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第四話「異変」

 職員控え室の空気が一斉に騒ぎだした。

 きっかけは、書庫の扉とその枠との隙間に発生したスリット状のブラックホールだ。そろりそろりと広がっていきながら、冷たい空気と暖かい空気に互いの領空を侵犯する敵の存在を気づかせ、殴り合いの陣取り合戦をさせはじめたのだ。

 その激戦の最中、ブラックホールの中から、ふたつのほうき星が弾け出てきた。

 拓斗と優一は、観測中の天文学者に発見されることもなく、太陽光からひたすら手荒い淘汰の洗礼を受けた。半開きの扉から出てきたその瞳に、先鋭な鏃を持った黄金の矢が容赦なく降り注ぎ、瞬間的にふたりの視力を破壊した。

「うわっ!」「くっ!」

 自己防衛本能によってギュッと瞳を閉じたふたりにとって、この光こそが悪霊だったのかもしれない。書庫に入る前はかなでを天使に仕立てたエンターテイナーであったものが、いまはこうしてターゲットを狙撃するスナイパーと化している。外に出てこないで、そのまま一生書庫の中で暮らしていろという警告なのだろうか。その無情な攻撃は止むことを知らなかった。

 ようやく目が慣れてきた。

 固く閉じていたまぶたをゆっくりと開いた。窓からは相変わらずやわらかい光が差し込んでいて、デスクとロッカーがあるだけの職員控え室を映し出していた。

 拓斗は少し不満になった。

 扉ひとつ隔てた非日常的な空間の中、彼はたった一冊の本を救い出すために見えない悪霊と戦い続けてきた。だがその帰還を待っていたのは、いつもと変わらない時間の流れだった。扉を開けた瞬間に大量の白いハトが宙を舞い、楽隊が勇壮な曲を演奏するなどという展開を期待していたわけではない。それでも無事に戻って来られた安堵というより、拍子抜けしたという気持ちのほうが強かった。ともあれ俺たちは悪霊に打ち勝ったんだ、それなのに……。

「おい、鍵閉めるから電気消せよ」

 拓斗の妄想を打ち砕いて、現実に引っ張り出すのはいつも優一だった。ファンタジー小説やゲームなどには一切興味のない優一にとっては、書庫は別次元空間ではなく単に学校施設のひとつだ。入る前は悪霊伝説に振り回されたが、実際に入って状況を把握するうちに自らの信念に確信を持ったのだろう。書庫からの帰還も教室から廊下に出るのと同じことで、感動など微なりともあり得ないのだった。

「あぁ、わかった」

 空想と現実が一致しないことの不満を無闇に訴えるほど、拓斗は子供ではなかった。書庫の壁に腕を差し入れると、スイッチの盛り上がった面を押し下げた。

 パツンと音がし、待ち望んでいたかのようにあっさりと蛍光灯の明かりが消えた。

 優一が扉を閉め、鍵穴に鍵を差し込んだ。

 拓斗はふと貸出カウンターを見やる。誰もいない。さらにその奥へと目を凝らした。すりガラスの衝立の向こうで、ふたつのぼやけたシルエットが向き合って何やら話している姿が見て取れた。どうやら、かなではうまくやってくれているようだ。

「かなで、頑張ってくれてるな。後はここを出るだけだ」

「鍵を元に戻さないといけないから、カウンターを回って出るぞ」

「おいおい、ここから丸見えだぜ」

「そのためにかなでが頑張ってくれてるんだろ、信頼しろよ」

「わかった。本は制服に隠しとけよ。行くぞ!」

 拓斗と優一手に入れた本を制服の懐に詰め込み、中腰になって走り出した。

 冷たい空気と暖かい空気との争いは、どちらに勝負がつくともなく、痛み分けに終わった。戦いに勝って相手を取り込んだものもあれば、逆に取り込まれたものもある。両者は勝負の決着を強いることなく、太陽の光の仲介を受けてそれぞれの居場所に引き揚げていった。

 職員控え室は、ようやくいつもの落ち着きを取り戻した。


 そのころ、再び暗闇が訪れた書庫の内部である異変が起きていた。

 書架の一画で、マグネシウムを発光させたような真っ白い閃光が弾け飛んだのだ。

 すさまじい煌めきが一閃したと思った刹那、急速にしぼんでいく。

 閃光が消えていくにつれ、その源がどこだかわかってきた。

 すべての書架に本がずらっと隙間なく並べられている中にあって、二カ所だけ本が抜き取られている。その一方で閃光が発したのだった。そのぽっかり空いた空間の両脇に置かれているのは、魔女狩りや吸血鬼などの本が佇立していた……。

 それからしばらくしないうちに、書庫は何事もなかったかのように元の暗闇に回帰した。

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