9.目標は大きくなんて無理
あのときは詰んだと思ったのに、私の正体が誰だとか、そんなことを問い詰められることはなかった。
ただ、この部屋に監禁された私は、学園を休んでお妃教育を受けることになったんだよね。
という表向き。
監禁されたのは何て言うか……お仕置きらしい。
ははっ。何だそれ。
お仕置きで監禁とかヤンデレ属性のあるあるだけど、何度も言うようにダミアンに〝デレ〟はないからね。
しかもダミアンは別に病んでもないから、そもそも〝ヤンデレ〟が成立しない。
本当にヒロインが現れたとして、ダミアンが恋に落ちたりするんだろうか。
恋という知らない感情に病むの?
ププ。それは見てみたい気もする。
思いっきり振られればいいのに。そして失脚すればいいのに。
あー、私がダミアンの婚約者でなくて、ただのモブなら静観して楽しんでいられたのになあ。
アクセル様が幸せになれるなら、全力でヒロインとの仲を応援するしね。
推しの幸せが私の幸せ。これぞ、宇宙の真理。
って、やっぱりすでに私がモブの可能性大じゃない?
私の中のレティシアの記憶にカリナ様の記憶はしっかりあるけれど、ゲームの中ではある意味名前のあるモブのようなものだった。
正確には、アクセル様の魅力を伝えるためのスパイス。
レティシアは名前さえないモブで……ちょっと待って。
そろそろヒロインが物語に登場するはずなのに、私はこうして監禁されている。
数日もすればダミアンの気もすんで解放されると思っていたけれど、今現在学園でアクセル様たちがヒロインに出会っているのかも。
そこでダミアンがヒロインに一目惚れでもして、ププ、私が邪魔になったとしたら?
このまま監禁されたままになっていたから、名前も存在もないモブだったのでは!?
それは笑っている場合じゃない!
だって『王子様♡』がどのルートに行くとしても、実際にこの目で見ることができるせっかくのチャンスを逃すことになってしまう。
それだけは嫌!
「でも、まだ《サント・クリスタル》の力の持ち主が現れたって噂は聞いていないもの。時間はある――」
「何の時間があるって?」
「はい!?」
いきなりダミアンに声をかけられて、驚きすぎて漫画みたいにちょっと飛び跳ねた気がする。
おそるおそる振り向けば、やっぱりダミアンが部屋にいて、音もなく現れたことが怖い。
それに独り言をぶつぶつ呟いていたのを聞かれたのも恥ずかしいんですけど。
でも今はそれよりも何だろう? ダミアンの笑顔が普通に怖い。
「今、レティシアは《サント・クリスタル》と言っていたね?」
「そうでした?」
「間違いないよ。それで、時間があるというのは何のことかな?」
「ええっと……何でしょう?」
ゲーム知識のことなんて言えるわけはないし、そもそも本当にこれが『王子様♡』の世界とも限らない……わけはないけど。
そうでないと、これほど名前が一致なんてしないよね?
レティシアの存在はイレギュラーとはいえ、あまりに荒唐無稽すぎる。
とりあえず誤魔化さなければと微笑んでみたけど、ダミアンには通じなかった。
「今、レティシアが言っていたよね? 『まだ《サント・クリスタル》の力の持ち主が現れたって噂は聞いていないもの。時間はある』って」
一言一句間違いがないところが怖い。
いったいいつからこの部屋にいたの?
「それで、なぜレティシアが《サント・クリスタル》の力の持ち主のことを知っているんだ?」
「それは……《サント・クリスタル》については、この世界に伝わる伝説ですもの。誰だって知っているのではないでしょうか?」
「僕が訊いているのは、その力の持ち主が現れるまでまだ時間があるとなぜ知っているのか、だよ?」
「まさか! 知るわけないじゃないですか。《サント・クリスタル》の力の持ち主だったら、ここから出られるかなあって思っただけです」
「レティシアはここから出たいの?」
「学園に通いたいんです」
「アクセルに会えるから?」
「友達に会いたいからです」
「ふ~ん」
私のことは詰められなかったのに、ヒロインのことはこんなに詰められるなんて。
当然ではあるけれど、私には政略以外にまったく興味ないってことね。
いっそ、潔し!
ではあるけれど、じゃあそもそもどうして監禁されているのかっていうね。
「友達に会いたいなら、彼女たちを招待してあげようか?」
「むしろ、なぜそこまでして私を閉じ込めるのです? 私がアクセル様をお慕いしていたからといって何かが起こるわけでもありませんし、ダミアン様は私の持つものについて必要とされていても、心だけはこれっぽっちもご興味ありませんよね? いえ、私が持つものについても必要というよりも、あればいいなという程度で、せいぜい他の方には渡したくないというだけでしょうか?」
言い過ぎた自覚はある。
ただこの監禁の無意味さと二日以上もこの部屋から出られないというストレスが私の苛立ちを増幅させてしまったんだよ。
そしてその苛立ちを愚かにもダミアンにぶつけてしまった、と。
はい、終了。
このまま消されてしまったとしても、私の人生に悔いなし。
生アクセル様に拝謁することができたんだもん。――って、ダメだ!
アクセル様をお助けするためには、この目の前の悪党を退治……は無理でも、悪事の証拠を見つけなければ!
って、改めて決意してダミアンを見たら、無理でした。はい。
だって怖いもん。
何で笑っているだけなのに、この圧倒的征服者オーラが出てるの?
『微笑みの貴公子』はどこへいった。
よくどす黒いオーラとか表現されるけど、そういうレベルじゃない。
私が動物だったらすぐにしっぽを巻くどころかお腹を見せてる。
でも私は人間だから、本能になんて負けたりしない!
せめて負けるもんかっていう気概で笑顔を浮かべる。
うん。でも悪事の証拠を掴むのは諦めよう。
それはヒロインと他攻略者に任せるよ。
私はあくまでも関係ないただの婚約者で、アクセル様が健やかに過ごされる姿を見守らせていただくだけにしよう!