婚約者に蔑ろにされたから、反撃しよ
なんちゃって方言なので、多分色んな所のが混ざってますが、気にしないで頂けると有り難いです。
「あーめんどくさ」
家の庭に備え付けられているベンチに腰掛け、青空を見上げながらボヤく。なーんでウチがこんな目に合わなならんのやろ。
「アホらし」
「空なんて見上げて、どうしたんだい?」
ふっと顔に影が掛かって、幼馴染のアルトが覗き込んできた。
びっくりしたぁ。アルト、気配を消して近寄ってくるから、後ろに立たれても分からんのよなぁ。
「あれ、アルトやん。どしたん? 今日はうちに来る日やないやろ」
「うん、そうなんだけど。近くに寄る用があったから、マリに会おうと思って」
「そうなん? ウチとしては丁度良かったけど……大丈夫? 仕事、忙しいんとちゃうん?」
ニコニコと笑みを浮かべる幼馴染の顔に微かに疲労が見て取れて、ペタペタと頬を触る。
「ちょっ!?」
「隈……睡眠不足は良くないで? きちんと寝な」
「……わかったから、手を離してくれないかな?」
「? はーい」
何故か頬を赤くしたアルトは、何かをブツブツ呟いてるけど、何言ってるかはさっぱり聞こえん。
おーいと呼びかけ、顔の前で手を振ってみる。
「はあ……マリはちょっと距離が近すぎる。気をつけたほうが良いよ」
「そう? ん〜でもさ。アルトにしかしとらんから」
「えっ!?」
あれ。何故かさっきより赤なった。なんでや。
「……マリ。君は伯爵令嬢で、婚約者がいるんだよ? 幼馴染とはいえ、僕も男だ。さっきみたいなところを他の貴族に見られでもしたら、面倒なことになるよ」
「んー」
ウチはマリ・サーヴルール。16歳。3年制の王立学園の第3学年。サーヴルール伯爵家の次女で、嫡男の兄と既に他家に嫁いでった姉がおる。
ウチの訛りは母上の故郷のもの。貴族からは「田舎者」って馬鹿にされるけど、別にウチは気にしとらん。最初は自分のことも『ウチ』って呼んどったけど、父上に流石にそれはまずいって言われてから、私に直した。心許してる相手の前とか、心の中ではつい言うてしまうけど。
アルトは家の領地のお隣さんの爵家の嫡男で、家ぐるみで仲がええから、ちっさい頃からよく一緒遊んどって、今も月に数度、家の庭でお茶を飲むくらい仲良し。ウチも通っとる学園を卒業した後、社会勉強として王宮に出仕してるらしい。直接は聞いたことないけん、詳しくは知らんけど。ちなみに年は私の3歳上。
重要なんが、ウチに婚約者がおるってことなんやけど、今はちょっとめんどい事になってるんよな。
ペシペシとベンチの隣を叩き、座るよう促した。
暫し迷った後、アルトはストンと腰を下ろした。相変わらず綺麗な横顔やなーと思いながら、相談事を切り出す。
「なーアルトー」
「ん?」
「ウチの婚約者の王太子殿下、どうやら男爵家の娘にメロメロらしいんやけど、それについてどう思う〜?」
「……は?」
「え〜とな、詳しく説明するね」
固まったアルトに詳細を説明する。
もう一年も前からやろか。『王太子殿下が男爵家の令嬢にご執心』っていう噂が流れ始めたんは。別にウチの婚約者が誰に執心しようと、ウチには関係ないんやけど、問題なんが相手の令嬢なんよな。
どうやら、殿下だけやなくて、他の令息にも粉かけよるらしいんよ。えぇと、誰やったっけ……興味無くて名前は覚えとらんけど、あと3人くらいおった気がする。騎士と〜、宰相の息子と〜。あ、そうそう。商家の息子もおったわ。
とまあ。3人とも貴族令息やけん、当然婚約者の令嬢がおるんやけど。数日前、その娘たちに泣きつかれてな。『婚約者に蔑ろにされて辛い』って。皆、子爵か伯爵の令嬢やけん、自分より身分の高い婚約者に意見が言えない。かと言って男爵令嬢にやんわり注意しても、そのことが婚約者に伝わってて責められるんやって。『彼女を泣かせるな』って。
「どしたらええと思う?」
「…………」
パクパクと口を開閉し、驚愕の目でアルトはこっちを見てくる。……そんな目で見んといて。ウチやて信じられんのやから。
「…………そんなことが、学園内で……?」
「そう。もうみんな、慣れてしもて、5人がイチャコラしとっても『あぁ、またか』ってなっとるけど」
現在、この国は王制で、王様がおって、その弟君が王太子をしている。陛下はまだ若くて、23歳だとか。その年で国のトップとか、ストレス凄いやろうなぁ。
で、その王太子がウチの婚約者。サーヴルールは伯爵家って下手な公爵家よりも影響力が強いんよな。やから、そこの次女のウチは王太子殿下の後ろ盾にうってつけ。婚約が結ばれたんは5歳のときで、父上も母上も渋ってたけど、前王様には逆らえず、婚約は結ばれた。前王様が崩御されて、現王様が即位されてからもこの婚約は続いとる。
「ま、ウチとしてはどうでもええけどな。婚約を結んだときの顔合わせのときに『田舎臭い地味女』って言うてきた奴やもん。好感なんて全く無いし」
「は?」
「え、あれ、言うてなかったっけ?」
「聞いてないよ? そんなこと、一言も」
なんかアルトの背後から黒いオーラみたいなんが見える気がする……目、疲れとんやろか……?
