駆流-上
今回もよろしくお願いします
「駆流にとって、人生ってなんですか?」
駆流はそう言い直した煌葉を見返した。なかなか独特な奴だ。飯を広げながらする話か。駆流は少し興味を覚えた。
駆流はこのように小賢しい話をする奴が嫌いだ。そういう奴はたいてい自分自身に酔っているか、人に認められたいだけだ。
ただ、煌葉の目を見るとそういうわけでもなさそうだ。それに、また非協力的な態度を見せると、そろそろ引き裂かれるかもしれない。仕方がないし、たまにはこんな話にのってみるのも悪くない。
人生……。
俺にとって人生とは、走ることだ。本当に……そうなのか?
駆流は走っていない自分を想像できない。でも、それは走らない日がなかったからかもしれない。そう遠くない日に駆流は今のようには走れなくなるはずだ。まだ、最高点となる年齢は迎えていないとはいえ、いつかはアスリートの宿命たる年齢との闘いから身を引く日が来るだろう。
でも……そのことはまだ考えたくはない。
「俺の人生……。走る、ことかな、今は。」
駆流は言葉を選びながら答えた。
「あと、飯を食うこと。体を形作っていくこと。」
言いながら、駆流は今まで一度たりとも自分の人生について真剣に考えたことがなかったことに気がついた。
「煌葉にとって人生とはなんなんだ?」
「分からない。」
煌葉は悲しそうに俯いた。
「私の永遠の問いなの。この儚い世界で生きていく意義。人生とは何か。人はどうして生きるのか。」
駆流はまじまじと煌葉を見た。
「でもね、私はそれについて知りたいような気もするし、知りたくないような気もする。私が生きていることに目的がある、って思ったらちょっと空しいような気もするんだよね。自分について何もわからないまま生きていく方が良いのかもしれないって最近思ったりする。」
「自分の人生とは何かなんて誰も分からないことなのかもしれないよな。俺だって走れなくなったら自分の人生をどう意味づけていったら良いのか分からねえ。でもさ、分からないけど、分からないなりに意味を見つけようとするのが人間の営みなんじゃねえのか。自分の人生について考えることが人生なんじゃねえのかな?」
こんなに真剣に話したのは久しぶりだ。気がつけば弁当箱は殆ど空っぽになっている。
「煌葉」
「何?」
「明日も一緒に弁当食べよう。」
慌てて付け加えた。
「まあ、仕方ないしな。」
煌葉と話すのはなかなか面白い。その場の雰囲気に乗っていちいち騒ぐ他のクラスメイトとは違った。こいつなら、互いに利用しあう関係として信頼できる。
次の日も、駆流は煌葉と中庭で待ち合わせた。
「じゃあ、今日は何を話すんだ?」
駆流はわざとぶっきらぼうに尋ねた。煌葉は他の女子とは違うとはいえ、変に好意を持たれると困る。
うーん、と考え込む仕草をしながら煌葉は答えた。
「駆流って私のこと、何色に見えてる?」
「何色?」
駆流は突然の変な質問に面食らった。
「えっと、紺色に見えるけど……。え、制服じゃなくて肌の話?」
「ううん」
煌葉は笑って首を振った。
「そういうことじゃないの。私はね、周りの人に色が投影されて見えるの。」
「共感覚ってやつか?」
存在は知っていたが、接するのは初めてだ。初めてのものに接するのは少し緊張する。
「うーん……それもちょっと違う……かな」
駆流は興味を覚えた。
「そんじゃあ、俺のことは何色に見えているんだ?」
「青色。冷たく光る青色。そして……」
煌葉が言葉を飲み込んむ。
「そして……?」
「ううん、何でもない。でもね、私は今のクラスメイトの殆どは、黒と、黒よりももっと暗い灰色に見える。でも、駆流と逢斗だけは違うの。」
「そして……?」
「ごめん、行かなきゃ。私、用事があるの」
去っていく後ろ姿を呆然と見送った。
でも、クラスメイトの中で2人だけ色が特別だなんて、ちょっとだけ嬉しかった。
駆流視点はまだ続きます