

優陸、怒ってないと良いなぁ。どちらにしろ後で謝っておこう。

…そういえば、空ちゃんに聞いてみたいことがあるんだった。

「ねぇ、空ちゃんはどの季節が1番好き?」

「季節?冬かなぁ、着込めばいいだけだし。夏は暑いから好きじゃないの」

「…そうだよね」

「どうしたの?急に」

「ううん、なんでもない」

そっか。空ちゃんはもう。

『……ん、夏海…んの…と…いらしいよ。くっ…い…きて…る…って。』

「…?」

まただ。またなにか思い出せそうなのに。思い出そうとすればするほどどんどん朧気になっていく。まるで夢を見たときのようだ。

前にもこんな事があった。学校で天の川を眺めていたとき。優陸が迎えに来てくれたときのことだ。確かあのときは赤い教室で。

「…っ!」

頭が痛い。ズキズキと鋭い痛みが走る。でも多分、思い出さなくちゃいけないんだ。

「…?夏海ちゃん…?どうしたの、大丈夫…?」

「うん…何かが思い出せそうで思い出せないの」

「わ!悔しいよねそういうの!せっかくだから思い出せるまで待つよ!」

「うん…でも優陸には思い出さないほうが良いって…」

「優陸さんのこと信用しちゃ駄目だよ」

空ちゃんの声がワントーン下がる。全身が粟立った。

「どうして…?」

「あの人は夏海ちゃんをこの世界に閉じ込めようとしてるの」

「…え、?」

「だから信じちゃ駄目」

強く警戒が滲んだ声音。

わからない。私は一体、どちらを信じればいいのだろう。





 昨日の罪滅ぼしで優陸と散歩をしているときのことだった。

「あ…」

「どうしたの?」

「ここ、空ちゃん以外の人と初めて来たアイスクリーム屋さん」

少しチープなロゴがお気に入り。昔のアイスクリーム屋さんって感じで好き。

「なにそれ、男?」

「え?まぁうん」

「…誰」

いや優陸なんだけど。友だちになって何回目かのお出かけで寄ったところ。空ちゃん以外と来たことがなかったから鮮明に覚えている。

「嫉妬してくれるの?」

「するでしょ普通…」

「優陸だよ、覚えてない?」

「えっあのとき?空さん以外に俺が初めてだったの?」

軽く首肯する。忘れていたわけではないようだ。

「そっか…」

少しうれしそうに頬を赤らめる優陸。

彼って鈍感だなぁ。私には優陸以外に男子の知り合いなんていないのに。

「…夏海が恋愛脳だったら良かったのに。」

「…え?」

「そしたら夏海は俺の言うことを聞いて、この世界にとどまってくれるでしょ」

「………」

「ごめん、何でもない」

何も言えなかった。何も返せなかった。

ふと時計台が目に入った。時刻はもうすぐ15時を指す。夕暮れ時まであと2時間。

「…夏海、黄昏時は誰そ彼時とも言ってね。人ならざるものと出会うかもしれないから気をつけるんだよ」

「…ねぇ、前にも同じこと言わなかった?」

「…言ってないよ」

「…そっか」

夜が来る。いずれわかる。だから、今だけは知らないフリをしてあげた。





 教室に来ていた。来なければならない気がしたから。夕焼けチャイムは淡々と鳴り響く。ただただ機械的に、盲目的に。

「どうしてここにきたの?」

いつもの少女が問う。

「ここなら思い出せると思ったから。」

私は思い出さなければならないんだ。現実世界でなにがあったのか。

何も言わずに席につき、窓から夕焼けを眺める。

深い朱に金色の入り混じった強烈な色彩、忍び寄る夜の気配、紫陽花色の西空。

あの日もこうやって空を眺めていた。空ちゃんとの話題がほしかったから。

そう、放課後のこと。今日は何を話そうかって考えていたときのことだった。

同じクラスの女の子に話しかけられて。


『空さん、夏海さんのこと嫌いらしいよ。くっついてきてだるいって。』


あぁ、そうだ。あのときそう言われたんだ。

不思議とそれが腑に落ちてしまった。こんなにもあっさり受け入れられてしまうのだろうか。こんなにも私は淡白な人間だっただろうか。

…違う。変わったのは私だけじゃない。空ちゃんも、変わってしまったんだ。

もう私の大好きな空ちゃんはいない。過去に囚われててはいけない。

「どうすればこの世界から出られるの?」

「さぁ?私はしらないよ」

咎めるように彼女を見つめる。

「でもまぁ、自由にしなよ。ここは貴女のための世界なんだから。」