目を擦っていると、そっと手を外された。
「擦ると腫れるから、止めよう。……男爵令嬢のことについては、僕が何とかするから、任せてくれないかな?」
「え? う、うん。わかった」
「ありがとう。そういえば、もうすぐ卒業パーティーだったよね?」
急に変わった話題にこて、と首を傾げた。
「卒業、パーティー……?」
「え、もしかして忘れてた?」
「そういえば、そんな催しあったなぁ。すっかり忘れとったわ」
「えぇ……一大イベントを忘れちゃ駄目でしょ……」
「んーだって最近学園行ってないし」
「え?」
アルトのキョトン顔、再び。珍しいなぁ。アルト、滅多に驚かんけん。
「ちょっと行きづらいんよね。なんか、男爵令嬢が虐められとるらしいんやけど、その首謀者がウチってことになっとるらしくって、事あるごとに5人が突っかかってくるんよ。最初は対応してたんやけど、途中から面倒くさくなって。丁度やりたいことができたとこやったし、必要な単位はもうすでに取っとるしで、一旦学園休んどる」
しかもその虐めの内容というのがえらい幼稚なんよな。教科書破かれたり、私物が捨てられたり、必要事項が伝達されとらんかったり。
ウチやったら、もっと証拠を残さずじりじりと足元から崩して追い詰めてくのにな。
「……その調子じゃ、殿下からのお誘いも無し? 普通は婚約者をエスコートして出席するのに」
「当ったりぃ。ここ数ヶ月、お茶すら飲んどらんよ。手紙も来んし。多分、殿下は男爵令嬢をエスコートすると思うで。そのために揃いの衣装を作らせるって公衆の面前で言いよったから」
「は?」
「『私の真実の愛の相手』やって。馬鹿やなぁ――ん?」
はんっと鼻で笑っとったら、ガシッと急にアルトに手を握られた。
え、何? どしたん??
「え、アルト?」
「なら、僕がマリにドレスを贈っても問題ないよね?」
ドレスを? アルトが?
一旦脳内でその言葉を咀嚼し、理解する。え――
「本当!? なら凄い嬉しい!!」
「!!」
「卒業パーティーでは異性から贈られたドレスを着ないかんけん、自分で仕立てたドレス着てったら面倒やったんよな。これまで殿下が送ってきたドレスを着ようにも、殿下の趣味とウチの好み、全く合わんし」
「え、そうなの?」
「そう!!」
殿下の趣味はひらひらのレースがたっぷりついたドレスやけど、ウチはシュッとした型のドレスが好きなんよな。
そもそも、ツリ目やから可愛いもんは似合わんし。それを見越してか、ウチに恥をかかせるためか知らんけど、殿下の送ってくるドレスはひらひらドレスばっかり。
ぜぇーんぶAラインのドレス!! ウチの好みはマーメイドラインのドレスや!!
