煌葉
毎度ありがとうございます
全くもって屁理屈みたいだ。
煌葉は夕焼けの道を家に向かいながら考えた。恋をしないためにあらかじめ恋人を作っておく。でも、今の煌葉にはとても良い考えに思われた。
成績が優秀で美貌を兼ね備えた煌葉は高校入学と同時に尊敬の的になった。それが妬みに変わるのにあまり時間はかからなかった。
煌葉には男子が何人も近づいて来た。でも煌葉は付き合うのなんてまっぴらごめんだ。私の高校生活は全て医学部に入るため。そう、決めているし、家族もそうだと信じてる筈。
でも、男子を振り続けた結果、煌葉は完全に女子から孤立してしまった。なんでも煌葉は「気取って」いて、「自惚れ屋」らしい。人に興味のない煌葉でも、クラスに話す相手がいないのは普通にキツい。生まれた時から知っていると言っても過言ではない逢斗がいなければどうなっていたか分からない。
もし今彼氏を作ったら、クラスの女子はきっとこう思うはずだ。
「煌葉は好きな人がいたから告白されても断り続けていたのか。」
そして男子はこう思うはずだ。
「高峰さんには彼氏がいるから近づいても無駄だ。」
うん、一挙両得とはこのことだ。橙色に光る夕焼けを背景にカラスが一羽とまっている。煌葉と目が合うと一声、あほかぁ、と鳴いて、空の彼方へ飛んでいった。
次の日の朝、煌葉は逢斗に連れられて、竜崎くんと会った。初めの印象は、色がある、だった。
煌葉は周りにいる人々に色がついて見えている。少なくとも、去年までは……。今の煌葉にはクラスメイトがみんな無彩色に見える。灰色の濃いのや薄いのが混じり合い溶け合っている。煌葉を外している中心人物は真っ黒だった。
竜崎くんは逢斗といつも一緒にいるから見たことはあった。確か足がとても速い筈だ。竜崎くんの色は誰とも違った。身を引いてしまうような冷たさに確かな情熱を秘めた青。孤独感と寂寥感。次彼が発した言葉に煌葉はなぜかほっとした。
「えっと、誰?」
煌葉は幼いころから周りに注目されたくなかった。でも……良くも悪くも煌葉のことを知らない人は学年にほぼいない筈だ。知られていないことに新鮮な感動を覚える。
この人は本当に周りに興味がないんだ。私と同じように周りの人がみんな無彩色に見えているんだろうか。少し竜崎君のことが知りたくなった。
お互いに名乗りあい、少し話す。驚くほど利害関係が一致した。竜崎君といたらきっとクラスでの居場所ができるだろう。それに、竜崎君なら私に他人としての距離を置いて接してくれる筈だ。その期待が裏切られることを知るには煌葉は純粋すぎた。
「えっと……」
煌葉は物珍しそうに見ている逢斗に尋ねた。
「それで、私たちは何したらいいの?」
「知るかよ。自分たちで考えなよ。お前ら天才連中が考えてることなんて僕にはわかんないし。」
そう言ってスタスタ立ち去っていく。
「ねぇ、自分のアイデアなんでしょ。」
逢斗はひらひらと手を振って消えた。
竜崎くんはぶっきらぼうに言い放った。
「じゃあ、これから教室に戻って俺たちが付き合ってるって宣言してしまおうか。それで一件落着だ。」
「絶対にダメ。そんなことしたらまたあの子達に外されるいい口実になる……。今度は自己顕示欲の塊って。」
想像がつきすぎて煌葉は身震いした。
「あの子達?」
まずい。考えてたことが口に出てしまっていた。煌葉は慌てて首を振った。
「なんでもない。そのうち話すかもしれない。」
「やめてくれ。そういう奴とは関わり合いになりたくない。」
取り付く島もない。
「それに、恋人同士ってきっと隠そうとするんじゃないの?私たちの考えていることがすぐバレたりなんてしたら台無しよ。」
「そら困る。」
「恋人って何するものなんだろう?何をしてたら周りから恋人だって思われるのかな。」
「知らん。チョコの交換とか?」