どういうこと。そう言おうとした時だった。

「ここか!!」

教室のドアを勢いよく開ける音と、怒鳴る優陸の声。

「あはは、お父さんじゃーん」

そしてはしゃぐ少女。

「優陸、私現実に戻りたいの。でもその前に、どういうことか説明して。」

「戻りたい…?」

彼は私の言葉を復唱すると、真っ青になって言った。

「ど、どうして…?この世界、楽しくなかった?夏海の記憶から頑張って作ったんだけど…それに、この世界には夏海を傷つける存在はいないよ、空さんだって優しいままだし」

言ってから気づいたようだ。あ、と声を上げて視線を泳がせている。

「いや、ちが、空さんは優しいんだけど、その」

「優陸」

彼の目をしっかりと捕える。逃がしはしない。今日ですべて終わらせる。

「もう空ちゃんのことはいいの」

「…大丈夫なの?」

「うん」

彼は視線を一瞬泳がせたものの、すぐに私をまっすぐ見つめて言った。

「…全部話すよ。」





 あの日、空さんについての話を聞いた夏海は呆然としたまま動かなくなったんだ。皆が心配して声をかけても反応せず、自分から話すこともなかった。それでも呼吸はしているし心臓も動いている。目も開いているから気絶したわけではなさそうで。

医師によると解離性昏迷じゃないかって話だった。

解離性昏迷は、心が耐えられないほどのショックや大きな絶望を感じたときに生じる、解離性障害の1種。つまりは精神的なもの。俺は夏海の精神に干渉して連れて帰ってくることを決意した。


 夏海に戻って来てほしかった。だから夏海の記憶から擬似的な世界を作り出して、そこで空さんと関わらせることで夏海に立ち直ってもらおうと思ったんだ。

でも、空さんはこの世界に介入できない。俺は作った側の人間だから干渉することは容易だけれど、空さんは違う。どうしても夏海の記憶から空さんを創り上げるしかなくて、でもそうすると夏海に都合のいい空さんになるから貴女は一生立ち直れないかもしれない。

…だから、ループさせようと思ったんだ。夏海が空さんとのトラウマを思い出す度に、ここに残るか現実に戻るか選択させようと思った。でも俺だって夏海が苦しむ姿は見たくない。できるだけ思い出さないで、立ち直ってから思い出してほしかった。だからフラッシュバックを気にしないように誘導してた。


でも、どうしても貴女は思い出してしまう。その度にまた同じ世界を繰り返す。そして、ループを重ねるごとにシステムにバグが発生しだしたんだ。

それがこの女の子。最初のうちは問題ないと判断して見逃してたんだけど、肥大化していく内に空さんのシステムにも影響を及ぼすようになった。

そう、フラッシュバックの助長。何回か思い出すように誘導しなかった?…え、1回だけだったんだ…珍しい…


ともかく、それがこの世界の全てだよ。ここは俺が夏海に贈った世界だ。自由にしていい。帰りたくないなら帰らなくてもいい…けど、俺は戻ってきてほしいと思ってる。

…どうする?





私は、優陸から差し出された手をいつものように握った。





 魂だけが浮き上がっていく感覚。

「夏海…夏海…!」

ぼんやりとした意識の中、誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。

「夏海…!お願い…!」

耳に馴染んだ声。でもまだもう少し、もう少しだけこのまどろみの中に。

「夏海!!」

冷たいシャワーを浴びたときのように急速に意識が浮上する。

優陸の声だ。私の大好きな、優陸の声。

「夏海…!よかった…!目を覚ましたのね…!」

それとお母さん。

「優陸くん!ありがとう、本当にありがとう…!」

お母さんは優陸にお礼を言うと、すぐこっちに駆け寄ってきて私を抱きしめてくれた。

…あたたかい。

私はこんなにも素晴らしいものを持っていたのに何故気付かなかったのだろう。

「…優陸、ありがとう」

「ううん、夏海が戻ってよかった」

彼って相変わらず鈍感だ。

時計の針は17時を指していたけれど、私の中で夕焼けチャイムが鳴ることはなかった。

空の色が何色かなんてわからない。今の私には知る必要もなかったから。


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