叫んだあと、はあはあと肩で息をして……我に返った。
……あ、いけん。思いっきり愚痴をぶちまけてしもた。
「ご、ごめん。アルトに言うてもしゃあないのにな……んっ!?」
「…………僕が、絶対、君の好きなドレスを、送るよ」
「え、あ、うん。ありがとう……?」
何が何だかイマイチ分かっとらんけど、アルトの圧に押され頷く。
その後、いつも通り世間話をした後、アルトはひっじょーに爽やか〜な笑顔で帰っていった。
数週間後。卒業パーティーの日。
「うわあ……凄い」
ウチと母上は、送られてきたドレスに感嘆の息を吐いた。
「これ、すっごい緻密な刺繍や……布の肌触りも最高……流石筆頭公爵家の嫡男やなぁ」
母上がトルソーに着せたドレスと周りをぐるぐるまわって観察しとる。流石商人をしとるだけあって、ブツブツと評価をしよる。かくいうウチも、ぽかんと口開けたままドレスに魅入っとる。
……ウチの好きな型のドレス。色味もウチ好み。……全体的にアルトの髪と瞳の色な気がするけど、ま、気の所為やろ。
「さあ。マリ?」
「ん?」
気がつくと、眼の前に母上が、背後には侍女が。
「え、ちょ!?」
「さっ、このドレスと、一緒に送られてきた装身具で可愛い可愛い娘をドレスアップするで!」
「はいっ!」
流石家の侍女や……あれよあれよと言う間にウチを綺麗に着飾ってくれた。指示を出した母上と共に『やりきった……』って感じで額の汗拭っとる……
くるりと姿見の前で回ると、裾がふわりと広がった。肩出しのドレスなんて初めて着たけど、なかなかええ感じやな。
……でも、憂鬱や。多分、今日のパーティーで一悶着ある気がする。行きとないなぁ。
「はぁ……」
思わずため息が出た。あ、と気付いて慌てて口塞ぐけど、母上は気付いたみたいで、ウチの顔を覗き込んだ。叱られるっ。
反射的に顔を反らすけど、予想と違って母上はニッコリ笑った。
「マリ。ちょっと浮かない顔しとるけど、マリは世界一綺麗やで。やから、胸張って行ってき! 今のアンタなら、何にも負けんよ!」
「!」
ぺしと背中を軽く叩かれ、背筋が伸びた。
……母上、絶対気付いてるのに。婚約者から手紙が来てないことにも、今日何かあるであろうことにも。でも、何も聞かずにウチを信じて背中押してくれてるんや……
「母上……」
「なんや?」
「ありがと……」
「頑張ってきや」
「うん。行ってきます」
笑顔の母上と侍女たちに見送られながら、馬車で会場へと向かう。
扉の前に着き、大きく深呼吸。……大丈夫。ウチには味方がおる、怖気づくな。
「マリ・サーヴルール伯爵令嬢、入場!」
ホールの真ん中には、例の男爵令嬢と、彼女の肩を抱く王太子殿下。背後には他の3人も控えとる。彼女らを囲むようにしてギャラリーが集まって、この場の全員の視線が入場してきたウチに突き刺さった。
バサリ。手に持っていた扇を広げ、顔の下半分を隠す。
「あら。これはこれは、王太子殿下。ご機嫌麗しゅう」
「機嫌良く見えるのか? これが? ならば貴様の目は節穴だな」
「それは申し訳御座いません。ですが、社交辞令に噛み付かないで頂いてもよろしくて? でなければ、殿下に挨拶した全員が不敬罪にかけられてしまいますわ」
「っ!!」
ギロリと睨んでくるけど、全く怖くない。
だって殿下はウチを『何しても抗議してこん気の弱いやつ』って思っとったんやろ? なら、こんなふうに反撃されるなんて思ってもみんかったよな?