薄っぺらい知識だ。悪いけど流石に2月まで待つわけにはいかない。
煌葉は竜崎君に話しかけるのを諦めスマホに語り掛けた。この際竜崎君には役に立ってもらわないと困るし、話を聞く限りそれは先方にとっての利益にもなるみたいだ。
「hey,shiri!」
「なんや、どないしたん??」
最近話す相手がいなくなってからスマホの無機質な声に嫌気がさし、煌葉は関西弁でしゃべってくれるようにプログラムを組みなおしている。でも、誰かに聞かれると流石に少し気まずい。まあ竜崎君なら気にしなさそうだ。
「学校で恋人同士がすることってなぁに?」
「検索結果によると、一緒に下校する、とかがあるで。ほかの検索結果はここをクリックしてな」
「……」
竜崎君はかなり渋い顔をしている。
「高峰、何部?」
「帰宅部……」
「……」
「いいよ、勉強して待っとくよ。」
「俺が帰るころには学校に人っ子一人いねえよ。誰にも見られねえ。」
それは想定外だ。何でも遅くまで走ったりトレーニングしたりしているらしい。ストイックなのは尊敬するが、誰も見ていなければ意味がない。
「私も思いつかない。周りの恋人って何をしてるんだろ。」
口に出すと、真っ黒いアノヒトの上目遣いが頭に浮かんできて、煌葉は慌てて追い払った。
「俺がそんなに周りを見ていると思うか?」
悪いけど、周りを見ているかどうかわかるほど付き合いは長くないが、期待しないほうが良さそうだ。
気は進まないけれど、煌葉は真っ黒な彼女と、その隣の人の日常を思い浮かべた。あ、確か校庭で……。
「よし、お弁当一緒に食べよう。」
「弁当は体を作るためのもんだろう。」
本当にストイックだ。ここまで来ると異常だ。
「まあ、私だってご飯は一人で味わうもんだと思うけどさ、まあそれしか思いつかないんだからしょうがないじゃん。それともなんか意見があるの?」
まともな意見を言わない竜崎君に煌葉は声を苛立たせた。
「なんでそんなに非協力的になれるの?私たちは今共同作業をしているのよ。こっちが一方的にお願いしてるわけじゃないじゃない。」
「……。まあ良い。飯を食う時間なら走るのに支障がない。」
全く……。周りに興味のない竜崎君とならうまくやっていけると思ったけど、いくらなんでもこんなにマイペースな人は初めて見た。途中で裏切られてもおかしくない。
煌葉は大きくため息をついた。
その昼休み、煌葉は竜崎君と中庭で待ち合わせた。どんな目的があっても流石にアイツと同じ空間でお弁当は食べたくないから、校庭は避けた。
今まで自分の席でしか弁当を食べたことのない煌葉は知らなかったが、中庭は意外と多くの生徒で賑わっている。うん、とても都合がいい。竜崎君は時間ぴったりに中庭に現れた。
「いただきます。」
竜崎君は煌葉の隣に座ると律儀に手を合わせ、黙々と大盛りの弁当を食べ始めた。
まだ軽く怒っていた煌葉は、竜崎君が何か言ってくるまで話しかけないと心に決めていた。でも……。
「あのぉ、なんか話さなくていいの?」
「話すもんなのか?飯中に?」
竜崎君は恨めしそうな目で見上げた。集中して俺のたんぱく質を取り入れさせろ、と目が語っている。煌葉がきっと睨み返すと竜崎君は諦めたようにふっと笑った。
「じゃあ、何話すんだ?」
煌葉だって話さなくてはいけないとなると話すことは見つからない。でも、こんなところで黙ってご飯を食べてても何にもならない。竜崎君に頼るという選択肢は数えない方が賢明だ。
「そうだなー。じゃあ……竜崎君にとって人生って何ですか?」
竜崎君は、今度は歯を見せてにっと笑った。
「駆流でいい。高峰、いや……煌葉はソウイウ連中が苗字で呼び合うのを聞いたことがあるか?」
竜崎君……駆流が柔らかい表情を見せたのは初めてだ。煌葉は素直に嬉しかった。なんやかんや一緒にいなくてはならない人だ。ぎすぎすしているとしんどい。
次回もお楽しみに