「わざわざ私の入場をホールの中心で待ち構えているなんて。何か御用でも?」
「白々しい! 用件など分かりきっているだろう! 貴様が彼女を虐めた件についてだ!」
「あら。身に覚えがありませんわ。そもそも、その方、一体どこのどなたでしょうか? 紹介して頂いてもよろしくて?」
「っ〜〜! 貴様っ!!」
殿下の後ろ、騎士の格好した男がウチの胸ぐらを掴もうとする。けど
「なっ!?」
「何すんの? アンタ、私が誰かわかってやっとるんやろうな?」
ウチの左手で止められ、絶句する。そいつの耳元で小さく囁いてやれば、そいつは腕に更に力を込めた。ぷるぷる腕を振るわせとるけど、そんな力じゃウチには敵わんなぁ。
「騎士とは、か弱い民を守るため、力を振るう。だと言うのに、アンタは私怨で私を害そうとした。その罪の重さ、よお分かっとるんやろな?」
仕上げに低〜い声でねっとり追い詰めたあと、ぱっと、手を離せばぺたんと情けなく座り込む。軟弱な精神やね。
再び前に視線をやれば、殿下の額に青筋が浮かんどった。
「マリ・サーヴルール! 貴様、何をした!」
「あら殿下。特に何も? 彼は勝手に倒れただけですわ」
笑みを絶やさず。仮面を被り。その後もウチと男爵令嬢陣営の権力の応酬は続いた。
殿下たちの主張は以下の通り。
『貴様は嫉妬心から彼女を虐めた! よって貴様との婚約は破棄する! また、未来の王妃を害そうとした罪で貴様は公害追放の刑と処す!』
その後も殿下は馬鹿の一つ覚えのように『虐めを認めろ! 証拠もある!』と繰り返すばっかり。
そろそろキレてええやろか、と思った瞬間。
「陛下の御成!!」
「!?」
来ないはずの陛下が来たことで、殿下はえらい動揺してる。もちろん、ウチも。何で、と思った瞬間、陛下の後ろに見知った顔を見つけた。
まさか居るとは思わず、呆気に取られて、動けずにおると、彼は陛下に何か呟いたあと、こっちへ向かってきた。
予想外の出来事に被っていた仮面がどっかへ吹っ飛んでいった。
「ごめんね、マリ。遅くなった。本当はもっと早く入りたかったんだけど」
「え……アルト? なんでここに居るん?? しかも、陛下と一緒に……」
「『令嬢のことについては何とかする』って言っただろ?」
「!!」
パチンとウィンクされて、安堵感から腰が抜けかける。それを「おっと、危ない」とアルトは軽々支えてくれた。
「ごめん、ありがとう……安心しちゃって……」
「……そっか。じゃあ、よいしょっと」
「え、何を……ひゃあ!?」
何を思ったのか、アルトがウチの背中と膝裏に手を差し入れた。その直後、ふわっと浮遊感に襲われ、びっくりして声が出た。横抱きにされとる……?
「え? ちょ、え? アルトさん? 何を、してんの……?」
「何って。マリがこれ以上立たなくて良いようにね」
「え、そんな理由で抱き上げてんの? ってか、陛下の前やで?」
チラッと陛下を見ると、苦笑されながら手を振られた。何で?
状況が飲み込めない。あれ、本当に何が起こってんの?
パチパチ目を瞬かせとると、アルトがくるりと陛下の方を向いた。
「じゃあ陛下。後はよろしくお願いしますね?」
「ハァ。お前くらいだぞ? 俺をこき使おうとするのは」
「良いじゃないですか。仕事は十分に手伝ったでしょう」
「あーはいはい。わかった。行って来い」
その場の全員がぽかんとしている。現王様といえば、厳しいことで有名。やのに、アルトは陛下相手に軽口を叩き、陛下は小さく両手を挙げて降参の意を示している。
「え、アルト――」
「それじゃ、行こうか」
「へ? どこに? ちょ、せめて場所を教えて!?」
…………どこやろなぁ、ここ。どう考えても、休憩用のサロンとか、そんな感じやないよなぁ。備え付けてある家具も、並べられた菓子も高位貴族でさえあまり見ることのない一級品やし。
「……ねぇ、アルト?」
「何かな?」
「そろそろ説明してくれてもええんとちゃうん?」
ジト目で軽く睨む。
あの後、アルトに抱き上げられたままここに連れてこられた。私をソファにおろし、何故かアルトはウチの隣に座っとる。……何で?? わざわざ二人掛けのソファが対面に置いてあって、二人しか居らんのに、何で隣??
口を開く気配なく、優雅に紅茶を飲むアルトの頬を抓ったろか、と思った瞬間、
「待ったか?」
颯爽と陛下が現れた。……あれぇ。おかしいなぁ。なぁんでそないにニッコニコなん? 逆に怖いわぁ。
「アルト」
「何かな、陛下?」
「……オイ、そんな目で俺を見るな。わざわざこの茶番につき合ってるんだぞ」
「だから何ですか? 普段の陛下の補佐は、もっと大変なんですよ?」
「………………」
突如始まった笑顔と困り顔の嫌味の応酬。口を挟むことも出来ずポカンとしとると、陛下の困り顔の矛先がこっちを向いた。
「ほらアルト、お前の事だから何も説明して無いだろ? 令嬢が困ってるぞ」
「えっ?」
「マリを見ないでくれます?」
「アルトっ!?」
ギョッとして思わず隣を見る。どう考えたって今のは不敬や!
けど、格上同士の会話に割って入るのはマナー違反やから、視線で訴える。
「マリ? どうかした?」
「……お前さぁ。相手によってコロッと態度変えるのやめないか? 変わり身の早さが気持ち悪いんだが」
「相手によって態度を変えるのは当然でしょう? 何とも思わない男と、好きな人となら、尚更」
え、あれ……この感じ、もしかしていつもやっとるん……?
王と臣下って言うより、友達同士って言われたほうがしっくりくるようなやり取り。
………………って、ん?
アルト、今、なんて言うた?
なんかサラッと凄いこと言われた気ぃするけど……嘘よな?
「……オイお前」
「何ですか陛下」
「サラッと告白してんじゃねぇよ。急に爆弾落とされて困ってるぞ」
「おや」
くるっと向きを変えたアルトがウチの手を取る。
「マリ・サーヴルール伯爵令嬢。私は貴女をお慕いしております」
……………………嘘やなかったーーーー!!!
「え、えっと、アルト……?」
「何ですか?」
うっ、美形の上目遣いは心臓に悪いっ! しかも絶対わかっとってこの仕草やっとる!!
「……キモっ」
「陛下ウルサイです」
「ハイスミマセン」
陛下の目が徐々に濁っていっとる……ねぇ大丈夫? ウチら不敬罪で打首に処されたりせんよね??
「ぇと、アルト様……一旦、手を放して頂いてもよろしくて?」
「うんわかった。あ、今は令嬢の言葉遣いしなくてもいいよ?」
「え? いえ、陛下の前ですので……」
「……陛下、ちょっと王様やめてもらっても?」
「!?!?」
「…………お前なぁ」
はあぁぁぁぁぁあああ、と特大のため息を吐いた陛下がボソボソと呟く。
「サーヴルール伯爵令嬢。まぁそういうことだ。言葉遣いを崩して、楽にしてくれ」
「は、い……」
どうしよ。陛下の表情がどんどん抜け落ちていっとる……
隣ではアルトが良く出来ましたと言わんばかりの笑みを浮かべとるし……コレ、気にしたら負けなんかな……うん、負けやね。考えるん疲れたし。
もし怒られたらそん時ってことで。
「アルト……説明してくれん?」
「うん、わかった」
アルトからされた説明はすごくシンプルやった。
王太子殿下の行動を陛下に報告。どうやら殿下はそれ以外にも色んなことをやらかしていたみたいで、陛下はそれを聞いて廃嫡にすることを決めたらしい。「これまで『弟のやったことだ。大目に見てやろう』と甘くしていたツケが回ってきた」とは陛下の言葉。
我儘放題なのはもちろん、権力を使って不当に使用人をクビにしたり、横領や脱税に等にも手を貸したりetc……もう庇いきれなくなっていたそう。
そこに無断の婚約破棄騒動を起こすという問題行動がドーンと来たと……
アルトは陛下に廃嫡したほうがいいと進言、その手筈を裏で進めていたとか。
そして今日、殿下を廃嫡することを公の場で宣言したらしい……
「ええ……」
「醜聞はさらに大きな醜聞で上書きすれば良いでしょ?」
「……う〜ん、まあ。そうなんやけど。情報量が多すぎて……あと、手際良すぎん?」
「え、僕のマリに醜聞がつくなんて、許せるわけないでしょ?」
怖い怖い恐い恐いっ! ちょっと瞳孔開いとるっ! 人を殺ったあとの殺人犯みたいになっとるっ!!
差も当然かのようにそんな恐怖発言せんといてっ!
恐怖に慄いとると、すっと陛下が立ち上がって部屋の隅に行き、戻ってきた。
「アルト」
「ナンデスカ陛下?」
「お前ちょっと今の自分の顔鏡で見ろ」
「何故デスカ?」
「ほらよ」
ヒョイッと陛下が取ってきた手鏡をアルトに渡す。そこに映るは……
「おやすみません。少し興奮しすぎてしまいました」
「あ、戻った……気を付けろよ。俺も令嬢も恐怖で固まってたんだからな」
「すみません、マリ」
「え、あ、うん」
「オイ俺は無視か」
「陛下に謝罪する必要などないでしょう?」
「…………」
話の流れ、変えたほうが良さそうやね……
「アルト」
「はい、何ですか?」
「さっきの言葉ってホント?」
「! もちろん!」
「なら、サッサと殿下との婚約、破棄しに行ったほうがええな」
「っ!!」
「お〜」
「婚約破棄のこと、父上と母上に言わな……うわっ!?」
ソファから立ち上がろうとした瞬間、ぐいっと腰に手が回され、視界が高くなった。下を見ればウチの腰を抱き上げるアルトが。嫌な予感する……
「やった……嬉しいな。なら、僕も頑張らなくては!」
「ぅぅうわわっ……目、目ぇ回るぅ、酔うからぁ、止めぇ」
「っちょオイアルト、落ち着けっ! 目回してるぞっ!」
陛下の一言にハッと我に返ったアルトが慌てて酔いかけたウチをソファへ下ろした。
陛下……有り難う御座います……助かりました……
ぐるぐる回され、三半規管が狂いまくり、立てない……世界が回っとる……吐き気が……
回る世界の中、そっと陛下に目配せで感謝を伝えれば、『お互い大変だな』みたいな笑みが返ってきた。うん。何か急に陛下に親近感湧いた。
お礼も兼ねて、アルトに一つ助言しとったほうがええかな。
「アルト……もうちょっと陛下に優しくしよう?」
「? わかった、マリが言うなら」
「!!!」
陛下からの有り難うオーラが凄い。そんなにいつも、アルトに雑に扱われとんやろか……
「アルト。お前たちの婚約が上手くいくよう、俺も力を尽くそう!」
「え、なんですか唐突に……まあ、有り難いですけれど」
「サーヴルール伯爵令嬢には愚弟が迷惑をかけたしな」
あと、令嬢にアルトの手綱を握ってもらっていたほうが……と陛下がゴニョゴニョ呟いとるけど、幸いアルトには聞こえとらんようや。
任せてください、陛下。アルトと手綱は握っとくから、殿下との婚約破棄の件、宜しくお願いしますね。
婚約破棄騒動から数週間が経ち、ウチはアルトと婚約した。
ちなみに、あのあとウチが帰って父上と母上に婚約破棄の件を伝えていたとき、陛下とアルトは殿下に廃嫡にすることを伝えたそう。
殿下は散々動揺した後、男爵令嬢に助けを求めたみたいやけど、アッサリ断られたとか。まあ、当然よな。婚約者のおる王族に近づいて、婚約者の座を奪おうとするなんて、その地位が目的ですって言っとるようなもんや。
男爵令嬢はそのあと他の取り巻きの令息たちにすり寄ろうとしたけど、それも彼らがみな廃嫡されたことで失敗。結局辺境の修道院に送られたんやって。
「馬鹿やなぁ。 身の丈にあった男を選んどったら、落ちぶれることなんかったのに」
「ふふ、そうだね」
「アルト。今日の仕事は終わったん?」
見晴らしの良い、サーヴルール伯爵領にある丘の上、遠乗りに来て景色を眺めよったウチの後ろから、ヒョコリとアルトが顔を出した。
「うん。マリが遠乗りに行ったって聞いたから、追いかけてきたんだ」
「そうなん?」
「それより、何思い出したの? もしかしてあの馬鹿たちの事?」
「せぃか〜い。ウチが面倒くさくなって休学した間に、好きにやってくれたよなぁってな」
「おおかた、足りない脳みそだからマリが泣き寝入りしたのだと思ったんだろうね。けどさ」
「ん?」
スルスルとハーフアップにしとるウチの髪の毛を手櫛で梳きながらアルトは聞いた。
「休学して、何してたの?」
「あ〜。えぇとな、母上について各国を回ってたんよ。見習い兼護衛として」
「へぇ。凄いね。面白い事はあった?」
「もちろん」
ウチの母上は東の国出身で、自身の商才を活かして商会を営んどる。ついでに、護身用の近接戦闘も出来る。
父上はバリバリの武官。ちなみにこの国の英雄でもあるから、民からの信頼は凄く厚い。
「虹色の貝殻とか、二足歩行の熊とか。いろんなのおったよ」
ついでに母上から護身術を習い直したりとか。いやぁ、充実しとったなぁ。
「じゃあまた今度、その話を聞かせてね」
「実物もあるけど。見る?」
「本当かい? 是非」
仲良く手を繋いで。馬を並んで駆けさせながら屋敷へ戻る。
人生何が起こるか、分かんないね。
読んでくださりありがとうございました。
出来ましたら、評価やいいね、感想などをいただけると嬉しいです。
誤字報告、大変有り難いです。自分では誤字に気づきにくいので。